TEXT &PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)
ポルシェ初の電動4ドアスポーツカー「Taycan(タイカン)」に乗り込んだのは、2020年の12月に東京・原宿の駅近にオープンしていたポップアップストアでのことだった。正確に言うと建物の裏手で、いかにも原宿の「裏」らしく、「ここ交互通行なの?」と疑わずにはいられない細い道を対向車が来ないように祈りながら100mほど走らないと、広い通りに出られない。しかも、ヒールの高い靴を履いていたなら(履かないけど)、3回は足をくじきそうなほど、舗装し直した痕があちこちにある。
乗り込む前に何の気なしにリヤタイヤのサイドウォールに目をやったら、305/30ZR21のサイズ表記が目に入った。「おいおい、21インチかよ」と覚悟を決めたのだが、広い通りに出るまでに「この乗り心地はなに?」と感激していた。ミシリともしないのは当然だろうが、ドタバタもしないし、ゴツゴツもしない。「しっかりしたいいクルマに乗っている」ことを100mで悟らせてくれた。
フロントがダブルウィッシュボーン式、リヤがマルチリンク式のサスペンションはパナメーラからの派生で、3チャンバーのエアサスペンションを標準で装備する。路面からの入力を受け止めるボディがしっかりしているから、脚もよく動いて狙いどおりの効果を発揮するのだろう。車速が高い領域での大入力もなんのその、だった。
「2305」の数字は、最初の100mでも、その後150kmほど走っても意識することはなかった。ボディ骨格はアルミとスチールの組み合わせで、CFRP(カーボン繊維強化プラスチック)などの複合素材は使っていない。乱暴に分類すると、全体の63%が冷間または熱間プレスのスチール、残りがアルミシート、アルミ押出材、アルミ鋳造部品だ。アルミ鋳造部品はサスペンショントップなどに用いている。ホワイトボディ重量は320kgだ。
2019年夏に行なわれたテクニカルワークショップで、タイカンの開発プロジェクトを率いたエンジニアは、「ポルシェの伝統は、毎日の利便性を考えたスポーツカーであること。デザインと機能性を両立させていること」と説明した。タイカンにもこれらの考えは受け継がれており、利便性に関してケチをつけたくなる部分はないし、充分以上にスポーティだし、デザインと機能性は両立されている。
床下に大量のバッテリーを積んでいるのに、野暮ったいエクステリアデザインになっていない。全高は1400mmを超えるパナメーラよりも低く、1381mmだ。それでいて、前席と同様に後席の居住性も問題ない。床が高くて座面との段差が小さく、体育座りのような不自然な姿勢を強いられた挙げ句に頭上空間も窮屈な電気自動車(EV)も世の中にはあるが、タイカンは後席乗員に不自由を強いることはない。「フットガレージ」と呼ぶ逃げをバッテリーケースに設けてあり、おかげで足元は余裕だ。
インパネの最も高い位置にメータークラスターがあり、アッパーウイングとロワーウイングが明確に分かれた構成は911と共通。「座った瞬間にポルシェであることを意識させるデザインを狙っている」との説明だが、そのとおりであることを実感した。911との顕著な違いを挙げるとすれば、タイカンはデジタル化が進んでいることだ。ステアリング奥のメーターはポルシェ初のフルデジタルディスプレイ(16.8インチ)となっており、センターとパッセンジャー側にそれぞれ10.9インチのタッチディスプレイが埋め込んである。
センターコンソールにあるエアコンの温度設定などを切り換える操作パネルもタッチ式だ。エアコンの吹き出し口からルーバーをなくしたのもタイカンの特徴。風の向きは吹き出し口の奥で電気的に制御される設計で、フォーカスト(直接あたる)とディフューズド(拡散)のふたつのプリセットを用意している。風の強さや向きを調整する場合は、センターのタッチディスプレイで行なう。
タイカンには「4S」と「ターボ」、「ターボS」の3種類の仕様がある。前後2基のモーターを合わせたパワーユニットの最高出力は、4Sが320kW(435ps)、ターボとターボSは共通で460kW(625ps)だ。ターボとターボSの違いはローンチコントロール選択時のオーバーブースト出力で、ターボは500kW(680ps)、ターボSは560kW(761ps)となる。日常的には460kWもあれば充分だ。いや、待ちなさい。つい先日発表になったばかりのポルシェ911 GT3 Cup(992)の最高出力は375kW(510ps)である。タイカンはとんでもない実力を備えていることになる。
