「燃費2倍」がTHS=トヨタ・ハイブリッド・システムを開発する動機だった。 システム候補約80種類のなかから選び熟成させてきた方式が、2017年に20周年を迎えた。


TEXT&PORTRAIT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) FIGURE:TOYOTA


* 本記事は2016年11月に執筆したものです。現在とは異なる場合があります。

1995年2月にトヨタは次世代パワートレーン開発の一環としてハイブリッドシステムの開発をスタートさせた。そもそものきっかけは92年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された会議で気候変動枠組み条約が採択されたことにある。まだ世の中ではCO2(二酸化炭素)による地球温暖化問題がそれほど危急の問題として認識されていなかったが、トヨタは将来の自動車のパワートレーンについて白紙から考え直すプロジェクトを立ち上げた。そのプロジェクトメンバーに携わり、初代プリウスの商品開発も手がけたお三方に「あのころ」を伺った。

(左)パワートレーンカンパニー 先行プロジェクト推進室 室長 高岡俊文氏、(中)パワートレーンカンパニー HVシステム制御開発部 部長 阿部眞一氏、(右)パワートレーンカンパニー HV先行開発部 部長 山中章弘氏。いずれも肩書は取材当時。

牧野(以下=M):電動モーターと内燃機関を併用するハイブリッド車(トヨタはHVと呼ぶが本誌はエレクトリックのEを入れHEVという表記を使っています)の開発プロジェクトとして掲げた目標は何だったのですか?


TOYOTA(お三方の発言はすべてTOYOTAとして表記します=以下T):わかりやすくCO2半減、つまり燃費2倍です。1995年の東京モーターショーに出品したプロトタイプのプリウスはモーター兼発電機(MG=モータージェネレーター)ひとつのパラレルHEVで、燃費は約1.5倍でしたが、その9カ月前、95年2月に立ち上がったプロジェクトで燃費2倍が目標になりました。2倍ならEV(電気自動車)に対してもCO2低減の優位性があるだろうと考えたのです。しかし既存のパワートレーンを改良してもなかなか2倍にはなりません。多角的な検討を数カ月重ねた結果としてパラレルシリーズタイプのTHS(トヨタ・ハイブリッド・システム)が選ばれました。


M:燃費2倍の方法論としてTHSに決定したわけですか?


T:当時でもHEVにはさまざまな方式がありました。我われは80種類くらいのシステムを検討しました。登場したばかりのシミュレーションソフトを活用して80数種を10種に絞り込み、最終的には4つの候補が残りました。制御、ドライバビリティ、搭載性、コストなどが自動車として成立するかどうかを詳細に検討した結果、THSと我われが呼ぶ方式にたどり着きました。採用しなかった方式も、その後、世の中に製品として登場しています。


M:パラレルタイプのHEVもいくつかのタイプがありますが、どうしてTHSが最良という結論に達したのですか?


T:我われも最後まで悩みました。エンジンとふたつのモーター/ジェネレーター(以下M/G)の連接にはプラネタリーギヤを使っています。これが機械分配式です。もうひとつエンジン出力軸をジェネレーターのローターにつなぎ、そのジェネレーターのステーターが後段のモーターのローターにつながるという方式です。これは電気分配式と呼ばれ、航行しながら充電する潜水艦の技術としても第2次大戦前から存在しました。機械分配式はエネルギー効率が電気分配式より高いというメリットがありますが、電気分配式にすればプラネタリーギヤという機械部品を使わなくても同じ動作が可能です。初代プリウスを発売したあとでも、本当に機械分配式で良いのかどうかは悩み続けました。


M:電気分配式だとエンジン~ジェネレーター~モーターが一直線上に並ぶわけですね。システムの全長が長くなり、FRには有利でもFFでは搭載性が問題になりそうです。


T:はい、1軸式しか成立しません。現在の4代目プリウスでジェネレーターとモーターを別軸に配置する方式を採用していますが、電気分配式ではできないことです。これを思うと、機械分配式で良かったのだな、と(笑)。

究極の選択は「太陽エネルギーを使って水素を作り、それをクルマに使うこと」だと当時のメンバーは考えた。しかし、水素がガソリンのように世界中で簡単に入手できるようになるまでには時間がかかる。では、それまでの「つなぎ」としてはどんなパワートレーンが最適か。車両価格上昇を抑えたままCO2排出を半減させる技術としてハイブリッド(動力混合=以下HEV)方式に白羽の矢が立った。そこに至るまでには多角的な検討が行なわれ、まさに「白紙から考える」考察だったが、HEVに決まってからも動力源と混合方式の検討が緻密に行なわれた。


注:本稿で使用した表・グラフ類は実際にTHS開発段階で検討資料として使用されたものであり、その知見のベースは25年前のものであることをお断りしておく。

M:3代目プリウスに採用されていたプラネタリーギヤのリングギヤは、内側に周長の異なる2列の歯、外側にも歯という形状でした。あのギヤを量産しているという点は、私にとっては驚異的でした。一体どこを加工基準面にしているのか......。


T:ベアリング支持部が基準面ですが、たしかにシェイピング併用の難しい形状です。


M:THSは機械部品の変速機を持っていませんが、どのような考えからでしょうか?


T:ふたつのモーターとプラネタリーギヤのセットが変速機であるという考え方にするほうが機構上も有利だと考えました。車速に応じてトルク変換できます。エンジンの直達トルクは必ず残したうえでトルクカーブを描けます。


M:でも、パワーマネジメントという視点では、ジェネレーター/バッテリー/エンジンの連接になります。一筋縄ではいかなかったのでは?


T:そのとおりです。エンジンとモーターにはトルクという概念がありますが、バッテリーにはそれがありません。そこで、バッテリーで扱えるパワー(電圧×電流)をディメンジョンに考えて、プラネタリーギヤにつながっている要素のパワー収支が合うようする。ここがいちばん難しかったところです。


M:なるほど、回転するものは回転数で割ればトルクが出ます。それと同じですか?


T:トルクとパワーをうまく両方制御するために、一旦パワーに置き換えてトルクに戻す、エネルギーはパワーコントロールの積算であるという考え方です。ジュネレーター/モーター/バッテリーのパワーを軸に考えると、じつはシンプルな方程式で制御が成り立つのです。「こういう条件のときにはこういう制御にしよう」という条件分けで考えると、THSは成立しません。条件は無限にありますから。


M:トルクという考え方のない電池を使わなければならないモーターの出力を、エンジン出力とどうブレンドするか、ですね。


T:動かすことは簡単です。しかし、自動車としてのエネルギーマネジメントはとても難しかったのですよ。どんな使われ方をしてもルールに反しない制御にする必要がありました。

モーターと組み合わせる内燃機関も検討された。当時のトヨタには直噴リーンバーン「D-4」があったが、D-4は軽負荷域でのポンプ損失低減にメリットがあるものの、HEVでは軽負荷域は使わないからメリットがないと判断された。最後まで残ったのはガソリン、ディーゼル、CNGの3つだった。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 内燃機関超基礎講座 | いまだから言えるトヨタ初代プリウス「80分の1」の結果