小学校や中学校の理科の授業で学んだ緑色の微生物、ミドリムシを覚えていますか?
その鮮やかな緑色は光合成を行うためで、日光と水、二酸化炭素を用いて酸素と栄養素を生成します。
しかし、そんな理科の授業で聞いたものとはまるで異なる生態のミドリムシが新たに発見されました。
筑波大学は、ミドリムシの仲間で、光合成の能力を失い水田の生物に寄生するようになった新種を発見、これを発見場所の筑波の名をとって「ツクバヤドリミドリムシ」と命名しました。
このミドリムシが内部で繁殖するとやがて寄生されていた動物たちは死んでしまい、内部から大量のミドリムシが飛び出してきます。
その様子は細胞に感染し、内部で増殖し、最後に表面を食い破って拡散するウイルスさながらです。
小学校の理科でおなじみのミドリムシは、いったいどんな経緯で「ダークサイド」に落ちてしまったのでしょうか?
研究内容の詳細は『Protist』にて掲載されました。
目次
- なぜ新種のミドリムシは葉緑体を失ったのか?
- 新種の寄生性ミドリムシは宿主を殺しながら増殖する
なぜ新種のミドリムシは葉緑体を失ったのか?
まず気になる問い、今回発見されたミドリムシは「なぜ光合成を捨てたのか?」から始めましょう。
多くの人が知るように、一般的なミドリムシは光合成を行いながら泳ぐことができます。
動物プランクトンのように動き回りながらも、植物のように光合成もできるハイブリッドなミドリムシに対して、驚きを感じた人も少なくないでしょう。
このためミドリムシが「動物」なのか「植物」なのかという分類については、古くから多くの生物学者たちを悩ませてきました。
しかし近年の研究により、ミドリムシはもともと原生動物だったものが植物プランクトンを取り込んだったものだとわかっており、つまり「動物」の一種であると考えられています。
また、一方で以前より一部のミドリムシが他の生物に寄生して生きていることも知られていました。
今回報告された種も寄生性のミドリムシですが、彼らが葉緑体を失った原因は、まさに寄生生活そのものにあると考えられます。
一般に寄生生活を長く続けていると、寄生生物はどんどん単純化し、持っていた機能を次々とパージしてしまうことが知られています。
葉緑体を使った光合成はとても便利なシステムですが、寄生生活では生存に必要な栄養を宿主から吸収することで生きていけます。
そのためわざわざ葉緑体を作ることに労力をかけるより、葉緑体を作らないで効率よく宿主から栄養を吸収する仕組みを進化させたほうが効率的になります。
こういった、元々の能力を「捨てる効率化」は限度がありません。
たとえば一部の寄生虫は「捨てる効率化」を極めた結果、体のパーツをどんどん失っていき、多細胞生物すらやめて単細胞化してしまったケースも報告されています。
ミドリムシの場合は最初から単細胞なので、捨てる効率化は細胞内の葉緑体に対して起きたと考えられます。
しかし、そもそもどうして研究者たちは、寄生性のミドリムシの存在に気付けたのでしょうか?
以下では寄生性ミドリムシをめぐる100年にわたる歴史を紹介したいと思います。
新種の寄生性ミドリムシは宿主を殺しながら増殖する
寄生性のミドリムシが発見されたのは今から100年ほど前であり、古くからその存在は知られていました。
ただ当時はDNA分析技術が未発達であり「ミドリムシ」の仲間とする分類も光学顕微鏡での観察によって得られた視覚的な特徴に依存していました。
そのため長い歴史とは裏腹に、これらの寄生性ミドリムシが本当にミドリムシの仲間なのか、その進化的起源はいかなるものなのか、どのような生態の生物なのか、などは未解明なままでした。
そんな中、研究者たちは筑波大学近郊の水田で驚くべき発見をしました。
水田から採集したカイミジンコやヒメウズムシなどの体内から、鞭毛を持つ微生物、いわゆる鞭毛虫を発見したのです。
これらの動物を飼育したところ、鞭毛虫は動物体内で急速に増殖する一方で、寄生された動物は数日以内に死亡することが認められました。
このことは、発見された鞭毛虫が致死的な寄生虫であることを強く示唆しています。
また、これらの動物から単離された鞭毛虫は体外に出ると、ある種のフォームチェンジを行い、鞭毛を伸ばして遊泳するようになりました。
動物の体内にいたときには、このような鞭毛をつかった遊泳はみられなかった行動です。
そこで研究者たちは光学顕微鏡および電子顕微鏡での観察を行い、鞭毛虫の表面の構造、内部のミトコンドリア、赤い眼点、貯蔵物質などを調べてみました。
すると全ての特徴が光合成を行うミドリムシ「ユーグレナ」の特徴を持つことが分かりました。
一方で、ユーグレナたちが光合成のために持つ葉緑体は、今回の観察でも見られませんでした。
次に研究者たちは寄生性ミドリムシからDNAを抽出し塩基配列を解読してみました。
すると寄生性ミドリムシのDNAは光合成を行うミドリムシと多くが一致することが判明。
この結果は、発見された寄生性ミドリムシが寄生生活へ適応する過程で、かつて先祖が持っていたはずの葉緑体を失ってしまった可能性を示唆しています。
またカイミジンコのような貝虫類において、寄生性ミドリムシの存在が報告されたのは世界ではじめてとなりました。
そのため研究者たちは発見された寄生性ミドリムシを新種であると結論し、発見場所の「筑波」、寄生することから「宿り」そしてミドリムシに類する遺伝子を持つことから「ミドリムシ」をとり、まとめて「ツクバヤドリミドリムシ(Euglenaformisparasitica)」と名付けました。
またカイミジンコに対するツクバヤドリミドリムシの感染率を調べたところ、40%と極めて高い数値となっていました。
カイミジンコは水田に最も多く存在する動物の1つとして知られており、宿主を殺しながら増殖するツクバヤドリミドリムシは水田の生態系に甚大な影響を与えていると考えられます。
研究者たちは水田の寄生性微生物の生態解明を進めることで、水田にかんする理解が進むと述べています。
参考文献
動物に寄生する新種のミドリムシ「ツクバヤドリミドリムシ」発見 https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20230531141500.html元論文
Taxonomy of a New Parasitic Euglenid, Euglenaformis parasitica sp. nov. (Euglenales, Euglenaceae) in Ostracods and Rhabdocoels https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1434461023000299?via%3Dihub