試乗車はターボだった。ターボは20インチ、ターボSは21インチのタイヤ&ホイールを標準で装備するのが識別点のひとつなのだが、試乗車はオプションで21インチホイールを装着していた。「毎日の利便性を考えたスポーツカー」の言葉にうそ偽りはなく、都内の幹線道路で周囲の流れに乗って走るに際し、アクセルペダルのコントロールに一切気を遣う必要はない。静かで、スムーズで、極めて高い剛性「感」をシートに触れる皮膚やステアリングを握る手の感触、それに耳に届く音から伝えてくる。
一瞬「あれ?」と思ったのは、減速フェーズでのことだった。ステアリングの裏に回生ブレーキの減速度を調節するパドルが備わっていると思い込んでいたのだが、見事に空振りした。それではシフトセレクターを倒して、と思ったものの、そもそもタイカンにはそんな旧態依然とした部品はついておらず、小さなシフトセレクターはステアリングコラムの左脇についている。減速したければブレーキペダルを踏め、ということだ。
センターのタッチディスプレイで走行機能を切り替えることが可能で、「アクセレーター」のメニューを呼び出してオンにすれば、回生ブレーキを機能させることができる。それにしても一般的なDレンジとBレンジほどの違いはない。繰り返すが、減速したいときはブレーキを踏めということなのだ。
そのブレーキだが、2基合わせて460kWの高出力モーターを積んでいる恩恵で、基本的には減速Gが0.4G以下の場合は回生ブレーキでカバーしてしまう。油圧ブレーキの力を借りるのは、減速Gが0.4Gより大きい場合(相当な急減速だ)に限られる。「いまの回生? それとも油圧?」と探り当てようとしても無駄骨に終わるのでやめておいたほうがいいだろう。しっかりしたタッチと剛性感のある減速フィーリングを返してくれるだけだ。
走行機能の切り替え画面には、「E-Sport Sound」という項目がある。これを手動でオンにするか、ステアリングホイールの右下に備わる走行モード切り替えダイヤルで「Sport Plus」を選択すると、人工的に増幅したモーター音が響くようになる。ギミックに違いないが、そうバカにしたものでもない。ウワンウワンとSFチックにうなる音がなにかの準備をするように感じられたので、この感覚はなんだろうと思いを巡らせたところ、思い当たる節に行き当たった。
『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲である(世代限定の例えで恐縮です)。心のセーフティロックを解除し、発射するつもりでアクセルペダルを強く踏み込むと、タイカンはまるで弾けたように加速する。これが625psの実力かと実感する瞬間だ(床まで踏み込んだときは680psか)。遠のきかける意識をなんとか踏みとどまらせようとする行為は病みつきになる。一度でもタイカンの波動砲を体感した後では、このクルマを見る目が変わるはずだ。こんなに澄ました姿をしているのに、なんと激しい一面を持っているのかと。
ポルシェ・タイカンターボ
全長×全幅×全高:4963mm×1966mm×1381mm
ホイールベース:2900mm
車重:2305kg(DIN)
サスペンション:Fダブルウィッシュボーン式&マルチリンク式
駆動方式:ツインモーター4WD
パワーユニット
形式:永久磁石同期モーター
ポルシェ E-パフォーマンスパワートレーン
最高出力:625ps(460kW)
680ps(500kW)ローンチコントロール時
最大トルク:850Nm(ローンチコントロール時)
2速トランスミッション:リヤ
1速トランスミッション:フロント
リチウムイオン電池
総バッテリー容量:93.4kWh
バッテリー容量:83.7kWh
航続距離:383-452kmkm
電力消費率:26.0kWh/100km
車両本体価格:2023万1000円
試乗車はオプション321万9000円付き
21インチTaycan Exclusiveデザインホイール 56万4000円 ホイールジェットブラックメタリックペイント仕上げ19万8000円、リヤアクスルステアリング、パワーステアリングプラス38万9000円など