11月4日。
この日のことはのちのち、悔んで胸がぎゅっとなるほどに思い出すこととなる人生において苦しい日となること間違いなしです。
いまたった1週間ほどでも胸が苦しくなります。
うにの誕生日がすぎ、はろの誕生日目前の土曜日の朝、獣医さんへ行きました。
前回の連載でも老いを受け入れると書いたばかりです。まさかこんなことにね。
7歳と6歳そろそろ曲がり角に差し掛かっています。なんて話をし軽く問診、はろの眼を重点的に診ていただきました。その深夜から明け方にかけ、うにの睡眠は浅く、3時にふと見たらずっと暗闇の中座っていたのです。片眼を閉じて、いつものうにとは全く様子が違いました。
穏やかと言ったらそれまで、ですが黒い空気が立ち込めるような重い空気が立ち込めていました。
まさかという打ち消したい気持ち、慌てる指先で獣医さんに電話をするもどこも閉まっており救急病院ですら留守番電話。
柴は緑内障が多く、話も聞くことが多かったことから緑内障かもしれない、という焦りとおそらく緑内障だろうという不安で手が震えました。
うには静かに時折激しく顔を引きつらせており、明らかに様子がおかしく。
半ば泣きつくような調子で、失礼承知で5時半には友人に電話。
朝6時のうに。
もどかしい思いを抱えじっと耐え、日曜診察の開始と共に獣医さんへ。
あらゆる検査の結果、眼圧は右眼のみ40前後に。
もしかしてもううにの右眼目は見えてないかも、と。このときにある程度の覚悟をすることと、眼球摘出その他の選択肢について話をされました。
ただ眼科専門医に診せること。
それまで眼圧を下げる眼薬をさし、どの程度下がるか1日様子を見ることになりました。
今、思えばここですぐに眼科に連れて行くべきだったのでしょう。
それも分からず、ひたすら眼薬をさし、視力を失いつつあるうにの右眼の痛みが取り除かれるように祈ることしかできませんでした。
こんなにすぐに老いと向き合うことになるなんて。
なんで、うにが、という邪念。
この時できることのすべては行ったつもりです。
発症から二日目