近所にスーパーマーケットがないのに、ファーストフード店はやたらたくさんある。
そんな地域に住んでいる人は注意が必要かもしれません。
最近、アメリカ・オーガスタ大学(Augusta University)に所属するマルコム・セス・ベベル氏ら研究チームは、食料品店へのアクセスが限られ生鮮食品が入手しづらい「食の砂漠」にファストフード店の増加が組み合わさった「食の沼地」と呼ばれる地域が肥満に関連したがんによる死亡率を大幅に上昇させる可能性があると報告しました。
そのような生鮮食品が手に入りにくい地域に住むことで、肥満関連のがん死亡リスクが59%以上も高まるというのです。
研究の詳細は、2023年5月4日付の医学誌『JAMA Network』に掲載されました。
目次
- 「食の砂漠」と「食の沼地」が広がる
- 「食の沼地」で生活する人々は、肥満関連のがん死亡率が最大77%高くなる
「食の砂漠」と「食の沼地」が広がる
1990年代に「食の砂漠(food desert)」という言葉が作られて以来、この問題は世界の様々な国で広がってきました。
食の砂漠とは、居住地の周囲に食料品店が少なく、特に生鮮食品が入手困難になる現象やそれが見られる地域のことです。
日本では公共交通機関の衰退や少子高齢化、大型店舗の進出により、地方の食料品店が廃業することで生じています。
低所得者や高齢者などは自家用車の所有と運転が難しいため、こうした地域では食料の入手にかなり制限を受けて暮らさなければいけません。
特に保存期間の短い生鮮食品は買い置きすることができず、健康的な食生活を送るのが非常に難しくなっています。
1つの解決策は、そのような「食の砂漠」地域から引っ越すことですが、そもそも低所得者や高齢者にとって引越しのハードルは非常に高く、実行できない場合が多いでしょう。
このような食の砂漠化はアメリカなどでより顕著です。
例えば、アメリカの裕福な白人居住区には、貧しい黒人居住区よりもスーパーマーケットが3~4件も多く、公共交通機関が無い場合では、後者は手頃な値段で生鮮食品を入手できません。
そして最近では、「食の砂漠」とはいくらか形態が異なる「食の沼地(Food swamps)」と呼ばれる地域が生まれているようです。
食の沼地とは、食の砂漠と同じく近隣に生鮮食品を入手できる食料品店がほとんど無いものの、ファストフード店やコンビニエンスストアは近所にあり、健康に悪い食べ物なら手軽に入手しやすい地域のことです。
食の沼地に住む人は、他に選択肢が無いため、ファストフード店で食事をすることが増えてしまうのです。
実際、オーストラリアの西シドニーは車に依存しており、多くの郊外では食品売り場がほとんど存在せず、あったとしてもその84%がファストフード店なのだとか。
では、このような「食の砂漠」と「食の沼地」は、そこに住む人々の健康にどれほどの影響を及ぼすのでしょうか?
「食の沼地」で生活する人々は、肥満関連のがん死亡率が最大77%高くなる
ベベル氏ら研究チームは、2010~2020年のアメリカ農務省の食品環境データ(Food Environment Atlas)とアメリカ疾病予防管理センター(CDC)のデータを用いて調査を行いました。
そしてアメリカのすべての群(計3142群)のうち3038群を対象に、「食の砂漠」スコアと「食の沼地」スコアを算出し、それぞれが健康に及ぼす影響を分析しました。
今回の研究では、食の砂漠と食の沼地が次のように定義されました。
食の砂漠:スーパーマーケットから1.6km以上離れており、健康的な食品が不足している地域
食の沼地:スーパーマーケットから1.6km以上離れており、健康的な食品よりも不健康な食品(ファストフードなど)が多い地域
分析の結果、3038群のうち758群が、肥満に関連したがん(食道がん、腎臓がん、膵臓がんなど13種類)の死亡率が高い(人口10万人あたり71.8人以上)と判断されました。
これら758群では、高齢者・黒人住民・低所得世帯の割合が高く、成人の肥満率・糖尿病率も高いと分かりました。
また肥満関連のがん死亡率においては、健康的な食品を入手しやすい地域よりも、食の砂漠スコアが高い群では死亡率が59%高く、食の沼地スコアが高い群では死亡率が77%も高いと分かりました。
そしてこれらの地域に住む人々は、容易に居住地を変えることができません。
一般的に「健康は”何を食べるか”という食品の選択で改善できる」と考えられています。
しかし今回の結果は、地域によってはその選択肢すら与えられず、不健康で死亡リスクの高い食生活を強制されていると分かります。
そのため、公衆衛生に関わる研究者たちは、「郵便番号と近隣環境(つまり居住地)がDNAと同じくらい健康状態と関連している、という認識が広まりつつある」と述べています。
私たちにとって「どこに住むか(どこで生まれるか)」という条件は、「誰から生まれるか」という条件と同じくらい、自分の健康状態に強い影響を及ぼすというのです。
世界中で見られる「食の砂漠」「食の沼地」問題を改善するには、国家規模の介入が必要であり、現段階ではその実現も見えていません。
もし、自分の将来や子供たちの健康に気を付けたいなら、「何を食べるか」と考える前に、「どこに住むか、どんな食品を入手できるか」と考えるべきなのかもしれません。
海外に比べ日本は生鮮食品を扱う優良な店舗が多く存在しますが、一人暮らしの人は生鮮食品を買って毎回料理するより、コンビニやファーストフード店を利用しがちでしょう。
またこまめに買い物に行くことが難しい忙しい人も、保存しづらい生鮮食品よりカップラーメンやスナック菓子に頼りがちです。
これらも同様の危険をもたらすと考えられるので、注意する必要があるでしょう。
参考文献
‘Food Swamps’: Scientists Explain The Health Risks of Living Inside Them https://www.sciencealert.com/food-swamps-scientists-explain-the-health-risks-of-living-inside-them Food Deserts, Swamps Linked to Increased Risk of Death From Obesity-Related Cancers https://www.cancertherapyadvisor.com/home/cancer-topics/general-oncology/food-deserts-swamps-obesity-related-cancers-increased-risk-death/ Food Deserts and Swamps and Obesity-Related Cancer Mortality https://mdnewsline.com/food-deserts-and-swamps-and-obesity-related-cancer-mortality/元論文
Association of Food Deserts and Food Swamps With Obesity-Related Cancer Mortality in the US https://jamanetwork.com/journals/jamaoncology/fullarticle/2804691