TEXT &PHOTO◎伊倉道男(IKURA Michio)
冷気漂う金木犀の朝。今日は少し早起きだ。埼玉県と群馬県の県境にある神流湖(かんなこ)を目指す。名前も良いではないか、神が流れて来る湖だ。首都圏の水瓶のひとつとして、下久保ダムが集めた人造湖だ。釣り人ならご存知だろう。ヘラブナ、ブラックバス、冬はワカサギ。当日も釣り人数人と話をした。しかもふたりはジムニー・オーナー。「ボートを持ち込んで何を釣るのですか?」「いや、僕は釣りはしないのです。ただ、これに乗りたいだけなの」彼らは僕を笑う。そのうちに、これじゃぁ、ただクルマに乗りたいから買った!なんてのは笑われてしまうかもしれないぞ。
じつは首都圏にはエンジン付きのボートを楽しむ場所が少ない。ある意味、水の都としてヴェネツィアのように交通の手段を舟で支えた都、江戸。今は水路は確保されてはいるけれど、一般にはほとんどそれを楽しめる環境にはない。
僕のゴムボートは全長2.4mの小さな舟で、ふたり乗れるけれど、荷物を載せるとひとりでも足の置き場はない。その時は、荷物の上に足を投げ出す。船外機はトーハツのMFS 2Bというモデルだ。つまり2馬力。この2馬力の船外機と3.3m以下の舟の組み合わせには意味がある。船舶免許が要らないのだ。車検に当たる船の検査も要らない。この組み合わせを選べば、子どもでも乗れるのだ。♬我は海の子♬という歌があるのに、実際は子ども達は舟に乗れない国、法改正により、子ども達でも舟に乗れるようになった。僕はその前進は素晴らしいと思う。
小さな舟の面白さは、バイクのように、自分の体重移動で方向を変えられることにある。あっちの方向と、アバウト決めておけば、広い場所での微調整は要らない。船外機を直線方向に固定しておけば、修正は体重移動で充分である。もちろん小回りが必要な時、接岸する時等は、スロットルグリップで向きを変える。それとバイクやクルマのエンジンとの大きな差は、舟はいつもフルスロットルで進むことだ。エンジンが暖まって落ち着いたら、クラッチを繋ぎ、徐々に回転を上げてやり、そしてフルスロットル。チェーンソーや草刈りきもそんな使い方が多いのではないかと思う。水冷だが、水の使い方も大きく違う。船外機自体はラジエーターを持っていない。無限にある下の水をインペラと呼ばれる内部にあるポンプのような機能で吸い上げてエンジンを冷やし、それを吹き出して戻す。僕にとっては驚きのシステムであるが、反対に舟からの人達は、きっとラジエーターを見て驚くのかもしれない。また、ほとんどの船外機は水中排気で騒音を小さくしている。
2馬力の船外機にも数種類あり、2サイクル、4サイクル、そしてモーターがある。僕はモーターから始まり、2サイクル、そして4サイクル水冷にどうやら落ち着きそうだ。それぞれの利点があるとすれば、モーターは静かで簡単に逆回転が出来て、バックも可。ただしバッテリーが何時までいけるかは、バッテリー残量表示のゲージは不確実。そしてバッテリーの重さはかなりのものだ。バッテリーは普通、ディープサイクルバッテリーを使い、このバッテリーの特性はより深く、つまり空になるまで使えるように開発されている。4サイクルの良さは、ある程度静かで、ガソリンさえ有れば長く走れる。大きいエンジンの船外機は、バックも当然可。2サイクルの良さは?まず軽量。そして構造が簡単なので、ある程度の知識さえあれば、メンンテナンスが楽なことだ。発展途上国では、これがたまらない魅力だから中国製2サイクルがあるのだろう。今でもキャブレターに人気があるのと似ている。
ボートを出して、神流湖の上流を目指す。赤い橋を越え、オレンジの橋を越える。湖を渡ってくる秋の気配。水はそれほど冷たくはない。水の季節は空気の季節よりも1カ月から2カ月遅れるといわれている。深い緑の湖面の色は、近くの山を写しているからのか。ここにあるのは僕の頭の中の言葉だけだ。誰の判断も意見もなく、自然から刺激を受けて、それを言葉で自分自身に言い聞かせている。
「あそこへ向かおう」
「そうしよう」
魚の群れに出会う。ヘラブナだ。鳥山のように水面に浮かんで、影となり、数メートルもある大きな魚がいるように見える。近くに寄ると、彼らの生きている匂いがする。戻ってから、ボートハウスの方に聞いたら、「この広い湖、1尾でいるのは寂しいんだろう。それとも皆で、女優でも追いかけているんかな」
何とも素敵な、湖を愛している言葉である。
休憩に良さそうな、入り江を見つけボートを入れ込んでいく。小川が注ぎ込む南国の離島のような雰囲気もある。ここでランチだ。
船外機を上げずに舟を停泊させる絶好の岩も有る。気の早い落ち葉達が水面を彩っている。時々砂が崩れる音がする。絶えず地球は動いている、か。ランチが済んだら一休み。帰りはカラムーチョとコーラを水上で。手は?ああ、湖面で失礼して、ちょいと洗っちゃおうかな。
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