軌道閉塞は避けられない未来なのかもしれません。
スペインのマラガ大学(UMA)で行われた研究によって、大国同士が対衛星兵器を打ち合う「宇宙戦争」が起きた場合、わずか250個の人工衛星が破壊されただけで人類の宇宙への道が閉ざされてしまう可能性が示されました。
これまで人工衛星の破壊によって発生するスペースデブリが一定のしきい値を超えると、新たな人工衛星の破壊とスペースデブリの再発生のサイクルが止まらなくる「ケスラーシンドローム」と呼ばれる現象が起こり、人類が宇宙にアクセスするのを不可能にすると考えられていました。
今回の研究では対衛星兵器を使った宇宙戦争がシミュレーションされ、地球軌道が予想よりはるかにデブリに対して脆弱であることが判明しました。
現代の戦闘テクノロジーが宇宙の静寂を破る瞬間、そこにはどんな未来が待ち受けているのでしょうか?
研究内容の詳細は『Defence and Peace Economics』にて論文タイトル「Star Wars: Anti-Satellite Weapons and Orbital Debris(宇宙戦争:対衛星兵器と軌道デブリ)」として公開されています。
目次
- たった1発の対衛星兵器でも悪影響は1000年続く
- 軌道閉塞を起こすには些細な宇宙戦争で十分だった
たった1発の対衛星兵器でも悪影響は1000年続く
2021年、ロシアの対衛星兵器の試験で、旧ソ連時代に打ち上げられた軍事衛星(コスモス-1408)が破壊されました。
重量1750kgの破壊された衛星は、10cmを超える大きなデブリを1500個以上うみだし、さらに小さなデブリ数十万個が、高度300キロから1100キロの範囲に雲のように広がったと推定されています。
ロシアが対衛星兵器をテストした理由は、現代の高度な軍事技術の全てが衛星を利用しているからです。
ミサイルの精密誘導、無人兵器やドローンの操縦、さらにあらゆる情報通信システムにとって衛星の存在は必要不可欠です。
近年になって米国やロシア、中国で宇宙軍の創設されたという報告があるのも、自国の衛星を守り敵国の衛星を破壊することが、戦争に勝つ最短ルートになっているからです。
一方で、宇宙空間の軍事化と兵器化は軌道上のゴミの増加と密接に関係しており、衛星や宇宙ステーションの安全性を脅かしています。
そこで今回、研究者たちは宇宙における戦争が軌道の安全性と衛星に与える影響について、精緻なシミュレーションを行うことにしました。
調査にあたっては2つの現実的なシナリオがシミュレートされました。
1つ目は単一の対衛星兵器が試験的に発射された場合の影響。
2つ目は大国間の戦争により、双方の衛星の10%が破壊された場合の影響です。
またシミュレーションではNASAの標準破壊モデルが利用されました。
この標準破壊モデルは既存の観測結果や実験室での測定結果をもとに作成されており、10cm以上の大きなデブリが1個できるとき、1~10cmの間の小さなデブリが50個できるとされています。
より具体的には10トンの衛星が1機破壊されると10cmを超えるデブリが5000~1万5000個、1~10cmのデブリが25万~75万個作成されます。
研究者たちがシミュレーションを行った結果、単一の衛星兵器のテストであっても1cmを超えるデブリが新たに10万2000個発生し、デブリの発生地点が高高度だった場合には、その悪影響が消えるのに1000年以上かかることが示されました。
より具体的には、対衛星兵器を1つテストするごとに、およそ4.5年に1個の割合で被害に合う衛星が増えることになりました。
4.5年に1個なら、テストの影響はあまり大きくないように思えます。
しかし影響が1000年続くため、最終的に破壊される無関係な衛星はずっと多くなります。
たった1回のテストにしては、その代償はあまりにも重すぎるでしょう。
ですが大国間の宇宙戦争では、より黙示録的な結果が得られました。
軌道閉塞を起こすには些細な宇宙戦争で十分だった
2021年12月の時点で、米国は3000個、中国は500個の衛星を保有しています。
2つ目のシミュレーションではこの2国が本格的な戦闘を宇宙で行い、お互いの衛星の10%ずつ、合計で250個が対衛星兵器で破壊された場合が計算されました。
結果、250個の衛星破壊で追加される1cm以上のデブリの総数は2550万個であると判明。
これまでの衛星打ち上げなどで作成された1cm以上のデブリの数がおよそ90万個であることを考えると、大国間の宇宙戦争はデブリの量を2700%増加させる計算になります。
