危険なバクテリアは意外な場所で増えている可能性がありそうです。
米国のフロリダ・アトランティック大学(Florida Atlantic University)で行われた研究により、コレラや腸炎の病原菌や人食いバクテリアの特徴を持つ微生物が、海に浮かぶプラスチックや海藻に付着していることが示されました。
研究者たちは、この微生物を食べた魚介類を人間が食べると、生命を脅かす病気になる可能性があると述べています。
なぜ海の上で、危険な病原性を秘めた微生物たちは、海藻やプラスチックゴミと共に繁栄しているのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年5月3日に『Water Research』にて公開されました。
目次
- プラゴミと海藻が交じり合った特殊環境
- プラゴミと海藻の混じった海域は生物が少ない「海の砂漠」
プラゴミと海藻が交じり合った特殊環境
今から50年ほど前の1972年、アメリカ東海岸沖のサルガッソー海において、世界ではじめて海洋のプラゴミにかんする報告が行われました。
当時はプラスチックの環境流出やマイクロプラスチックの存在も十分に知られておらず、学術的にみて海に浮かぶプラゴミは「目新しい」存在だったようです。
しかしそれから50年、海洋プラゴミは世界各地のあらゆる海に出現し、巨大なゴミベルトの主な構成員となりました。
一方、世界で最初に海洋プラゴミが報告されたサルガッソー海では新たな変化がうまれつつありました。
サルガッソー海には古くから浮遊性の海藻(ホンダワラ属)が海面付近に生息していましたが、近年周囲国からの廃水や農業用の肥料が大量に海に流れ込むようになり、海藻の爆発的な繁殖が起こったのです。
そのため現在のサルガッソー海は、自然界の新参者である海洋プラゴミと、古参である浮遊性海藻が入り混じった特殊な環境が構築されることになりました。
これまでの研究により、新しい特殊な環境では、周囲に存在しない特殊な生態系が形成されることがわかっています。
以前に行われた研究でも、環境に放出されたプラゴミの存在に適応し、一部の細菌たちにプラゴミを食べられるような進化が起こっていることが示されています。
そこで今回、フロリダ・アトランティック大学の研究者たちは、サルガッソー海からウナギの幼生・海洋プラゴミ・浮遊性海藻・海水など複数種類のサンプルを回収し、どんな微生物が生息しているかを調べてみました。
するとビブリオ菌に分類される16の異なる系統に属する細菌を発見します。
ビブリオ菌はコレラや腸炎などの食中毒の原因菌の他、ビブリオ・バルニフィカスと呼ばれる「人食いバクテリア」を含む菌種です。
「ビブリオ・バルニフィカス」は傷口に感染するとそのまま人体を食べ始めて「壊死性創傷感染」や「壊死性筋膜炎」のような急速かつ致死的な人体組織の崩壊をもたらすことが報告されています。
(※人食いバクテリアとしては他にも「レンサ球菌」が有名です。「ビブリオ・バルニフィカス」「レンサ球菌」「人食いバクテリア」などのキーワードは検索すると症例として人体の壊死した画像も表示されるため、いわゆる検索してはいけないワードの一種です)
日本でも生シラスを食べた男性がビブリオ・バルニフィカスによる壊死性筋膜炎を発症し、死亡した例が知られています。
さらにプラゴミなどに付着したビブリオ菌たちの遺伝子を分析したところ、コレラや腸炎、壊死性筋膜炎などの致死性や病原性に必須な複数の遺伝子を保持していることが判明します。
この結果は、プラゴミと海藻の混じった新たな環境には、人間にとって重大な病気を引き起こす可能性のある、危険な細菌たちが生息していることを示します。
しかし、なぜプラゴミと海藻がまじりあった環境に、こうした危険な遺伝子を持つ細菌が集まっていたのでしょうか?
プラゴミと海藻の混じった海域は生物が少ない「海の砂漠」
なぜプラゴミと海藻が交じり合った世界に、恐ろしい病原性を秘めた細菌たちが住んでいるのか?
研究者たちは謎に応えるために、プラゴミと海藻と魚が入り混じった複雑なモデルを提唱しています。
浮遊性の海藻は排水などの栄養をもとに大繁殖しましたが、陸から離れた洋上は栄養的に貧しい「海の砂漠」であり、彼らが生命活動を維持するための窒素やリンが足りません。
そこで栄養的に貧しい海域の浮遊性海藻は、窒素やリンを自分たちを食べに寄ってきた魚の糞や死体から得ることになります。
そこに介入してきたのがプラゴミに付着したビブリオ菌です。
ビブリオ菌のプラゴミに対する反応を調べた研究では、ビブリオ菌が数分以内にプラスチックを探し出して、積極的に付着することがわかっています。
プラゴミと海藻が絡み合う領域に魚がやってきてくると、お腹を空かせた魚たちは海藻を食べようと口をあけ、一緒にプラスチック片を飲み込みます。
こうして魚たちはプラスチック片と一緒に病原性のあるビブリオ菌を飲み込んで感染してしまいます。
すると魚はビブリオ菌によって下痢になったり腸壁に孔が開いて消化物が外に漏れだす「リーキーガット症」を発症します。
魚たちから排泄された糞や病気で死んだ死体は窒素やリンを豊富に含んでいるため、海藻を成長させる肥料になってくれます。
つまり浮遊性海藻とプラスチック片に付着したビブリオ菌は、うまく共生関係を作って非常に効率よく海藻を食べに来た魚たちを餌食にすることができたのです。
こうして海洋上でも浮遊性海藻のホンダワラ属とプラゴミ、そしてプラゴミに付着したビブリオ菌が共に繁栄する特殊な環境が形成されたというのです。
問題は、この人間にとって潜在的な病原性を持つ細菌が、陸地に押し寄せていることにあります。
近年では周辺国から流れ込む廃水や肥料のせいで浮遊海藻は大繁殖を起こしており、上の図のように、浜辺に大量に漂着するようになってしまったからです。
もし打ち上げられた海藻にビブリオ菌が混じっていた場合、人間への感染を引き起こす可能性もあります。
そのため研究者たちは、海藻が浜辺に打ち上げられたとしても、不用意に触れるべきでないと警告しています。
人間が環境に放出したプラスチックはこれまで地球環境に存在しなかった特殊環境を作り出しました。
プラスチックが病原体というパートナーをともなって、人間社会に里帰するのを防ぐためには、まず人間自身がプラスチックへの過度な依存を減らすことが重要となるでしょう。
参考文献
‘PATHOGEN’ STORM: VIBRIO BACTERIA, SARGASSUM AND PLASTIC MARINE DEBRIS https://www.fau.edu/newsdesk/articles/perfect-pathogen-storm元論文
“Sargasso Sea Vibrio bacteria: underexplored potential pathovars in a perturbed habitat” https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0043135423004694?via%3Dihub#bib0003