酸素がなくても進化が起きていたようです。
デンマークのコペンハーゲン大学(KU)で行われた研究により、多細胞生物の爆発的な進化が起きた「アヴァロン爆発」と呼ばれる時代には、酸素はほとんど存在しなかったことが示されました。
これまで70年以上にわたり、高度な多細胞生物が進化するには、酸素レベルの増加が必要だったと考えられてきましたが、当時の鉱物を調べると期待していたような酸素レベルの増加が起きていませんでした。
酸素が無くても多細胞生物の進化が起きたという結果は、既存の生命進化の物語を大きく書き直すことになるでしょう。
研究内容の詳細は『Geobiology』にて掲載されました。
目次
- 生命進化の爆発を促したのは「酸素」ではなかった、70年の説に反証
- むしろ酸素濃度が低いほうが進化に都合が良かった
生命進化の爆発を促したのは「酸素」ではなかった、70年の説に反証
今から約10億年前、それまで単細胞だった地球の生物が多細胞化し、5億4200万年前に始まったカンブリア紀には、強力な捕食者としての力を有するようになりました。
これまで70年以上に渡り生物学の教科書では、この多細胞動物の劇的進化が起きたのは、地球の酸素濃度が増えたお陰であると記されていました。
比較的新しい生物の教科書でも「多細胞動物の高度化の背景には酸素濃度の急激な上昇があった」と書かれています。
実際、俊敏な筋肉や硬い骨、複雑な神経系など高度な多細胞動物が持つような組織を作るには大量のエネルギーが必要であり、そのためには酸素の強力な燃焼力に頼らざるを得ないと考えられていたからです。
しかしここ数年で発表された論文では、その常識が疑われるようになってきました。
当時の地層を調べたところ、酸素が低濃度の条件でのみ作られる鉱物が多く見つかったからです。
そこで今回、コペンハーゲン大学の研究者たちは、エディアカラ紀における酸素濃度を調べることにしました。
上の図の示すように、今から6億3500万年前に始まったエディアカラ紀はカンブリア紀の直前の時代であり、カンブリア爆発に先立ってアヴァロンの爆発と呼ばれる、多細胞生物の高度化が起きた時代が含まれています。
アヴァロンの爆発によって地球の生物は目に見えない程度の小さな状態から、肉眼でも見える大きな姿に変化しました。
この時代にうまれた生物の多くは海底に堆積した微生物マットを食べていたと考えられており、捕食者のいない穏やかな生態系を築いていました。
もし当時の酸素濃度を調べることができれば、エディアカラ紀に起きた多細胞生物の高度化が、酸素濃度とどう関連したかを知ることが可能になるはずです。
調査にあたってはオマーン山脈の古代の岩石サンプルが調べられ、鉄・モリブデン・タリウム・ウランといった鉱物が調査されました。
鉄をはじめとする鉱物の同位体比を調べることで、その時代の酸素が多いか少ないかを知ることが可能になります。
するとエディアカラ紀に多細胞生物が多様化した時期には、海洋の酸素濃度は増えておらず、むしろ若干低下していたことが判明しました。
同様の結果はカナダや中国南部で採取された鉱物でも確認され、アヴァロンの爆発が起きた時期には、海洋の平均的な酸素濃度は現在の5分の1から10分の1(エベレスト頂上の2倍の高度の酸素濃度に匹敵)に過ぎないことが示されました。
この結果は「高い酸素濃度が多細胞生物が進化する条件」としてきた70年前の説に終止符を打つものです。
研究者たちは「これは私たちが子供のころから真実だと信じてきた説が間違いであることを意味する。教科書も改訂される必要があるだろう」と述べています。
しかしそうなると、なぜ生物は酸素がないにもかかわらず、爆発的な進化を遂げたのでしょうか?
むしろ酸素濃度が低いほうが進化に都合が良かった
なぜ酸素がないにもかかわらず、多細胞生物の進化が起きたのか?
研究者たちは「酸素濃度が低いことが多細胞生物の進化に役立った」と述べています。
これまでの研究で、多細胞動物の体の元となる幹細胞は、ゆっくりと持続的に成長するために、周囲の酸素濃度を低く維持しなければならないことが知られています。
酸素濃度が多すぎると細胞が成長し続け、激しい突然変異によって死んでしまうからです。
またこの時期の生物の中には既に酸素の利用をはじめている者たちもいましたが、初期の多細胞生物はあまり酸素を使うのが上手くありませんでした。
つまり当時の多細胞生物にとって、酸素濃度が高すぎるよりも、ほとんど無いほうが都合がよく、進化にもプラスに働いていたのです。
実際、近年になって行われた酵母菌を使った人工進化実験では、単細胞の古細菌を多細胞生物に進化させるにあたり、酸素濃度の低い環境のほうが進化速度が速かったことが示されています。
研究者たちは、現在の多細胞生物の幹細胞に低酸素が重要なのも、古代の性質を引き継いでいるからかもしれないと述べています。
最後にアヴァロンの爆発によって生まれたエディアカラ生物群の悲しい結末について解説したいと思います。
先に述べた通り、エディアカラ生物群のエネルギー源は海底のネバネバした微生物マットであり、捕食者のいない平和な世界を築いていました。
そのためエディアカラ生物群の多くは柔らかい体を持ち、運動性も極めて微弱でした。
しかしエディアカラ生物群が繁栄するにつれて海底の微生物マットは食いつくされ、食料危機が起きます。
すると一部の動物たちは「他者を食べる」という選択肢をとりはじめ、多細胞動物の世界に喰う食われるの関係が発生しました。
カンブリア紀になるとアノマノカリスのような巨大な肉食動物も誕生します。
しかしエディアカラ生物群は捕食者たちに対して無力でした。
彼らには身を守るための硬い体も、捕食者から逃げるための俊敏な筋肉もなかったからです。
結果、エディアカラ生物群の多くは狩り尽くされ、絶滅してしまいました。
生物たちは故郷の楽園を狩場にすることで、新たな時代に生き残ったのです。
参考文献
Life on Earth didn’t arise as described in textbooks https://science.ku.dk/english/press/news/2023/life-on-earth-didnt-arise-as-described-in-textbooks/元論文
Widespread seafloor anoxia during generation of the Ediacaran Shuram carbon isotope excursion https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gbi.12557