脳波を用いて「念じるだけで操作する」インターフェースはもはやSFのものではなくなりつつあります。
この分野の研究は最近進展が目覚ましく、オーストラリア・シドニー工科大学(UTS)に所属するフランチェスカ・イアコピ氏ら研究チームは、グラフェンを素材にした新しい非侵襲性センサーを開発しロボット犬を視覚と脳波でコントロールすることに成功しました。
研究の詳細は、2023年3月16日付の科学誌『ACS Applied Nano Materials』に掲載されています。
目次
- 脳波を検知する従来の非侵襲性センサーにはジェルが必要だった
- 頭に被るだけで機能する脳波コントロールシステム
- ロボット犬を視覚と脳波で遠隔操作する
脳波を検知する従来の非侵襲性センサーにはジェルが必要だった
脳波コントロールを実現させるには、脳の表層である「大脳皮質」が発生させる電気活動を検知しなければいけません。
脳の電気信号を検知することで、利用者の意図した通りに機械の操作へフィードバックさせる研究はある程度成功を収めています。
ただ、問題となるのは脳波をどうやって読み取るかという方法です。
視覚刺激を利用するタイプの脳波コントロールでは、大脳皮質の中でも、目から送られてくる情報を処理する「視覚野」の脳波を取得します。
視覚野は主に後頭部に位置しているので、脳波はここを中心に読み取られます。
もっとも精度良く脳波を検出する方法は「針状の電極を頭に刺す」ことです。ただこうした侵襲性センサーを受け入れる人はまずいないでしょう。
そのためこの方法は実用性があるとは言えず、活用できる場面は限られます。
そこで「シートを頭に貼るだけ」「カバーを被せるだけ」といった体を傷つけない非侵襲性センサーの精度を高めることが、科学者たちの目指すこのシステムの重要な目標のとなっています。
ただ、これを達成するのは容易ではありません。
非侵襲性センサーの精度を高めるには、導電性を高めたり、センサーを頭部の形に沿ってなるべくぴったり接触させたりする必要がありますが、頭部の丸みや髪の毛がそれを邪魔しています。
現在もっとも有用な方法は頭皮と髪にジェルを塗布して導電性を高める「湿式(ウェットタイプ)センサー」です。
しかしこのジェルを利用した方法は、毛髪が汚れるという問題以外にも、皮膚の炎症やアレルギー反応、ユーザーの動きでセンサーがずれ易い、ジェルが乾燥していくため長時間利用できないなど、多くの問題点が存在しています。
ジェルを用いない乾式(ドライタイプ)センサーも存在しますが、湿式センサーに比べて導電性が低く、頭の形によって接触状態も変化してしまうため十分な精度は発揮できていません。
こうした背景にあって今回の研究チームは、頭の形に沿って曲がり、かつ高い導電性を備えた乾式センサーを新しく開発することを目指したのです。
頭に被るだけで機能する脳波コントロールシステム
人間の頭は意外と複雑な形状をしているため、脳波を読み取るセンサーは分厚く硬いものだとうまく機能させることができません。
また頭皮は汗や油も多いため、こうした腐食に対する耐久性も必要になってきます。
導電性も高い必要があるでしょう。
こうした条件をクリアする材料として研究チームが目を付けたのが、グラフェンでした。
グラフェンとは炭素原子が六角形の格子状に並んだシートです。
1枚のグラフェンは1原子分の厚さしかなく、人間の髪の1000倍薄いと言われています。
しかし、その強度は「鋼鉄の200倍」であり、高い導電性と、腐食や汗に対する高い耐久性を備えています。
チームは、このグラフェンとシリコンを組み合わせることで、頭皮に密着する薄くて柔らかいセンサーを開発しました。
画像から分かる通り、このセンサーはシリコンの土台上に柔らかいグラフェンを六角形のパターンに形成することで成り立っています。
これによりグラフェンセンサーは頭部の丸みに対応して頭皮との接触状態を高め、たとえ髪の毛があったとしても高い精度で脳波を検知できるというのです。
そしてテストの結果、導電性ジェルを使用しなくても信号のノイズが少なく、湿式センサーと同等の感度を達成することに成功しました。
これはラジオでたとえるならば、電波が途切れ途切れになって聞き取りにくくなるような状態がなくなり、クリアな音質で聞けている状態と言えるでしょう。
新しいグラフェンを利用した乾式センサーは、従来の湿式センサーと同じくらい正確でクリアな計測が可能だったのです。
ただし、毛深い人への対応や汗などによる導電性の変化は現在もノイズの原因として存在しており、より精度の高い信号取得については今後の研究課題となっていくようです。
そして今回の研究は、実際このデバイスでロボット犬の脳波コントロールについても検証されました。
ロボット犬を視覚と脳波で遠隔操作する
この新しいセンサーを試すために、ロボット犬の操作テストが行われました。
ユーザーはグラフェンセンサーを内蔵したバンドとARゴーグルを装着。
ARで表示される9つの異なるコマンドの中から1つを選び、注視することで、その脳波の変化を後頭部のセンサーが拾い、ロボット犬にコマンドを送信できました。
研究チームによると、実験では「最大94%の精度でロボット犬をハンズフリーでコントロールできた」とのこと。
ロボット犬の脳波コントロール自体は、2022年9月にシドニー工科大学が公開した動画と同じですが、軍事用途のためかその詳細な部分は明らかになっていません。
それでも当時の動画からは、ARゴーグルを装着したユーザーが、ロボット犬を遠隔操作で歩行させている様子が映し出されています。
今回のグラフェンセンサーは、こうした軍事技術と同様にロボット犬を高精度で脳波コントロールすることが可能なようです。
そしてセンサーの進化でより利用しやすくなったこの技術は、軍事以外の様々な用途に応用できる可能性があります。
それは車椅子や義肢をコントロールするのにも役立つはずであり、今後のさらなる研究と進展が期待できます。
参考文献
Mind-control robots a reality https://www.uts.edu.au/news/tech-design/mind-control-robots-reality New graphene sensors make for better brain-machine interface https://newatlas.com/technology/graphene-sensor-interface-thought-controlled-robot/元論文
Noninvasive Sensors for Brain–Machine Interfaces Based on Micropatterned Epitaxial Graphene https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsanm.2c05546