私たちの目はふつう、赤・青・緑の三原色の組み合わせで豊かな色彩を知覚しています。
この正常な色の見え方を「3色覚」と呼びます。
しかし中には、生まれつき色覚に異常があり、赤・青・緑のどれかが識別できなくなっている「2色覚」の方もいます。
2色覚の見え方は模擬画像などで体験できますが、実際に彼らが色彩から受けている印象が3色覚の人々とどう違うのかはよく分かっていませんでした。
そこで九州大学の研究チームは、色覚の働きが重要になる「絵画の鑑賞」をテーマに実験。
その結果、遺伝的な色覚異常は絵画の色彩印象に大きな影響を与えず、2色覚の人々も豊かな色彩体験をしていることが明らかになりました。
研究の詳細は、2023年9月13日付けで科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。
目次
- 2色覚で世界はどう見えるのか?
- 2色覚でも3色覚でも「色彩印象」に大きな違いはなかった
2色覚で世界はどう見えるのか?
私たちが見る色はすべて、光の三原色である「赤・青・緑」の光の組み合わせで作られます。
色を感じ取る目の視細胞にも、光の波長感度に応じて、L錐体(赤)・S錐体(青)・M錐体(緑)の3種類があります。
3つすべてを備えているのが「3色覚」です。大部分の人はこの3色覚を持って生まれます。
しかし3種類の細胞のどれかが遺伝的に足りないか、十分に機能しないために色覚異常を起こす場合があります。
これが「2色覚」です。
2色覚はかつて色が正常に知覚できないことから”色盲”などと呼ばれましたが、この言葉により「色盲の人はすべてが白黒にしか見えない」という誤解が広まりました。
これは大きな間違いで、実際は区別のつきにくい色があるだけで、2色覚でもさまざまな色が知覚されています。
そのため、日本眼科学会は正式に「色盲」や「色弱」という用語の使用を廃止しました。
また、2色覚は赤・青・緑のどれが識別できないかで次の3タイプに分けられます。
・赤を感じる視細胞がない「1型2色覚」
・緑を感じる視細胞がない「2型2色覚」
・青を感じる視細胞がない「3型2色覚」
1型2色覚は先天性色覚異常の約25%を占め、赤色が黒っぽく見えます。
2型2色覚は全体の約75%と最も多く、赤色に加えて緑色のものも黒や茶色っぽく見えます。
3型2色覚はほぼいませんが、青色が青緑っぽく、黄色がピンク色に、緑色が灰色っぽく見えたりします。
2色覚の人々が日常的に体験している具体例としては、
・熟れた赤いトマトと未熟な緑のトマトが区別できない
・信号の赤と黄色が分かりづらい
・充電完了ランプの色の変化が見えづらい
・カレンダーの祝日が色分けが識別できない
・緑の黒板に書かれた赤い文字が読めない
などがあるようです。
2色覚の見え方は、こちらのTOYO INKのページから疑似体験できます。
このように色覚異常についてはかなり詳細に分析されているので、3色覚の人でも2色覚の見え方を体験することは可能ですが、一方で、色覚の違いにより、日常的な色空間への視線の向け方や、そこから受ける主観的な色彩印象に変化があるのかは調べられていませんでした。
そこで研究チームは「絵画の鑑賞」をテーマに実験を行いました。
2色覚でも3色覚でも「色彩印象」に大きな違いはなかった
今回の実験では、2色覚と3色覚の異なる色覚を持つ参加者58人を対象に、色と明るさの空間配置がさまざまな24枚の絵画画像を30秒間見てもらいました。
また一般的な3色覚を持つ人の半数には、2色覚の見え方を模擬した絵画画像を鑑賞してもらっています。
そして全員に、23個の形容詞ペア(暖かい・冷たい、色彩豊かな・単調で地味…etc)を用いて各絵画に対する主観的な色彩印象を評価してもらいました。
まず、鑑賞時の視線の向け方を計測した結果、2色覚の人々は比較的バラつきがあったのに対し、3色覚の人々はお互いに視線の向け方が似ていることが示されています。
これは3色覚の人々において、絵画の色情報が注意を誘導する共通の手がかりとして働いていることを示唆するものです。
次に、形容詞ペアの評価を分析したところ、3色覚の人々の色彩印象は2色覚を模擬した画像を見たときに乏しくなると評価されました。
これは3色覚を持つ人にとっては、2色覚の見え方に色の単調さや地味さが感じられることを示唆します。
ところが全体的な評価を比較してみると、2色覚の人と3色覚の人の間に、主観的な色彩印象の大きな違いは見られなかったのです。
研究者はこれについて「2色覚の人でも、3色覚の人でも、自身に特有の色空間を長期間経験することで独自の色彩感覚が形成され、色彩を含む固有の印象が生まれると考えられる」と指摘しました。
つまり、たとえ2色覚であっても、独自の色空間でもって十分に豊かな絵画体験を得ていると言えるでしょう。
以上の結果からチームは、主観的な色彩印象の形成には、遺伝子で決められた色覚のみに影響されず、脳における様々な情報処理が関わっていると推測します。
今後のステップとしては、どんな情報が個々の色彩印象の形成に寄与しているかを解明することが望まれます。
参考文献
色覚の違いが絵画の見方や印象に与える影響の実証 https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/973 色覚の異常(三和化学研究所) https://www.skk-net.com/health/me/c01_13.html元論文
Influence of colour vision on attention to, and impression of, complex aesthetic images https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.1332