”地球最初の捕食者”が見つかったかもしれません。
オーストラリア国立大学(ANU)はこのほど、同国北部にある16億年前の岩石から、絶滅した初期の「真核生物」の痕跡を大量に発見したと報告しました。
これまで知られていなかった真核生物のコミュニティであり、新たに「プロトステロール・バイオタ(Protosterol Biota)」と命名されています。
太古の海で繁栄したプロトステロール・バイオタは「地球上で最初の捕食者であり、バクテリアを狩って貪り食べていた可能性がある」と研究主任のヨッヘン・ブロックス(Jochen Brocks)氏は指摘します。
研究の詳細は、2023年6月7日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 真核生物ってどんな生き物?
- 16億年前に存在した「地球最初のプレデター」を発見か
真核生物ってどんな生き物?
地球に最初の生命体が誕生したのは、今から約38億年前とされています。
このとき誕生したシンプルな細胞を持つ生き物は「原核生物」と呼ばれ、のちに細菌(バクテリア)と古細菌(アーキア)の2種類に分かれました。
原核生物の細胞は膜で包まれており、中にはDNAが入っていますが、DNAを包むいわゆる核は存在せず、DNAがむき出しの状態にあります。
それから十数億年後に、より複雑な細胞を持った「真核生物」が出現しました。
新たに登場した真核生物は私たちヒトを含む動物や植物、真菌類(カビ・キノコ・酵母など)のすべての祖先に当たります。
真核生物の細胞は原核生物より複雑で、DNAがむき出しではなく核膜に包まれており、細胞のエネルギー生産を担うミトコンドリアを代表とした「細胞小器官」がいくつも含まれています。
真核生物が正確にいつ誕生したかは不明ですが、現時点での最古の化石は、アメリカの鉄鉱床の山地で見つかった約21億年前のグリパニア(Grypania)とされています。
真核生物たちがどのような進化の変遷をたどってきたのかは、詳しく解明されていません。
ただし、今日の動物や植物、真菌類などに枝分かれする前の真核生物の最終共通祖先を「LECA(Last Eukaryotic Common Ancestor)」と呼び、今から約12億年前に存在したことが分かっています。
研究者らは、このLECA以前にはすでに真核生物が地球上で支配的になっていたと考えていますが、その化石証拠はほとんど見つかっていませんでした。
研究主任の一人であるベンジャミン・ネッターシャイム(Benjamin Nettersheim)氏は「長年、初期の真核生物の化石を探してきましたが、太古の海はどちらかというと”バクテリアの煮汁(bacterial broth)”のように見えた」と話しています。
ところが今回の発見は、LECA以前に真核生物が確かに繁栄していたことを証明するものとなりました。
さらに、それらの生命体は地球に出現した最初の捕食者だったかもしれないのです。
16億年前に存在した「地球最初のプレデター」を発見か
真核生物そのものの化石は発見が困難であるため、研究者らは代わりに真核生物が残した化学的痕跡を探し続けてきました。
特にターゲットとしたのが、脂質の一種である「ステロール」です。
ステロールは真核生物によって合成される脂肪分子であり、古生物学では、地層中のステロールが真核生物の存在を示す指標(バイオマーカー)として用いられます。
そして研究チームは今回、オーストラリア北部に位置する「バーニー・クリーク累層」の16億年前の海底で作られた岩石から、真核生物の作り出したステロールの痕跡を新たに発見したのです。
この脂肪分子は、今日の真核生物に見られるステロールとは異なる原始的な化学構造をしており、これまで確認されたことのないものでした。
そのためチームはこの分子を「プロトステロール」と名付け、これを分泌していた未知の真核生物たちを「プロトステロール・バイオタ(=プロトステロールを作り出す生物相)」と命名しています。
さらに、新たに判明したプロトステロールの化学構造をもとに、これまで世界中で採取されてきた十数億年前の岩石サンプルを調べたところ、プロトステロールと同じ分子がすでに大量に見つかっていたことが分かったのです。
これについて、ネッターシャイム氏は「プロトステロールが、従来使ってきた典型的な分子検索パラメーターに適合しなかったため、私たちは約40年もの間、これらの分子を見落としていたのです」と話しています。
これによって、初期の真核生物はLECA以前に太古の海で広く繁栄していたことが示されました。
研究者らは「プロトステロール・バイオタは、細菌や古細菌などの原核生物よりも複雑で大きかったでしょうが、その見た目は不明である」と述べています。
「生物相」というだけあって、プロトステロールを合成した真核生物は多種にわたり、見た目も様々だったはずです。
ここに挙げている一連の画像も、研究チームがプロトステロールのデータをもとにAIに作らせたものだといいます。
さらに研究主任のヨッヘン・ブロックス氏は「プロトステロール・バイオタは、地球上で最初の捕食者であり、バクテリアを狩っては、次々に貪り食べていた可能性が高い」と指摘しました。
現時点での世界最古の捕食動物は、約5億6000万年前に存在した「オーロラルミナ・アッテンボロキ」というイソギンチャクの仲間とされています。
プロトステロール・バイオタがいつ絶滅したのかは不明瞭ですが、研究チームは「おそらく10億〜8億年前までは存在した」と考えています。
というのもこの時期は、真菌類や藻類のようなより複雑な真核生物が進化し繁栄し始めた頃です。
ネッターシャイム氏は「この時代は地球史の中でも生態系が大きく転換した重要な時期の一つであり、プロトステロール・バイオタは、恐竜が絶滅して哺乳類たちに進化のスペースを空けたように、新世代の真核生物たちに道を譲ったのでしょう」と話しています。
もしかしたらプロトステロール・バイオタたちは、藻類の出現による海中の酸素濃度の変化など、新たな生態系についていけなかったのかもしれません。
AIに作成させた「プロトステロール・バイオタ」のその他の画像は、こちらからご覧いただけます。
参考文献
Remains of an extinct world of organisms discovered https://phys.org/news/2023-06-extinct-world.html Traces of ancient life found in 1.6-billion-year-old rocks in Australia https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2023/june/traces-ancient-life-found-in-billion-year-old-rocks-australia.html Scientists discover ‘lost world’ of early ancestors in billion-year-old rocks https://www.eurekalert.org/news-releases/991531元論文
Lost world of complex life and the late rise of the eukaryotic crown https://www.nature.com/articles/s41586-023-06170-w