(※2007年に中国によって行われた1度の対衛星兵器テストによって、1cm以上のデブリの総数は一気に30%も増加しました)
しかし戦争による膨大なデブリ生成は、その後に続く破局に比べれば僅かなものでした。
上の図は、宇宙戦争が起きて250個の衛星が破壊された場合の「生き残った衛星数」「破壊された衛星数」「デブリの総量」を示しています。
宇宙戦争は「10年目」のラインで勃発し短期間(1年ほど)で収束したとされました。
左の「生き残った衛星数」をみると、戦争により急激に数が減ったあと、一時的に衛星数が回復している様子がみられます。
これは戦争終結に伴い、両国が失った衛星の補充をしはじめたことを示しています。
しかし奇妙なことに戦争による衛星破壊が起こっていないにもかかわらず、生き残った衛星数は戦争終結から15年以内(タイムラインの25付近)で再び減少しはじめます。
宇宙戦争が終わったにもかかわらず、そして両国が補充の衛星を打ち上げ続けているにもかかわらず、生きている衛星の数が減り、破壊された衛星数(中央のグラフ)が急激に増えていくのはなぜなのか?
その理由は、デブリによる軌道の汚染です。
宇宙戦争によって破壊された250個の衛星から発生した2550万個のデブリが地球軌道を完全に汚染してしまい、生き残った衛星も新たに打ち上げられた衛星も次々に破壊されはじめたからです。
そして新たな衛星の破壊はより多くのデブリを撒き散らし、汚染の度合いを急速に高めていきました。
宇宙戦争後、両国が失った衛星を補充し始めたことで一時的に衛星の総数は回復しますが、発生するデブリと破壊される衛星数は指数関数的に増加していくため、戦後15年あたりで衛星の総数が停滞します。
さらにその後は新規打ち上げが続けられているにもかかわらず、生きている衛星数は急速に減少していきました。
そしておよそ40~50年後になるとデブリの上昇率はほぼ90度に達します。
これは全ての衛星が破壊され、新たに衛星を打ち上げても直後にデブリによって破壊されてしまう状況を意味します。
こうなると、新たな衛星打ち上げは軌道にデブリを追加するだけの行為になってしまいます。
そして人類は宇宙に至る道を完全に塞がれ、GPSも衛星通信も宇宙望遠鏡も、衛星技術を利用していた全ての技術は、ある種のロストテクノロジーとなります。
(※今回の研究では1cm以上のデブリが調査対象になりましたが、現実の地球軌道にあるデブリは小さいものほど数が大きく、大きさ1mm以上のデブリの総数は1億3100万個に及ぶと考えられます)
このような勝者のいない結果について研究者たちは、核戦争における相互確証破壊と類似するものだと述べています。
相互確証破壊は核の打ち合いによって双方が確実に破滅することを意味する言葉であり、それゆえに人類は核戦争を起こせないとの結論に至ります。
同様に、たった250個の衛星が破壊されるだけで地球軌道が完全に塞がってしまうという状況は、宇宙戦争を行う当事国に対衛星兵器の使用をためらわせることになります。
ただ現状、大国同士が戦争を行った場合「敵国の衛星を放置する」という選択肢は絶無です。
衛星は精密誘導兵器やドローン、通信まであらゆる軍事技術の基礎となっており、敵国の衛星を破壊できた側と破壊できなかった側では、その結果がそのまま戦争の勝ち負けを決めてしまいます。
宇宙開発が進めば、小国同士の戦争ですら、開戦第一撃で敵国の衛星を全て破壊するというのが常識になるでしょう。
そうなれば、戦争と衛星破壊がイコールで結ばれることになります。
人類は核戦争を抑止できていますが、戦争そのものを無くすことには成功していません。
そのため研究者たちは、対衛星兵器による軌道の閉塞は避けがたい未来であると結論しています。
参考文献
Space debris: a quantitative analysis of the in-orbit collision risk and its effects on the earth https://www.eurekalert.org/news-releases/994289元論文
Star Wars: Anti-Satellite Weapons and Orbital Debris https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/10242694.2023.2208020