このS800は最終型になるMで、前後にサイドマーカーが追加されたモデル。コンディション抜群だったためオーナーの宇井さんに話しかけたところ、この方がとんでもないマニアだった。ポルシェ550スパイダー、同906といった古いポルシェ製レーシングカーを数多く所有した経験があり、今でも古いポルシェのほかにジャガーXK120やMG・K3などを所有されているという。
そんな宇井さんがなぜホンダS800を選んだのかといえば、若い頃に乗っていたことがあったからだとか。学生時代に購入した思い出のクルマがホンダS800で、スポーツドライブを覚えたのもS800だった。すでに70歳を過ぎた今だからこそ、思い出のクルマにもう一度乗ってみようと思われたのだろう。
数々の名車を乗り継がれてきた人らしく、S800を手に入れるために頼ったのが専門店のガレージ・イワサ。筆者も何度か取材でお世話になっている名店で、古くからホンダSシリーズやロータス・エランのレストア・車両販売を手掛けている。同店の岩佐社長に相談すると、程度の良い最終型で古いクルマを専門に扱うドイツの雑誌に掲載されたモノがあるといわれた。それが現在の愛車というわけだ。
パッと見ただけでフルレストアを施されたと思われる抜群のコンディションで、50年以上前の個体とはとても思えないほど。Sシリーズはモノコックではなくフレームが別体になるボディ構造ゆえ、レストアするにはフレームを外した状態で行われる。このS800Mもそうされたのだろう。もちろんホロなどの傷みやすい個所は新品にされている。
ホンダSシリーズの魅力はフルオープンになるボディと、先進的だった4気筒DOHCエンジンだ。Sシリーズは1963年に発売されたホンダ初の乗用車で、一足早く発売された商用車のホンダT360とともに当時画期的だった4気筒DOHCエンジンが採用された。Sシリーズは1964年にS600、そして1966年にS800へと排気量を引き上げていくが、DOHC機構は変わっていない。このS800では791ccの排気量から70psという高出力を誇った。2輪車のように気筒ごとにキャブレターを装備していたことも特徴だ。
このDOHCエンジンもオーバーホールされているようで、オーナー曰く「とても静かで状態が良い」という。古いクルマのエンジンだと、とかく音が大きいものと思われがちだが、本調子が出ているものだと静かに回るのだ。ただ、やはり古いクルマなので冬場の冷間始動には気を遣うそう。無理にアクセルを煽ったりするとプラグがかぶってしまうからだ。また雨の日は乗らないようにされている。 基本的にオリジナルを保っているが、オーナーのこだわりでステアリングホイールはS600のウッドに交換してもらっている。またスチールが純正のホイールはRSCタイプのアルミに変更している。といっても、どちらも純正といえば純正のようなもの。名車らしく乗る見本のようなホンダS800Mだった。