敵地に忍び込んで偵察し、任務を終えると自ら溶けて証拠を消す…。
そんなSF的発想のロボットが実現しようとしています。
韓国ソウル大学校(SNU)はこのほど、水たまり以外にはほぼ痕跡を残さずに自己消滅できるソフトロボットの開発に成功したと発表しました。
まだ試作段階にあり実用化は程遠いですが、ロボットのボディ素材を溶かす方法を確立した点で大きな一歩を踏み出しています。
使い途としては偵察ミッションで敵の手に落ちるのを防ぐほか、退避や回収の難しい危険な場所での活用が想定されているという。
研究の詳細は、2023年8月25日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- ロボットの「自己消滅」はどんなシーンで使える?
- ロボットのボディ素材を「溶かす」方法とは?
ロボットの「自己消滅」はどんなシーンで使える?
従来のハードロボットに比べ、柔軟な素材を使うソフトロボットは、生物のように柔らかい動きを再現できることで大いに注目されています。
その柔軟性や弾性により、狭い空間にするりと入り込んだり、壊れやすい物を優しくつかんだりと、高度で複雑な動きが可能です。
近年、ソフトロボットの機能は急速に進化しており、生物のあらゆる動きを模倣できるまでになりました。
しかし、その中で再現できていなかったのが「死(=消滅)」です。
生物のからだは有機物からなるため、寿命を終えると自然に分解が始まりますが、ソフトロボットは分解されにくい物質を使っているため、自己消滅の再現はどうしても困難でした。
その一方でロボット工学者たちは、寿命や任務を終えたロボットが自己消滅するというアイデアに強く惹かれています。
例えば、軍事作戦の偵察・監視ミッションにおいて、重要なデータが敵の手に落ちるのを防ぐために、回復不能な形で自己消滅できる機能は大いに役立つはずです。
トム・クルーズ主演の映画『ミッション:インポッシブル』シリーズでは毎回、極秘ミッションを伝えるテープレコーダーが再生された5秒後に自動的に消滅するシーンが必ず出てきますね。
イメージとしては、あれと同じような機能をソフトロボットに持たせるようなものでしょう。
また深海や放射能の汚染エリアなど、ロボットの退避や回収が困難な場所で利用された際も、任務を終えたロボットが廃棄後に分解され自然のサイクルへ還るという死のプロセスをロボットに与えたいという希望が、開発者たちにはあるようです。
しかし、この機能の実現には乗り越えるべき課題が多く、研究チームもその方法の確立に約2年を費やしました。
では、チームは一体どのようにしてソフトロボットを自己消滅させたのでしょうか?
ロボットのボディ素材を「溶かす」方法とは?
ソフトロボットを自己消滅させる最も現実的な方法は、ボディを溶かすことです。
しかしそれを実現する上で最大のネックは、ソフトロボットのボディ素材に使われる「熱硬化性エラストマー」にあります。
エラストマーとはゴムのような弾性を持つ高分子のことで、ソフトロボット分野で大いに活用されている素材です。
エラストマーには、熱を加えても軟化しない「熱硬化性エラストマー」と、熱を加えると軟化し、冷やすとゴム状に戻る「熱可塑性エラストマー」があります。
特にシリコーンを原料にする熱硬化性エラストマーは、その優れた伸縮性や加工性、耐久性により、ソフトロボットのボディ素材のスタンダードとなっています。
しかし熱硬化性エラストマーは、強固に架橋された高分子のネットワーク構造をしており、300℃までの熱や化学薬品に耐えることが可能です。
そのため、自己消滅の機能を持たせるためのボディ素材には向いていません。
一方で、熱可塑性エラストマーは熱によって簡単に軟化しますが、この場合の軟化は、高分子をつなぐ鎖が断ち切れるのではなく、距離が伸びているだけなため、完全な自己消滅とはなり得ません。
例えるなら、チョコレートが熱で溶けたところ冷えればまた固まってしまうのと同じことで、これを消滅や分解できたとはいえません。
打開策を発見!
そこでチームはこれらの難点を解決すべく、紫外線にさらされるとフッ化物を放出する物質(DPI-HFP)をシリコーン樹脂に調合する方法を考案しました。
フッ化物が放出されると、高分子のネットワークは伸びるのではなく、切断され始めます。
このDPI-HFPとシリコーンの複合材料であれば、シリコーンが持つ弾性と加工性を保ちながら、紫外線をトリガーとして、高分子をつなぐ鎖を断ち切り、完全にボディを溶かすことができるというのです。
実証テストでは、液体状のDPI-HFPとシリコーン樹脂を型に流し込み、60℃で30分間硬化させて、4つ足の生えた消しゴムのようなソフトロボットを作成しました。
ロボット内部には熱や紫外線、電気信号を受け取るためのセンサーを搭載しており、そこに信号を送ることでバネのような歩行運動ができます。
ただ今回はボディ素材の自己溶解に焦点が当てられているので、この歩行運動はとても洗練されたものとは言えません。
それでも実験では優れた柔軟性と弾性が示され、このボディ素材がロボットの運動に向いていることが確かめられました。
そして問題の自己溶解プロセスです。
チームはまず、紫外線(365nm)を30分間与えて、フッ化物の放出を開始させ、高分子ネットワークの結合を切断していきます。
次に120℃の熱を内部のヒーターで発生させて、自己溶解のプロセスを促進させました。
その結果、2時間ほどで見事にロボットのボディは回復不能な状態で溶けて、後にはフッ化物の性質による「油性の液体」だけが残されたのです。
液体の中には細かな電子部品が残されていますが、もはや使用できる状態にはありませんでした。
チームはソフトロボットの運動を可能にするボディ素材を保ちながら、自己消滅の機能を持たせられた点で、非常に大きな成功を収めたと報告しています。
この研究はまだまだ実証段階であり、このロボットもすぐに実用できるようなクオリティにはありません。
しかし今回の”溶けるボディ素材”をベースとすれば、将来的には、より洗練された自己消滅ロボットが作れるでしょう。
参考文献
Soft robots self-destruct with little tracehttps://techxplore.com/news/2023-08-soft-robots-self-destruct.html
元論文
Lifetime-configurable soft robots via photodegradable silicone elastomer compositeshttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adh9962