熱い日は照り付ける太陽が恨めしく思うものです。
そこで今回は、少しだけ涼しい気持ちになれる思考実験を行いたいと思います。
実験の内容は「太陽に水風船をぶつける」というものになります。
ですがただの水風船ではありません。
水風船のサイズは「太陽の直径と同じ140万km」と超巨大です。
莫大な熱を放つ太陽も、自身と同サイズの水風船をぶつけられれば冷えて固まってくれるのでしょうか?
それとも、もっと恐ろしいことになるのでしょうか?
目次
- そもそも「火を消すと」は何か?
- 太陽はロウソクと違い核融合で燃えている
そもそも「火を消すと」は何か?
太陽に巨大水風船をぶつける前に、そもそも「火を消す」とはどんな物理現象なのか、ロウソクを例に考えたいと思います。
ロウソクが燃える場合、まずライターやマッチなどの種火によってロウソクの成分が溶けて一部が気化することから始まります。
気化したロウソクの成分は「可燃性ガス」としての性質を持ち、酸素と結び付いて燃え始めます。
そして一度燃え始めるとロウソクの火自体がロウソクを持続的に溶かして気化するようになり、種火が無くても燃え続けるようになります。
つまりロウソクの火は、ロウを溶かす熱・可燃性ガス・酸素の3要素によって成り立っています。
ではロウソクの火を消すにはどうしたらいいでしょうか?
まず最初に思いつくのは、水をかけることです。
他にも誕生日ケーキの上に立てられたロウソクなどの場合には、息を吹きかけます。
また勇気がある人ならば、火を指でつまんで消すこともできます。
これらの方法が有効なのは、それぞれの方法がロウソクが燃えるための3要素のどれかを邪魔するからです。
たとえば水をかける場合、水が火に命中すると、その部分の温度が急速に低下し、新たなロウを溶かすのに十分な熱が奪われ、可燃性ガスが発生しなくなります。
息を吹きかける場合は、主に可燃性ガスを燃焼現場から吹き飛ばして除去することで鎮火させます。
可燃性ガスの濃度が不十分だと、熱と酸素があっても燃焼は持続しないからです。
火を指でつまむ場合は、燃焼現場への酸素遮断と冷却が主な効果を発揮します。
可燃性ガスがあっても酸素と反応に必要な熱がなければ、燃焼は続きません。
では太陽に巨大水風船をぶつける場合はどうなるでしょうか?
単純に考えれば「水をかけて冷却する効果」が期待されるでしょう。
太陽がいくら高熱で輝いていても、莫大な冷却水を浴びせられれば温度自体は下がるからです。
では実際に太陽に巨大水風船をぶつけたらどうなるのでしょうか?
(※太陽の密度は1cm立法あたり1.4gと言われていますので同サイズの水風船の重さは太陽の0.7倍の質量となります)
今回は特別に「①太陽と同サイズの水風船」に加えて「②太陽の1億倍のサイズの水風船」も用意してみました。
単純に同サイズでだめなら1億倍で勝負しようというわけです。
まず同サイズの水風船の場合。
結果は……
太陽はほぼ2倍に大きくなり、さらに激しく燃え上がります。
また超新星爆発を起こすことも考えられます。
そして太陽の1億倍サイズの水風船をぶつけた場合には……
驚くべきことに重力崩壊を起こしてブラックホールが誕生します。
こうなると「火を消す」とか「涼しい」といった次元ではなくなります。
水風船がいくら巨大でも、所詮は水のはず。
構成元素は水素と酸素だけです。
なのにどうして、より激しく燃えたり、超新星爆発を起こしたり、ブラックホールになってしまうのでしょうか?
太陽はロウソクと違い核融合で燃えている
なぜ太陽を冷やすための巨大水風船が、酷い結果をもたらすのか?
その第1の理由が、そもそも太陽はロウソクとは違って、酸素を使って燃えているわけではないからです。
太陽は巨大な重力によって中心部で圧縮された水素原子が融合してヘリウムになったときに発生する「核融合」のエネルギーで燃えています。
つまり太陽を燃やしている原動力が何かというと、それは太陽自身の重さなのです。
太陽と同じサイズの巨大水風船が命中すれば、瞬間的な冷却が起こるのは確かです。
しかし太陽に降り注いだ水は太陽の質量を増す結果になり、中心部分の圧力はより増強されます。
さらに水の組成には核融合の元となる水素原子が含まれているため、実質的に燃料が追加されたことになります。
そのため一時的に太陽の熱を下げることができても中心部の圧力が増強されるため、やがて核融合が勢いを取り戻し、より激しく燃え盛ります。
ただコレでもまだ穏やかなほうです。
太陽は常に自分の重さで潰れそうな状態を、核融合のエネルギーによって支えています。
質量増加が急すぎる場合、太陽は自らの体重を支えることができなくなり、爆縮と呼ばれる現象を起こしてしまいます。
これにより太陽の外核では光速の23%で内核に落下し、内核は瞬間的に1000億℃に達します。
そして落ち込んだ物質は太陽の核でバウンドし、今度は外向きの強力な衝撃波を発生させます。
これにより超新星爆発が起こります。
(※超新星爆発のタイプはⅡ型に近いものになると考えられます)
ですが1億倍サイズの水風船をぶつけた時に比べれば可愛いものです。
太陽の1億倍サイズの水風船をなんとか用意して太陽にぶつけた場合、風船から飛び出した水が太陽に降り注ぎ、太陽の質量は数千万倍にも膨れ上がります。
すると太陽の核にかかる圧力は莫大なものになり、超新星爆発前のように核がどんどん押し潰されていきます。
ただ質量と圧力があまりにも巨大かつ急激に上昇するため、今度は落ち込んでいく物質はバウンドせず、1点に向けて無限に圧縮されていきます。
無限に圧縮された1点が空間に現れるとどうなるか?
答えは「ブラックホールができる」となります。
太陽の1億倍サイズという超大質量は物質が支えられる限界を遥かに超越しており、文字通り空間に穴が開いてブラックホールになってしまうのです。
以上から、太陽に同サイズの巨大水風船をぶつけても「火は消えない」という結論に至ります。
また1億倍サイズの極超巨大水風船をぶつけたら「ブラックホール」になります。
核融合が起こっていないという点においては、火は消えたと言えるでしょう。
しかしコレジャナイ感はぬぐえません。
もし魔法の力があったとしても、太陽に水風船をぶつけるのはやめたほうがいいでしょう。
参考文献
Lonely Hearts of the Cosmos: The Story of the Scientific Quest for the Secret of the Universe https://www.amazon.co.jp/Lonely-Hearts-Cosmos-Scientific-Universe/dp/0316648965元論文
Gravitational Waves from Gravitational Collapse https://link.springer.com/article/10.12942/lrr-2011-1