調査するまでもないと思っていた問題に落とし穴がありました。
米国のハーバード大学で行われた研究によって、命を選択する倫理問題「トロッコ問題」に対して、幼い子供たちの4割が「人間の命より動物の命を優先する」選択を行っていたことが示されました。
なぜ子供たちは大人と異なる倫理観をもっているのでしょうか?
研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『PsyArXiv』にて公開されています。
目次
- 幼い子供の4割はトロッコ問題で「人間より動物の命を優先する」と判明
- 10歳を境に人間への関心が高まる
幼い子供の4割はトロッコ問題で「人間より動物の命を優先する」と判明
暴走するトロッコを前に5人を救って1人を殺すか、それとも1人を救って5人を殺すか?
トロッコ問題は古くから人間の倫理観を問う問題として使われてきました。
この問題では多くの人が「5人を救って1人を見殺しにする」という選択をします。
ただこの問題にはさまざまなバリエーションが存在しており、たとえば5人が見知らぬ人な一方で1人が自分の家族だった場合、または5人が健康な若者で1人が末期がんの老人だった場合など、さまざまな状況を想定することも可能となっています。
また人間以外を比較したバリエーションも豊富に存在し、近年では特に、人間の命と動物の命のどちらを優先するかを調べる試みも増えていきました。
実際、233カ国の数百万人を対象にした自動運転AIにかんする倫理調査でも予測どおりの結果が出ています。
この調査では、衝突先に人間と犬の2種類しか選べない場合、自動運転AIが犬のほうに車を向かわせる(つまり人間を助けて犬を殺す)ことについて、人々の意識調査がおこなわれました。
結果、ほとんどの人々が犬を犠牲に人間を助ける判断に「同意できる」と答えており、人間と動物の命の重さについてはトロッコ問題以前に明白な決着がついているように思えます。
しかし意外なことに、近年の研究ではこの質問に対して、動物の命を優先すべきと答える「グループ」が報告されるようになってきました。
そう言われると、そのグループとは「過激な動物愛護団体」や「極端な平等主義者」だろうと想像するかもしれません。
しかしこれはそのどちらでもなありません。
人間より動物の命を優先すべきという倫理観を示したのは「幼い普通の子供たち」なのです。
もし本当ならば、幼い子供たちは人間と動物の命について大人と異なる選択基準を持っていることになります。
そこで今回、ハーバード大学らの研究者たちはポーランドの6歳から9歳の170人の子供と18歳から50歳の大人178人に対して、人間の命と動物の命を選択する「トロッコ問題」に答えてもらうことにしました。
なお実際の調査には子供たちの直感的な選択を引き出すために、上の図のようなレゴが用いられました。
(※列車事故にあった遺族の訴えなど現実的な情報は、子供たちの純粋な直感的判断を阻害する要因となります)
結果、人間の命と犬の命を比べた場合、子供たちの42%が「人間の命より犬の命を優先する」と回答したことが判明。
一方、大人たちの場合「犬の命を優先する」と答えたのは全体の17%に過ぎませんでした。
また人間とチンパンジーを比べたケースでは、子供たちの28%が「人間の命よりチンパンジーの命を優先する」と答えた一方で、11%の大人たちだけが「チンパンジーの命のほうが優先」だと答えました。
この結果は、幼い子供たちにとって人命優先という判断が大人に比べてかなり希薄であることを示します。
また大人でも子供でもチンパンジーより犬を優先するという動物の種類による違いも明らかになりました。
(※動物の種類による偏りは、子供たちが親しみを感じている度合いの違いだと考えられています。実際、犬を飼っている子供はそうでない子供に比べて犬を優先する場合が増えました)
そうなると気になるのが、その理由です。
なぜ子供たちは大人に比べて人間の命をあまり重視しない決断をしたのでしょうか?
10歳を境に人間への関心が高まる
なぜ子供たちは人命をあまり重視していないのか?
その答えは子供たちの年齢に隠れていました。
2018年に行われた子供たちの関心度を調査する研究では、4歳の子供では犬・猫・イルカなど身近な動物のほうが警察官や病人などより高い関心を惹き付けましたが、10歳になると逆転を起こし、動物より人間のほうにより高い関心を示しました。
この研究ではさまざまな対象の絵が描かれたカードを配置する過程が含まれており、子供にとって手前側のほうが関心が高い存在となっています。
幼い子供の場合、上の図のように手前側には動物がおおくみられますが、年齢が上がって大人社会に関わる頻度が増えていくと、病人や障がい者など社会的な弱者や警察官など弱者を守る存在を手前側に置くようになりました。
このことから年齢が増えるにつれて子供たちは関心が動物と人間が等しく混ざった状態から、人間中心に変化していくことを示します。
また2020年に行われた研究では、人間の命のほうが動物の命よりも重要であるとする概念が、発達の後期段階(10歳以降)に現れる可能性が示されています。
そのため研究者たちは、人間への興味の高まりが、人間の命を重視する結果に結びついている可能性があると述べています。
加えて、研究者たちは子供たちに行われる教育も原因の一つになり得ると述べています。
子供たちは親や教師からヒトには「やさしくしなさい」と教わりますが、幼い子供たちにとってにヒトとは人間と動物の両方を含めたものである可能性があります。
子供向けのテレビ番組で擬人化した動物キャラが多くみられるのも、大人に比べて子供たちの動物に対する親しみが、人間に匹敵するほど強いからだと言えるでしょう。
そのためトロッコ問題においても幼い子供たちは人間に偏った選択が行われません。
しかし成長にともなって認知機能が大きく伸び、人間への関心が高まると、危険な状態にある人や困っている人に対して、大人と同じような人間優先の判断ができるようになると考えられます。
また今回の研究ではポーランド人とアメリカ人の比較も行われており、ポーランドの子供もアメリカの子供も、大人より動物に対する優先度が高いことが示されました。
さらにトロッコ問題の代りに「人間と動物のどちらにご褒美をあげるか?」といった問題でも、幼い子供たちは大人に比べ、動物に対する優先度が高くなっていました。
研究者たちは今後、他の文化圏の子供たちの傾向を調査し、この傾向が人類全体にみられるものなのかを確かめていく、とのことです。
元論文
Children Value Animals More than Adults do — a Conceptual Replication and Extension https://psyarxiv.com/w2y5x