マツダ美祢試験場で開催された「SKYACTIV-X Update TECH FORUM」で執行役員の中井英二氏は、SKYACTIV-Xのアップデートについて次のように説明した。
「SKYACTIV-Xは各気筒の混合気に応じてサイクルごとに燃焼を緻密にコントロールできます。そういう自由度の高いハードウェア特性を持っている。(2019年12月の)初期の導入では、純粋に気持ち良く、意のままにクルマと一体になれる使い慣れた道具感をともなった、走る歓びを提供できるようにコントロールしました。今回のアップデートではダイナミックレンジを広げ、行きたい方向にクルマが動くことへの感動を新たに呼び起こし、心がときめいてくる方向で開発しました」
2019年11月からMAZDA3の主査を務める谷本智弘氏は、アップデートのポイントを「瞬発力」と「自在感」という言葉に集約して説明した。
「瞬発力は、瞬時に出せる能力です。踏み込んだその瞬間から、踏み方に応じてゆっくり、そして、素早く操れる力です。今回は、なめらかで気持ちのいい走りに、この瞬発力を兼ね備え、緩急自在なコントロール性を持つSKYACTIV-Xに飛躍させました」
いっぽう、自在感とはドライバーの思いどおりになることを指す。例えば、アクセルをゆっくり踏み込むシーンでは、なめらかに、しっとりと追従し、思ったとおりのラインを素直にトレースするというような。
今回のアップデートでは、ハードウェアには一切手を加えていない。ソフトウェアの変更のみで、燃焼制御の緻密化を行なった。アクセルペダルの踏み込み具合からドライバーの要求性能を読み取ると、その要求を満たす「狙いの燃焼」を定め、各気筒に搭載する圧力センサー(CPS)の情報をもとに筒内の状態を予測して、新気量やEGR(排ガス再還流)量、燃料量や点火時期を制御する。今回のアップデートではとくに、EGRのモデル精度を高めた結果、より多くの新気を導入することが可能になったという。その結果、大幅なトルクアップが実現した。
現行SKYACTIV-Xのスペックは以下のとおりだ。
最高出力:132kW(180PS)/6000rpm
最大トルク:224Nm/3000rpm
SKYACTIV-Xアップデート版は出力/トルクともに向上している(社内測定値)。
最高出力:140kW(190ps)/6000rpm
最大トルク:240Nm/4500rpm
美祢試験場のサーキットコースとワインディングコースを、一般道の模擬を想定して現行SKYACTIV-Xとアップデート版を乗り比べた。現行モデルも充分に瞬発力があり、自在に動くことを再確認した。アクセル操作に対して素早く反応するし、踏み込み側、戻し側とも、微妙な動きに即座に反応してくれ、クルマの姿勢を思いどおりに決めることができる。しかも、気持ちにゆとりを持った状態で。
アップデート版は、SKYACTIV-Xが元来備えている美点に磨きが掛かった格好だ。奥にいくほどきつくなっていくコーナーで「あれ? このままの状態じゃ曲がりきれないかも」と思ったときに少しアクセルを緩めると、ドライバーの気持ちがエンジンに通じたかのようにトルクが少し落ち、それにともなって緩やかなロールをともないながら鼻先がすっとイン側に向きを変え、狙ったラインをトレースしてくれる。アクセル操作に対するクルマの反応が鈍感だとブレーキを踏んで対処するしかないが、その必要はない。アクセルペダルの動きで姿勢と進路を絶妙にコントロールすることが可能だ。踏み込み側も同様である。
下ったあとに登るようなコーナー立ち上がりでは、無意識にアクセルペダルに込める力が強くなる。すると、ATの場合はドライバーの意図を汲み取って素早くダウンシフトし、加速態勢に移行する。今回のアップデートでは、アクセルペダル早踏みによる4速→2速のダウンシフトが現行車に対して200ms(0.2秒)早期化しているという。確かに、早い。
燃焼が早い(燃焼期間が短い)のが圧縮着火を制御するSKYACTIV-Xの特徴だが、その燃焼をより緻密にコントロールできるようになったことで、より自在にクルマを操れるようになり、それにともなってクルマとの一体感が増し、気持ち良さが増す。まさに、「走る歓び」というやつだ。今回のアップデートがもたらすベネフィットはそこに尽きる。
マツダは今回のSKYACTIV-Xのアップデート版を「SPIRIT 1.1」と命名した。最初の数字はハードウェアのステージを示しており、小数点以下の数字はソフトウェアのステージを示している(正式に運用するかどうか検討中とのこと)。2019年12月に発売した最初の仕様が1.0。今回はソフトウェアをアップデートしたので、1.1というわけだ。今後、SKYACTIV-Xを継続的にアップデートしていく意思表明と受け取れる。いずれ、SPIRIT 2にバージョンアップする日も来るということだ。
リヤにあったSKYACTIV-Xのバッジは、マイルドハイブリッドシステムを搭載する証のe-SKYACTIV-Xに変更。「ひと目でSPIRIT車であることがわかり、乗る度に所有感を感じていただく思いを込めて」(谷本氏)、フロントフェンダーにSKYACTIV-Xのバッジが追加される。