オートバイの“見た目”が目まぐるしく変貌していった1980年代。固定観念を次々と刷新していったイノベーターたちの中で、先陣を切って走っていたカワサキGPZ250Rをピックアップ!




語り:津田洋介/TDF、まとめ:宮崎正行

宮崎正行 ▲梅雨ってこんなに長かった? チョイ乗りもままならない悪天候に、妄想だけで日本一周しそうなライター。トホホ。
津田洋介 ▲80’S大好きバイク屋さん。いま欲しいバイクは? の問いに「並行のTW125」と即答。パーツは多いし維持費は安い。さすが。

異端児ではなく先端マシン 知るほどに〝意識高い系〟

──「ハンペン」っていう言い方があるらしいですが。




【津田】いきなりだな。神奈川県では「鳩サブレー」が有力だったけどね。


──あの鎌倉銘菓の、鳩サブレ?




【津田】鳩サブレー! 伸ばして!




編集部マルコ(以下、編)読者のみなさん、今回はGPZ250Rの話です。




【津田】1985年型GPZ250R。当時は呼び方に地域性があったみたいだね。




【編】東京だと「バッタ」という愛称が多かったような。


(宮崎、なにやら電話中)




──関西圏では比較的「バッタ」が多かったとの情報を、モトチャンプでおなじみの川島秀俊さんからゲットしました! たしかに鳩サブレーって言われても、関西の人はピンと来ないですもんね。




【津田】西ではバッタなんだ。でもちょっとだけ軽んじた意味合いを含んでいたのは、先進的すぎたデザインが国内で受け入れられなかったこともあったかもね。かんたんに言うと、不人気でぜんぜん売れなかった。




──だから揶揄されたと?




【編】実際、保守派のオレには難解なデザインだったよ。




──でも単純に「エアロデザイン」という言葉でくくれない、それ以上の〝パワー〟がありましたね。ダウンフォースをかせぐ踏ん張り方向とは真逆の……いまにもフワリと空を飛びそうな紙飛行機みたいなルックス。あくまでイメージですが。




【津田】オートバイは基本、丸眼鉄タンクであるべし! みたいな旧世代の価値観をぶっ壊すには十分なインパクトがあった。オレは好きだね、このデザイン。

▲GPZシリーズの流れを汲みつつ、最新のマシンコンセプトと車体設計によってクォータークラスの指標となるマシンを目指していた。138kgの車体を最高出力43馬力のエンジンが引っ張った。車両価格は45万9000円。

▲250ccは2気筒がベストウェイであることを理路整然と言い切るカタログ。ボディ各所に備わるパーツのチョイスも、手の込んだカットモデルを真ん中においてそれぞれしっかり説明。クソがつくくらい真面目で好感度高し。
▲発売当時は良くも悪くもデザインバイクと思われてしまったが、カタログでは意外にもデザインへの言及は少ない。「プロダクトデザインは機能追求の結果」と言わんばかりだ。

──バイクのこと、もっと詳しく。




【津田】デビューは85年の12月。『蒼き流星SPTレイズナー』にハマっていたころ。




【編】V-MAX発動! だったかな?




【津田】先代のGPZ250Rまで積まれていた空冷2気筒を世代交代させ、43㎰のDOHC4バルブ水冷パラレルツインを搭載したのがこのGPZ250Rなんだ。前後16インチのアルミキャストホイールはスポーク部が中空構造で、空力を妨げるボディ表面の凸部を減らすために、各パーツをフラッシュサーフェス化。ディスクブレーキは不等ピッチ多孔式ローターをいち早く採用している。




──いろいろ凝ってますねえ。




【津田】駆動方式も先代のベルトドライブからチェーンに変更、ハンドルマウントのビキニカウルはフレームマウントのハーフカウルへとスタイルアップした。カタログでも「250㏄はこのエンジン形式がベスト」と強く言い切っていて清々しい!




──多くの新装備からもカワサキの熱意が伝わってきます。海外では?




【津田】アメリカではニンジャ250Rの名前で売られていたよ。




【編】 このころから「ニンジャ」の名称がめちゃくちゃ増えたからね。




【津田】サイドカムチェーンやダイヤモンドフレームの採用がGPZシリーズの一員だったことを表しているし、外装デザインも兄貴ぶんのGPZからの引用が各所にある。あるはあるんだけれども……。

▲「シートを変えれば、1台で2台分の楽しさ!」を謳う、カスタムシート(4色/1万2500円)で全16通りのコーディネイトが可能に。前後シートと左右ニーグリップカバーの4点セットだった。別売りでアンダーカウルも存在。

──でも、やっぱりルックスが飛び抜けて個性的すぎた?




【津田】 真剣に〝未来〟を見ている。あのころの未来デザインは〝ピタピタ〟でエアロな感じだった。なんでだろ? 極寒に耐えなければいけない宇宙服デザインも、劇中ではなぜかピタピタだったな(笑)。




【編】 たしかにガンダムでもピタピタだった!




──デザイナーの描いたラフデザインを尊重しながらメイクされた雰囲気は強く感じますよね。




【津田】 2020年のいま見ても古く感じない。それどころか……。




──でも中身は「スタンダードであること」にきちんと向き合っていたという普遍性にグッときます。




【津田】 80年代の250㏄クラス、とくに4スト4気筒や2ストレプリカたちの常軌を逸したハイスペック競争を考えると、GPZのエンジニアリングは筋が通っている。だからエンジン形式も今に引き継がれている。




──カワサキって、不思議なメーカーですね。




【津田】 イメージと違ってフットワークが軽い。GPZ250Rで先取りしていたのはやっぱり未来そのものだったんだ。オーナーの好みでカラーコーデができる「カスタムシート」のアイデアなんて突っ走りすぎ!




──1985年も2020年も、ボディスーツは裸よりもエロいですもんね。エアロはエロい? あ、だから流行ったのか!




【編】 近未来イメージの宇宙服もGPZ250Rも、着エロかも。




【津田】 GPZ、流行らなかったし(笑)。とりあえずエロから離れろ!

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ハンペン、バッタ、鳩サブレー。早すぎた天才バイク、カワサキ・GPZ250R(1985年) を振り返る!【青春型録 第22回】 【月刊モトチャンプ 2020年9月号】