昔から「モーツァルトの音楽を聴くと頭がよくなる」という噂がまことしやかさに囁かれてきました。
しかし過去の研究(Nature, 2007)で「音楽を聴くだけで知能は発達しない」ことが示されており、モーツァルト効果は科学的に否定されています。
ところが米トーマス・ジェファーソン大学(TJU)は今回、クラシック音楽にまた別の恩恵がある可能性を見出したと報告しました。
実験で、新生児の採血中に「モーツァルトの子守唄」を聴かせると、痛みの感覚が和らいだとのことです。
研究の詳細は、2023年8月29日付で医学雑誌『Pediatric Research』に掲載されています。
目次
- 実験に使った「モーツァルトの子守唄」はモーツァルトの作曲じゃない?
- 音楽で「赤ちゃんの痛み」が有意に低下すると判明
実験に使った「モーツァルトの子守唄」はモーツァルトの作曲じゃない?
「赤ちゃんの脳は痛みを感じるほど発達していない」と主張されることがありますが、近年の研究で、生まれたばかりの赤ちゃんも大人と同じように痛みを感じることが分かっています。
また赤ちゃんの頃に受けた痛みの経験は、後々の痛みの感じ方に影響を与える可能性があるという。
例えば、生まれたばかりに強い痛みを感じると、それが心身のトラウマとなって、痛みへの反応が過剰になるかもしれません。
「したがって、新生児の痛みを軽減するための簡単かつ信頼できる方法を確立することは極めて重要である」と研究主任のサミナサン・アンバラガン(Saminathan Anbalagan)氏は話します。
そこで研究チームは、胎教や寝かしつけに使われる「音楽」を用いることにしました。
特に今回の実験に選んだのは、赤ちゃんのリラックス用によく使用される「モーツァルトの子守唄」です。
こちらがその曲。
ただこの曲を調べてみると、実際にはモーツァルトの作曲ではないことが判明しています。
原題は「Wiegenlied (Lullaby) , K. 350」と表記され、確かに長い間モーツァルト(1756〜1791)の作曲だと考えられていました。
ところが近年の研究で、本当の作曲者はフリードリッヒ・フライシュマン(1766〜1798)というドイツの作曲家であることが明らかになったそう。
それでも、その美しい音色はモーツァルトが作曲した数々の音楽とよく似ていると評されています。
少し余談になりましたが、とりあえず今回使われた「モーツァルトの子守唄」はモーツァルトの作曲ではないことだけ念頭に置いておきましょう。
さて話を戻して、研究チームは新生児の採血時に「モーツァルトの子守唄」がどれだけ痛みを和らげるかを検証しました。
音楽で「赤ちゃんの痛み」が有意に低下すると判明
今回の実験は2019年4月から2020年2月にかけて、米ニューヨーク市ブロンクスの病院で生まれた新生児100人を対象に行いました。
新生児は平均39.2週の正期産に生まれており、男児53%、女児47%、実験時は生後約2日となっています。
(妊娠37〜41週までが正期産とされ、36週までを早産、42週以降を過期妊娠という)
実験は新生児に一般的に行われる「踵採血」の際に実施されました。
踵採血とは、生まれたばかりの赤ちゃんの踵から少し血を採り、先天性の代謝異常等がないかどうか検査するもので、日本を含む数多くの国で行われています。
具体的な実験の手順は、新生児を2つのグループに分け、一方は何の音楽も流さず、もう一方は「モーツァルトの子守唄」を側に設置したスピーカーから20分間流しました。
子守唄は踵採血の前・最中・後と流し続けます。また、どちらのグループも母親が赤ちゃんを抱っこすることは許されていません。
そして実験者が赤ちゃんの表情・泣き方・呼吸パターン・手足の動き・注意力を指標として、痛みをスコア化しました。
実験者は公平を期すべく、ノイズキャンセリングヘッドホンを装着して、子守唄が流れているかどうかは分からないようにしています。
その結果、「モーツァルトの子守唄」を聴いた赤ちゃんは、音楽なしの赤ちゃんに比べて、痛みスコアが有意に低下することが明らかになったのです。
音楽なしの赤ちゃんの痛みスコアは、採血時に7点、採血の1分後で5.5点、2分後で2点だったのに対し、子守唄を聴いた赤ちゃんは、採血時に4点、採血の1分後で0点、2分後も0点となっています。
3分を超えると両者のスコアに有意差は出ませんでした。
この結果を受けて、研究者は「音楽介入は新生児における痛みを緩和するための簡単かつ安価、そして再現可能なツールとなる」と結論づけています。
なぜ音楽は赤ちゃんの痛みを緩和できるのか?
一方で、なぜ音楽に赤ちゃんの痛みを和らげる効果があるのかはまだ解明されていません。
音楽が赤ちゃんの気を痛みから逸らしている可能性がありますが、以前の研究で、赤ちゃんは母親の声を聞くと唾液中のオキシトシン濃度が上昇することが示されています。
オキシトシンは「愛情ホルモン」として知られ、痛みの緩和に役立つとされる物質です。
もしかしたら音楽にもこれと同じような効果があるのかもしれません。
チームは今後、音楽による痛み緩和のメカニズムを調べるとともに、母親の声や身体的な接触にも同じ効果が得られるかを検証したいと考えています。
赤ちゃんのリラックス用に編曲された「モーツァルトの子守唄」はこちら。
参考文献
Mozart Can Act as a Painkiller For Newborns, First-of-Its-Kind Trial Suggests https://www.sciencealert.com/mozart-can-act-as-a-painkiller-for-newborns-first-of-its-kind-trial-suggests Mozart lullaby may ameliorate pain in newborns during heel prick blood test https://medicalxpress.com/news/2023-08-mozart-lullaby-ameliorate-pain-newborns.html Music may reduce babies’ pain during jabs or heel-prick tests, study suggests https://www.theguardian.com/science/2023/aug/29/music-may-reduce-babies-pain-during-jabs-or-heel-prick-tests-study-suggests元論文
Music for pain relief of minor procedures in term neonates https://www.nature.com/articles/s41390-023-02746-4