TEXT●佐野弘宗(SANO Hiromune)
優等生すぎるドイツ車にはあまり愛着の持てない特異体質の私である。とくに20代(=1990年代)のころは症状は深刻で、当時はポルシェに乗ってもさして感動できないという有様だった。
しかし、ほぼ唯一の例外だったのがフォルクスワーゲン・コラードVR6である。もともとホットハッチ体質ではあったので、同世代のゴルフIII GTIよりカッコ良くてビビッドな操縦性のコラードは憎くない存在だった。しかし、それよりなにより、そこに積まれていた2.9LのVR6(狭角V6)エンジンの甘美さにシビれた。
VR6は当時のフォルクスワーゲンの高価格エンジンとして広く使われていたのだが、コラードのそれは標準の2.8Lに対して70cc拡大された2.9L強化型で、吸気システムなども専用。そのパンチ力と高回転な吹け上がりは標準VR6とは別物といってよく、それこそポルシェのフラットシックスやBMWのストレートシックスとならぶくらいに気持ちよかった。
かつて在籍していた自動車専門誌の「アバルトOT2000 vs シェブロンB8」という超絶マニアックなレーシングスポーツカー対決企画取材で、編集長のかばん持ちとして同行した。そこでドライブさせてもらったOT2000クーペは人生初の“純アバルト製エンジン”の体験だった。
はっきりいって、それはすごく扱いにくかった。700kg以下の車重に2.0Lの4気筒DOHCだから、本来ならトルクは十二分のはずだが、3000rpm以下では原付バイクにすら追いつかれる程度の加速力しかない。やっとの思いで3000rpmまで引き上げると、今度はブルブルと不快な振動に包まれるのだ。
しかし、そこも我慢して4000rpmを超えたかと思うと...突如として何かのスイッチが入ったかのように、超ハイトーンボイスでスッカーンを吹け上がった! なんたる爆発力!! なんの切り替え機構もないはずのに、それは初期のホンダVTECなどモノのともしない豹変だった。レーシングアバルトなんてやたらに実体験できる存在ではないから、それがOT2000本来の姿かは今も分からない。しかし、本物のチューンドDOHCのすごさは本当にちびりそうなくらいの快感だった。
新卒社員として配属された某自動車雑誌編集部には、社有車として何台かの輸入車が配備されていた。で、入社直後の小僧だった私は、社有車の中でも最小にして最安価のシトロエンAX GTのキーを手渡されることが圧倒的に多かったのだ。学生時代は人生初愛車のマツダ・ファミリアにばかり乗っていた私にとって、そのAX GTが“生まれて初めて、じっくり乗った輸入車”でもあった。
シトロエンAXとは1986年から98年にかけて生産されたシトロエンのスモールカーで、軽量かつ低空気抵抗ボディが最大の売りだった。骨格設計は同時代のプジョー205と今日だったが、その味つけは、ともに“ネコアシ”ながらも好対照で、ネターッと深くロールしながら路面に吸いつくフットワークはプジョーとは明らかにちがっていた。プジョーとシトロエンが主要メカを本格的に共用しはじめたのは1980年代からだが、少なくとも2000年代初頭までは両社の味は別物だった。
そのスポーツモデルたるGTは、小さいナリして実家のトヨタ・マークIIより高速安定性がはるかに高く、舗装を素手で触っているかのように鮮烈なステアリングフィールはカルチャーショックだった。その後は自分のファミリアで高速に乗るのがちょっと不安になったりもしたくらいだ。
私はその後、つなぎの国産車以外はイタフラ車しか購入したことがない。そんな偏った体質になってしまったのは、このAX GTのせいだと思っている。