夜の池や田んぼで、カエルたちの大合唱を耳にしたことがあるかもしれません。
その鳴き声の正体は、実はすべて「オス」のものです。
カエルの世界では、鳴くのはオス、メスは沈黙している。
そんな常識が長年信じられてきました。
ところがこの常識に揺さぶりをかける驚きの研究結果が、ブラジルのサンパウロ大学(USP)の研究チームから発表されました。
彼らは、「メスのカエルも実は多様な目的で鳴いていた」という事実を、約3000件にも及ぶ文献調査を通じて明らかにしたのです。
この研究の詳細は2025年5月28日付の『Proceedings of the Royal Society B』誌に掲載されました。
目次
- 科学者たちはカエルのメスが鳴くことをほとんど知らなかった
- カエルのメスが鳴く理由とは?「メスの鳴声を調べた研究は少ない」と判明
科学者たちはカエルのメスが鳴くことをほとんど知らなかった
カエルの鳴き声研究(生物音響学)は、これまで圧倒的に「オス」に偏って行われてきました。
なぜなら、オスは自分の存在をアピールし、メスを惹きつけるために大きな声で鳴き、研究者の耳にもマイクにも簡単に引っかかるからです。
一方で、メスのカエルには声を増幅する声嚢(せいのう)がない種も多いことで知られています。l
仮に鳴いたとしてもその声は小さく、環境音やオスの大合唱にかき消されてしまいます。
このため、例外はあるものの、「一般的にメスは鳴かない」と考えられてきました。
研究者たちも「オスの鳴声」ばかりに注目し、メスの鳴声は録音機材のセッティングや行動観察でも、最初から「聞こえないもの」として扱うことがありました。

そんな中、サンパウロ大学の研究チームは、この無関心な態度に疑問を抱きました。
「本当にメスは鳴かないのか?我々が知らないだけなのではないか?」
こうしてチームは、世界中の文献を対象に、徹底的な再調査を始めます。
調査の対象となったのは、学術論文、学会発表、博士論文、そして一部のフィールドノートまで含めた約3000件におよぶ文献群。
対象言語も英語だけでなく、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、ドイツ語など多言語にわたりました。
研究チームはそこから、メスのカエルが明確に鳴いていた記録だけを抽出し、 その種類、状況、行動背景を徹底的に整理していきました。
その結果、29の科に属する112種のカエルが、何らかの形で「メスも鳴く」ことが明らかになりました。
これは、全世界で既知のカエル種(約8000種)のわずか1.4%に過ぎません。
そして研究では、メスの鳴声にいくつかのタイプがあると分かりました。
カエルのメスが鳴く理由とは?「メスの鳴声を調べた研究は少ない」と判明

文献の再分析から、メスの鳴き声には以下のような6つのタイプが存在することがわかりました。
- アドバタイズメントコール(advertisement call): 繁殖相手を惹きつけたり、同性間の競争の中で発せられる自発的な鳴き声で、性的選択において機能すると考えられています。
- コートシップコール(courtship call): 交尾前のオスとメスの近距離でのコミュニケーションに用いられ、交尾への準備状態や位置確認、オスの呼びかけに反応して発せられる「返答」としての機能が示唆されています。
- アンプレクススコール(amplexus call): オスとメスが交尾姿勢(アンプレクスス)を取っている最中に発せられる鳴き声で、その機能についてはまだほとんど解明されていません。
- リリースコール(release call): 交尾の意思がない個体が、同種あるいは異種の個体からのアンプレクスス行動や不要な身体接触に対して拒否の意思を示す鳴き声。身体的接触に対してのみ発せられます。
- ディストレスコール(distress call): 捕食者に襲われた際や拘束されたときに発せられる、口を大きく開いて鳴く防衛的・警戒的な鳴き声です。
- アグレッシブコール(aggressive call): 縄張り防衛や接近してきた個体への警告など、同種間の敵対的なやり取りにおいて発せられる鳴き声。しばしば鳴き声の後に物理的な争い(喧嘩)へと発展します。
この中でも特に注目すべきは、「アドバタイズメントコール」と呼ばれる自発的な鳴き声です。
これまではオス特有の行動とされてきましたが、一部の種ではメスも同様に鳴いていたことが確認されました。
また、ある種では、メス同士が「コールバトル」のように鳴き声で競い合う様子が観察されています。
このことは、カエル社会において「性による役割分担」が思っていた以上に複雑で、双方向のアピール戦略が存在する可能性を示唆しています。
そして前述したように、メスの鳴声について文献に記載されているのは、全体の種の1.4%です。
これは、「それだけの種でしかメスが鳴かない」と言う意味ではありません。
確認されていないだけで、実際にはもっと多くの種でメスが鳴いている可能性があります。
さらに、メスの鳴声に関して記した文献でさえ、その鳴き声の”意味”を実験的に確かめた研究は全体のわずか10%程度でした。
科学者でさえ、カエルのメスの鳴声についてほとんど知らず、その研究もなされていなかったのです。

こうした現状は、今後の研究における最大の課題であり、メスの鳴声を検証する様々な実験が必要とされていることを示しています。
また、現在世界中で絶滅の危機にあるカエルの保護調査も、オスの鳴き声を前提とした音響センサーに依存しています。
つまり、メスが鳴いても、それが検出されないために存在自体がカウントされていない可能性もあるのです。
今後はメスの声に耳を傾けることが、生態系モニタリングや保全活動の精度向上にもつながるでしょう。
今度カエルの声を聞いたら、ちょっと耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、その中にひっそりと混じっている“メスの声”を聞き取れるかもしれません。
参考文献
Males to blame: We only know how 1.4% of female frogs sound
https://newatlas.com/biology/female-frog-sound/
We don’t know much about female frog calls because they’re being drowned out by males
https://www.scimex.org/newsfeed/we-dont-know-much-about-female-frog-calls-because-theyre-being-drowned-out-by-males
元論文
The ‘silent’ half: diversity, function and the critical knowledge gap on female frog vocalizations
https://doi.org/10.1098/rspb.2025.0454
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部