カブトガニは約4億5000万年前に出現してから、その姿をほとんど変えておらず、「生きた化石」と呼ばれています。
日本では古くから瀬戸内海によく見られましたが、取り立てて役に立つわけでもなく、大きくて堅い体が漁の網を破るため、地元民にはかなり嫌われたようです。
しかし現代の医療分野では、カブトガニの血が非常に重宝されているのはご存知でしょうか?
カブトガニの血液は、赤色ではなく、淡い青色をしており、ある特殊な能力で、私たちの健康を守るのに役立っているのです。
それはどんな能力なのか?
まずは、カブトガニの血が青い理由から紐解いていきましょう。
目次
- カブトガニの血が青い理由とは?
- 内毒素を検出できる唯一の天然資源
- カブトガニの血に代わる試薬は作れるのか?
カブトガニの血が青い理由とは?
アメリカカブトガニ(Limulus polyphemus)は、毎年春になると、何十万匹もが産卵のためにアメリカ東海岸の砂浜へと上陸します。
メスは、約5000個の小さな卵が集まってできたゴルフボール大の卵塊を砂浜に産み落とし、そこへ一緒にやってきたオスが精子を吹きかけて、受精させます。
これらの卵には腹を空かせた渡り鳥たちがよく群がりますが、一方で、製薬会社の面々は「青い血」を得るために、砂浜に上がったカブトガニを採取します。
アメリカでは、毎年およそ50万匹のカブトガニが採取され、施設内に運び、心臓付近の血管から血を抜いたのち、海に返します。
その血の色は、ご覧の通り、淡い青色です。
血が赤くないというのは、とてつもなく奇妙に感じてしまいますが、なぜカブトガニの血は青いのでしょうか?
まず、私たち人間の血には「ヘモグロビン」という赤色素たんぱく質が含まれており、これが酸素と結びつくことで、血液が赤色になります。
このヘモグロビンと酸素が結びついている状態を「オキシ型」と呼びます。
反対に、ヘモグロビンが酸素と結びついていない「デオキシ型」の場合は、黒っぽい血液になるのです。
たとえば、皮膚を擦りむいたときに出る血液は、空気中の酸素に触れるため、赤色になります。
一方で、注射器などで採血するときは、酸素と接触しにくいので、黒っぽく見えるのです。
では、問題のカブトガニですが、彼らの血中にはヘモグロビンが存在しません。
代わりにあるのが「ヘモシアニン」という、銅を含む色素たんぱく質です。
そして、ヘモシアニンは酸素と結びつかなければ「乳白色」なのですが、酸素に触れると「青色」になります。
そのため、カブトガニの血液は体内を流れているときは乳白色で、採血して外の酸素に触れると青色に変わるのです。
カブトガニの採血にはかなりの作業時間がかかりますが、得られた血液は非常な高値がつき、血液1ガロン(約3.8リットル)あたり6万ドル(約810万円、2022年7月現在)になります。
では、この青い血が一体、何の役に立つというのでしょうか?
内毒素を検出できる唯一の天然資源
1956年、アメリカの医学研究者であったフレッド・バング(Fred Bang、1916〜1981)は、カブトガニの血の奇妙な特性に気づきました。
なんとカブトガニの血は、エンドトキシン(内毒素:細菌内に含まれる毒素のこと)と反応すると、血球であるアメボサイト(変形細胞)が凝固して塊になるのです。
エンドトキシン(内毒素)は、医薬品や医療機器に付着し、人体に入ると、発熱や敗血症性ショックを引き起こす恐れがあります。
そのため、注射器やペースメーカー、人工股関節といった滅菌医療機器に対しては、内毒素による汚染がないかどうか厳重にチェックしなければなりません。
その検出能力を、太古の昔から存在するカブトガニが持っていたのです。
今のところ、内毒素を検出できる天然資源は、カブトガニの血液だけだと言われています。
その後、バングの発見を引き継いだ研究者らは、アメボサイトの溶解物を医薬品の汚染検査に応用する物質を開発し、これを「ライセート試薬(LAL、リムルス変形細胞溶解物)」と命名しました。
1977年には、アメリカ食品医薬品局(FDA)により、ライセート試薬の正式な使用が認可されています。
以来、カブトガニの血液は、私たちの健康を陰ながら支える役目を担ってきましたが、近年、ある問題が懸念され始めています。
それが、カブトガニの減少です。
先述したように、採血したカブトガニは殺すことなく海に返し、また、その過程で死亡する個体もわずか3%と目されていました。
ところが、その予想値は、事実とかなり違うことが分かってきたのです。
カブトガニの血に代わる試薬は作れるのか?
ライセート試薬の誕生から1990年代まで、その生産工程は持続可能なものと考えられていました。
個体数調査でも、カブトガニはありあまるほど存在し、生物学者や保護活動家も、この種の保護にあまり重きを置いていなかったのです。
ところが、2000年に入り、カブトガニの個体数が明確に減っていることが明らかになってきました。
1990年には、大西洋岸にて毎年、約124万匹のアメリカカブトガニが産卵していると推計されていたのですが、2002年以降、その数は約33万匹まで減少していたのです。
また、2010年の研究では、採血後のカブトガニのおよそ30%が死んでいるという結果が出ました。
これは当初の予想値の約10倍です。
さらに、温暖化や生息地の減少、乱獲により、カブトガニの数はどんどん減っており、ついにはアメリカやアジアで「絶滅懸念種」に指定され始めています。
こうあっては、今まで通り、カブトガニを採取して、血を抜き続けるわけにはいきません。
そこで期待されているのが、ライセート試薬に代わる人工的な化学物質の開発です。
2016年には、同じ機能を持つ合成物質「リコンビナントC因子(rFC)」が開発され、アメリカのいくつかの製薬会社が使用し始めました。
ところが、2020年の調査で、「リコンビナントC因子の安全性が証明できない」として、ライセート試薬の代替品とはならないと判断されています。
今現在は、まだカブトガニの血に頼る他ありませんが、彼らを絶滅させてしまう前に、代替薬の開発を急がなければなりません。
※この記事は2022年8月に掲載したものを再掲載しています。
参考文献
Horseshoe crabs: ‘Living fossils’vital for vaccine safety
https://phys.org/news/2022-07-horseshoe-crabs-fossils-vital-vaccine.html
Horseshoe Crab’s Blue Blood Is Worth $60,000 Per Gallon;Here’s Why
https://www.sciencetimes.com/articles/38058/20220606/this-horseshoe-crab-s-blood-is-worth-60-000-here-s-why.htm
Horseshoe crabs are in danger because everyone wants their blood
https://www.theverge.com/2021/12/17/22840263/horseshoe-crab-blood-medical-industry-controversy
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。