TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
島国である我が国は侵攻を水際で食い止める考えとその装備開発が基本としてある。陸上防衛では、沿岸部・海岸線に防衛ラインを作り上げ、相手の着上陸を阻止するという考えだ。そのとき力を発揮するのが地雷だ。多数の地雷を埋設した地雷原を構築できれば、それは相手にとって厄介なエリアとなり、我が方は守りを固めながら攻勢に転ずる局面を作ることができる。
94式水際地雷敷設装置(すいさいじらいふせつそうち)は、着上陸しようとする敵の上陸用舟艇などを破壊、上陸行動を阻止するための水際地雷(水底や水中に設置する地雷)を敷設する機能を持った装備だ。本装備は、水中地雷を設置するための敷設装置と、装置を搭載する水陸両用車から成る。名称どおり、水陸両用車が背負った装置から水中に地雷を撒くメカなのである。ちなみに本装備は当初、車両であり船舶でもあると法定されていた。だから操縦者は車両と船舶両方の免許が必要だったが、近年、自衛隊法改正での適用除外を受けている。ただ、操縦者は部内の特技教育を受けて水陸両用車を操縦することに変わりはなく、装備も船舶登録による船名や喫水線の表示、浮き輪など安全・救命備品の搭載、錨など船の機能設備の搭載などはそのままだ。
敷設作業は次のとおり。車上に跳ね上げていた浮体(フロート)を車体左右側面に展開する。そのままザブザブと入水して浮かび、車体後部に設置された2基のスクリューを回して最高時速約6ノット(約11km/h)で航行する。それで沿岸部・海岸線に沿って航行しながら水中地雷敷設装置を作動させ、水中地雷を投下してゆく。放出・投下など装置は自動化されており、一定エリアを航行し投下すれば水面下に地雷源ができあがるというものだ。これで着上陸しようと海岸線へ接近する敵舟艇等を足止めできる。
水中地雷は、海底に設置する「沈底式」と、海底に基部を固定しながら浮遊する「係維(けいい)式」がある。水中地雷という名称だが機能や作動的には「機雷」とほぼ同じだ。機雷は磁気や音響反応、振動反応、直接接触などで作用、起爆する。水中地雷もこれと同様で、磁気と振動による反応・作動方式だという。信管は感度や感知回数などが設定でき、ある時間が経過すると機能停止させることも可能だという。これは後の回収のしやすさ、作業安全性全般を考慮したものと推測できる。水中地雷は味方の損害を抑えつつ、防御用途に加え、敵の行動を止める遅滞行動にも役立つ。地味だが、総じて相手勢力に大きなダメージを与えるはずだ。
本装備は世界的にも類似例を見ない非常に珍しい存在だ。独創的と言えるかもしれない。水陸両用車にワンセットを詰め込むという、決まった枠組みの中で生真面目に性能や仕様を向上させ、独自化するのは日本人の得意とするところ。一方で、このようにニッチなモノ作りは諸外国軍には不可思議に映るだろうとも思う。地雷を撒くなら他の手段もあるわけだし、実際、陸自は同様な水際地雷敷設装置をヘリコプターで吊り揚げ、水中地雷を空中投下する運用も行なっている。一方で、装置を積んで陸路を自走し、要所の海域にピンポイントで素早く敷設するなどの運用には本装備は適している。車両だからフェリーなどで離島地域にも運びやすい。
水中地雷を撒く水陸両用車を運用するのは陸上自衛隊の施設科、水際障害中隊と呼ばれる部隊だ。先ごろ北海道で陸上自衛隊の大演習が行なわれた。陸自で海兵隊能力を持ち、島嶼防衛の主力となる部隊「水陸機動団」が遠征参加し、敵の着上陸を防ぎ、自らが着上陸する訓練などが行なわれた。そこで敵の侵攻を防ぐ策として94式水際地雷敷設装置が投入され、海岸線へ水中地雷源を構築する訓練を行なった。上陸侵攻を防ぎ、迎え撃つ策を重層で設けた作戦、演習のようだ。
94式水際地雷敷設装置は1980年代後半に開発開始、装備名どおり1994年に制式化された。当時はいわゆるバブル時代だった。フロートの格納・展開という変形メカの派手さやオールインワン、自動化のコンセプトなどに、あの時代特有の企画の雰囲気を感じる。同時に、東西冷戦時代からソ連の崩壊にかけての時代に誕生していることは、北方の脅威による着上陸に備えていた具体策のひとつだったことがわかる。そして現在、冷戦時代に企画開発された装備である94式が、時を経て安全保障環境の変化するなか、先の北海道での大演習で水陸機動団と協働したことを踏まえると、具体的な危機に対応する装備として日本の南西諸島方面で力を発揮するようになるのかもしれない。