古代の池でカエルたちは”死にいたる性の宴”を繰り広げていたようです。
ドイツ中央部ガイゼルタール地方では、約4500万年前にカエルが大量死した化石証拠が見つかっています。
その原因は謎めいており、正確な死因についての決定的な見解もありませんでした。
しかしアイルランド国立大学コーク校(UCC)による2022年の研究で、その主な死因は「行き過ぎたセックスによる溺死」であることが判明したのです。
一体どうして化石のみからセックスが原因という結論に至ったのでしょうか?
研究の詳細は2022年7月5日付で科学雑誌『Papers in Paleontology』に掲載されています。
目次
- 4500万年前に起きた「カエル大量死」の謎
- 「行き過ぎたセックス」が大量死を招いていた!
- セックスでの大量死を乗り越える「ネクロフィリア戦略」
4500万年前に起きた「カエル大量死」の謎
ドイツ中央部ガイゼルタール地方は、古くから化石の宝庫として知られていました。
この地方にはかつて広大な沼地が広がっており、馬・鳥・コウモリ・魚・カエルを含む様々な動物たちが死んだ際、沼地の泥が遺体を速やかに覆うことで良好な化石として未来に送り届ける機能を果たしたのです。
しかし数々の化石の中には、どのような状況で死亡したのかわからないものも存在しました。
特に4500万年前の地層から見つかった何百匹にも及ぶカエルたちの化石群は大きな謎でした。
馬や鳥ならば、泥や水に足をとられて群れ単位で溺れ死ぬことは考えられますが、水かきを持ち皮膚呼吸能力に優れるカエルが集団で死亡するには、何か特別な理由があったはずです。
これまでの研究では、寒さ・乾燥・水中の酸素不足などの説が唱えられてきましたが、どれも推測の域を出ませんでした。
そこでアイルランド国立大学コーク校の研究チームが2022年に、発掘されたカエルたちの化石の状態をもとに、大量死の原因を解明することにしたのです。
するとカエルたちの化石のかなりの部分が、体全体のパーツがそろった完全性の高い化石であり、骨にも傷が少ないことが判明します。
つまりカエルたちの死体は生前も死後も損傷を受けてはいなかったのです。
研究主任のダニエル・フォーク氏は「カエルの骨には捕食者に襲われたり死肉を漁られたような痕跡(傷)はなかった」と述べています。
また地層や化石を分析したところ、カエルたちが大量死した時期に沼地が干上がったり大洪水が起きたという証拠も見当たりませんでした。
同様にプランクトンなどの大量発生により水中の酸素レベルが急激に低下という説も否定されました。
大量死したカエルたちは交尾の時期以外は水から上がって生活する「ヒキガエル」に属する種であり、特定の水域で酸素不足が起きたならば、別の場所に簡単に移動することができたからです。
つまり考えられる死因は環境変化や捕食者などではなかった可能性が高いのです。
では一体何がカエルたちに大量死を引き起こしたのでしょうか?
「行き過ぎたセックス」が大量死を招いていた!
何が古代のカエルたちの大量死を引き起こしたのか?
鍵となったのは、現在のカエルたちが起こす大量死でした。
一部のカエルたちは気候や食べ物となる虫たちなど、生存のための環境条件が恵まれている場合、爆発的な繁殖を起こすことが知られています。
このような爆発的繁殖が起こると、1匹のメスに複数のオスがのしかかり巨大な「交尾玉(mating balls)」と呼ばれるカエル団子が形成されます。
このような状態になるとカエルたちは動きがとれず、中心のメスだけでなく周囲のオスも一緒になって「溺死」したり「過労死」してしまうのです。
そして死亡したカエルはしばらく水面を漂った後に沼底に沈んでいき、パーツのそろった綺麗な化石になったというわけ。
4500万年前に大量死したカエルたちは文字通り、激しい性の宴の中で命を散らした儚い存在だったと言えるでしょう。
しかし近年の研究では、死すら乗り越えてセックスに励むカエルたちの存在も報告されています。
セックスでの大量死を乗り越える「ネクロフィリア戦略」
近年に行われた研究では「激しい性の宴での死」すら生殖手段としているカエルたちがいることも報告されています。
2012年にブラジルの国立アマゾン研究所で行われた研究によれば、爆発的繁殖が引き起こした交尾玉(mating balls)のせいで「溺死」あるいは「圧死」したメスの死体を上手く刺激することで、卵を体外に排出させ、精子を吹きかけて受精させられるオスのカエルがいることが判明しました。
メスは自分が死んだ後でも卵を吐き出す仕組みを進化させており、一方のオスもその方法を本能レベルで理解しているのです。
このようなネクロフィリア(死姦)戦略は爆発的繁殖という状態においても粘り強く子孫を残すために有用だったのでしょう。
もしかしたら4500万年前のカエルたちも同様の方法を採用していたのかもしれません。
※この記事は2022年8月に掲載したものを再編集してお送りしています。
参考文献
Ancient swamp is sex death trap for fossil frogs
https://www.eurekalert.org/news-releases/957817
元論文
The skeletal taphonomy of anurans from the Eocene Geiseltal Konservat-Lagerstätte, Germany: insights into the controls on fossil anuran preservation
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/spp2.1453
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。