腸内細菌が脚光を浴びる一方で、腸内ウイルスは見過ごされていたようです。
デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen)で行われた研究により、赤ちゃんのウンチには1万種の「未知のウイルス」が含まれていることが判明。
これまで知られている大人の腸内ウイルスとは種類も比率も大きく異なっていることが示されました。
未知のウイルスたちはどこから来たのか、そして赤ちゃんの腸内で、いったい何をしていたのでしょうか?
今回はまず最初のページで腸内細菌と腸内ウイルスの「狩る狩られる」の関係について説明しつつ、2ページ目以降で未知のウイルスについて解説したいと思います。
研究内容の詳細は2023年4月10日に『Nature Microbiology』にて公開されました。
目次
- 腸内細菌は知っているけれど腸内ウイルスって何?
- 赤ちゃんのウンチには1万種の未知のウイルスがいた
- 腸内ウイルスによって腸内細菌をコントロールする
腸内細菌は知っているけれど腸内ウイルスって何?
人間の腸にはおよそ1000種類、100兆個にも及ぶ腸内細菌が住み着いているおり、人間の体を構成する細胞数60兆個よりも多くなっています。
そのため腸内細菌の影響も甚大であり、これまの研究では腸内細菌の存在が私たちの精神や体の健康に大きな影響をあたえることがわかっています。
たとえば過去に行われた研究では、特定の腸内細菌の比率や種類が、人間やマウスの性格や攻撃性に影響を与え、社会的地位の上下にもかかわっていることが示されています。
また他の研究では、特定の腸内細菌が、がんの免疫治療の効果にも影響していることが示されています。
腸内細菌は私たちの免疫と健康を陰から支配していると言えるでしょう。
しかし、そんな腸内細菌にも天敵がいました。
その天敵とは細菌を専門に感染する「ファージ」と呼ばれるタイプのウイルスです。
ファージウイルスにはさまざまな種類が存在しますが、多くは上の図のようにウイルスの遺伝子を格納する頭部と、細菌細胞の表面に取り付くための尾部から構成されています。
腸内細菌にとって動物の腸が住み心地がいい場所であるならば、狭い空間に獲物(細菌)が詰まっている腸はファージウイルスにとって絶好の狩場となったからです。
結果、私たちの腸内には腸内細菌と同じかそれ以上の数のファージウイルスが住み着くことになります。
ただ腸内ウイルスの研究は腸内細菌よりも遅れていました。
既存の腸内ウイルスの研究も主に成人を対象にされており、赤ちゃんの腸内ウイルスについては多くが謎となっていました。
そこでコペンハーゲン大学の研究者たちは5年間かけて647人の1歳児の赤ちゃんの糞便を採取し、内部に含まれているウイルスの調査を行うことにしました。
赤ちゃんのウンチには1万種の未知のウイルスがいた
研究ではまず、赤ちゃんのウンチからウイルスが分離され、遺伝的な分析が行われました。
すると驚くべきことに、赤ちゃんのウンチには248科にわたる1万種を超えるウイルスが存在していることが判明します。
1歳時の腸内には1000種類の腸内細菌が住み着いていることが知られていましたが、ウイルスの多様性はその10倍に及んでいたのです。
さらに発見されたウイルス種のほとんど(248科中の232科)が、これまで報告されたことがない未知の種であり、既知のものは16科しかありませんでした。
(※新たに判明した232科の名前は研究に参加した赤ちゃんたちの名前から命名され、シルベスタ科、リグモア科、トリスタン科などが親切されました)
これらの結果は、現代科学が赤ちゃんの腸内ウイルスにかんしてほぼ「無知」であったことを示します。
また今回の研究で発見された1万種のウイルスを大人の糞便から発見されたウイルスと比較したところ、双方が共通して持つウイルスが800種に過ぎないことが判明します。
このことは、赤ちゃんたちの腸内ウイルスは大人とは大きく異なっており、成長過程で徐々に大人の腸内ウイルスに置き換わっていくことを示します。
研究者たちは、この置き換わりが腸内細菌の起き代わりと関連している可能性があると述べています。
これまでの研究により、赤ちゃんの腸内にはミルクの分解を助けてくれるビフィズス菌が大人に比べて遥かに優勢であることが知られているからです。
腸内に存在する菌が違えば、それを狙うファージウイルスの種類も違ってきます。
逆に大人の腸で最も多く含まれるクロスビラレス目のウイルスは、赤ちゃんの腸内にはあまりおらず、成長とともに徐々に優勢になっていくウイルスもいることがわかりました。
そうなると気になるってくるのが、腸内ウイルスが健康に与える影響です。
腸内ウイルスによって腸内細菌をコントロールする
腸内ウイルスが人間の健康にどんな影響を与えるのか?
近年の研究によれば、腸内ウイルスは腸内細菌のバランスを整える役割を果たしていることが知られており、両者を合わせて一体化したものが「真の腸内細菌叢」と考えられるようになってきました。
この理論では、腸内ウイルスと腸内細菌の狩る狩られるの関係はある意味で肉食動物と草食動物の関係に似ているとされています。
肉食動物がいなくなると草食動物が増えすぎて植物が食いつくされてしまうように、腸内ウイルスは腸内細菌の増えすぎを抑えることで腸内環境を一定に保つ役割を果たしていると考えられます。
実際、過去の研究では腸内ウイルスが狩る対称にはいわゆる悪玉菌も含まれていることが示されており、腸内ウイルスの移植で感染症に苦しむ患者を治したり、肥満解消に役立つことが明らかにされました。
また腸内細菌の適切なコントロールは、小児期の喘息やADHD、さらには大人になってからの自己免疫疾患などにも重要であることが示されています。
もし腸内ウイルスを上手く使って腸内細菌を上手く制御できれば、多くの人々を苦しめる病気の治療に役立つでしょう。
(※研究者たちは既に喘息やADHDに関連する腸内ウイルスの探索を開始しているようです)
もしかしたら未来のスーパーでは腸内細菌の詰まったヨーグルトの横に、腸内ウイルスが入れられたプリンが並べられているかもしれませんね。
参考文献
Astonishing Discovery Finds 10,000 Mostly Unknown Viruses in Baby Poo https://www.sciencealert.com/astonishing-discovery-finds-10000-mostly-unknown-viruses-in-baby-poo元論文
Expanding known viral diversity in the healthy infant gut https://www.nature.com/articles/s41564-023-01345-7