ヒトデの繁殖は普通、それぞれの親が海中に放った卵と精子が受精し、幼生となった子供たちが自分で餌を得ながら成長する形を取っています。
しかし今回、米スミソニアン国立自然史博物館(SNMNH)の研究者は、同館に保管されている標本から奇妙な新種のヒトデを発見しました。
そのヒトデのお腹を割ってみたところ、中に小さな子ヒトデがたくさん詰まっていたのです。
これは親ヒトデが子供を体内で育てていたことを示します。
口先や腕の間に子供を挟んで育てるヒトデは知られていますが、完全に体腔(たいこう)に入れた育児例は初めてとのことです。
研究の詳細は、2023年6月27日付で科学雑誌『Zootaxa』に掲載されました。
目次
- 60年前のヒトデ標本に隠されていた子宝
- 南極では「子供を肌身離さず育てる」が主流?
60年前のヒトデ標本に隠されていた子宝
SNMNHの生物学者で研究主任のクリストファー・マー(Christopher Mah)氏は、博物館の保管棚でヒトデの標本を調べていた際に、あるアイデアを思いつきました。
「ヒトデの摂食の理解を深めるために、消化途中の最後の食事を残した標本があるかどうか調べてみてはどうだろうか」と。
そこで南極海で採取されたヒトデ標本を切り開いてみると、体腔の中に10匹ほどの子供を詰め込んだヒトデが偶然に発見されたのです。
体腔とは、体壁と消化管との間のスペースを指し、子供たちに消化されたり傷ついた痕跡もないため、共食いではなく育児行動の証拠と考えられます。
FIRST! NEW BROODING SPECIES! Paralophaster ferax! ferax means “fertile” or “fruitful” For a specimen coll. in 1963 THIS was a CRAZY discovery! It and others were from 3138-3239 m! Scotia Sea! Juveniles inhabiting its coelom (as far as I could tell) pic.twitter.com/x7f8SGfziN
— Christopher Mah, @echinoblog@sciencemastodon.com (@echinoblog) July 5, 2023
この標本は1963年にアメリカの南極観測船エルタニン号に乗船していた生物学者によって採取されたものであり、それ以来、詳しい調査がされないまま保管されていました。
マー氏の調査の結果、このヒトデは科学的にも未記載の新種と判明し、新たに「パラロファスター・フェラックス(Paralophaster ferax)」と命名されています。
P. フェラックスは他の南極ヒトデの標本と一緒に、水深3138〜3239メートルの深海で採取されていました。
氏によると、この他に約10種の新種ヒトデも同時に記載できたとのことです。
しかし最初に指摘したように、ヒトデの多くは海中に受精卵を放つので、子供たちは親の助けを借りずに自分たちで食べていかなければなりません。
では、どうしてP. フェラックスは子供たちを体内に入れていたのでしょうか?
マー氏いわく、その理由は南極海の環境にあるようです。
南極では「子供を肌身離さず育てる」が主流?
これまでの研究で、育児行動を取るヒトデ種は数多く知られており、特にその分布は南極の海域に多いことが分かっています。
その理由について専門家らは「南極を流れる海流の強度に関係している可能性が高い」と指摘します。
南極の海では潮の流れが激しいため、小さくて弱いヒトデの幼生が海底に定着するのは困難です。
加えて、P. フェラックスのように南極ヒトデの多くは深海に生息しており、そこでは太陽の光が届きません。
すると、餌となる植物プランクトンが光合成できないので繁殖せず、幼生たちは食べるものがほとんどないのです。
そこで幼生が生き残るためには、親が栄養を与えながら育児するのが最も合理的だと考えられます。
マー氏は「既知の南極ヒトデの約40%はなんらかの育児行動を取っている」と推定しています。
ただし育児の仕方は千差万別であり、親が口の中に子供を咥えておく種もいれば、腕の間に抱え込む種もいるという。
一方で、P. フェラックスのように完全に体腔内に幼生を納めて育てる例は他に知られていません。
生きた個体が見つかっていないので、その詳しい仕組みはよく分かりませんが、親は子供たちが一人で生きていくのに十分な大きさになると口から排出すると予想できます。
またマー氏は保管棚からP. フェラックス以外にも複数の新種を特定しており、ヒトデに関する新発見をするのにわざわざ南極まで足を運ぶ必要がないことに言及しました。
氏は今回の研究が、保管庫の生物標本の重要性を改めて認識させる機会となることに期待しています。
P. フェラックスのより鮮明な画像は「Smithsonian MAGAZINE」からご覧いただけます。
参考文献
Starstruck: A Suite of Strange Sea Stars Discovered in the Smithsonian’s Collection https://www.smithsonianmag.com/blogs/national-museum-of-natural-history/2023/07/12/starstruck-a-suite-of-strange-sea-stars-discovered-in-the-smithsonians-collection/ New Antarctic Starfish Are Doting Parents and Vicious Predators https://dnyuz.com/2023/08/04/new-antarctic-starfish-are-doting-parents-and-vicious-predators/元論文
New Genera, Species, and observations on the biology of Antarctic Valvatida (Asteroidea) https://mapress.com/zt/article/view/zootaxa.5310.1.1#title-0