そんななか、久しぶりに250ccの空冷シングルに乗る機会があった。ライダーにとってバイクらしさの原点とも言える、最もシンプルな内燃機関は頼もしく、特有の味わいが同居して心地よかった。今回はそんな消えゆくテクノロジー〝空冷シングル〟に焦点を当ててみたいと思う。
REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)
先日、マットモーターサイクルズのマスティフ250に試乗し、バイクを操縦することの根源的な楽しさを思い出した。その最たる要素は空冷の4スト単気筒エンジンにある。250ccとしては飛び抜けてパワフルでも低振動でもないが、ピストンの下降によって生まれる吸気音、一回ごとの燃焼で発せられる排気音、バルブを押し下げるカムシャフトのメカニカルノイズ、リヤタイヤがアスファルトをリズミカルに蹴り出す感触……。それら全てがシングルシリンダーの内燃機関であることを伝えてくるのだ。実に心地良く、気が付けば返却場所までのルートを遠回りしていた。
さて、バイクの根源的な楽しさとはそもそも何なのか。それを紐解くため、簡単に歴史を振り返ってみよう。まず、世界初の量産二輪車と言えばヒルデブラント&ヴォルフミュラーだが、この歴史的なモーターサイクルのエンジンは水冷だった。1894年のことだから、今から120年以上も前の話だ。当時はまだ内燃機関の黎明期であり、その進化は冷却との戦いでもあったようだ。パワーが出せる、ひいては平均速度が上がったために走行風を積極的に利用できるようになったこと、また鋳造などの製造技術が向上したことで空冷が実用化されたとも考えられる。そして後に、バイクの世界では最もシンプルな空冷の単気筒がエンジン形式の定番の一つとして成長を続け、1950年代前半までは世界グランプリの最上位クラスでも大活躍していたのだ。
空冷という冷却方式における最大のメリットは、何と言っても構造がシンプルなことだろう。ラジエーターやウォーターポンプといった補機類は不要であり、エンジン内部に水路を持たないので製造コストが安い。また、冷却水が燃焼室に入り込んだり、エンジンオイルと混じり合うといったトラブルは皆無だ。付け加えると、冷却水の定期的な交換が不要となるので、メンテナンス費用を抑えられるというメリットも見逃せない。
ここで燃費の向上というワードが登場した。4輪ほどシビアではないものの、内燃機関の進化において避けて通れない問題だ。さらに騒音の法規制、そして年を追うごとに厳しくなる排ガス規制、環境性能の話まで加わると、今や空冷は生き残りづらい状況となっている。実際、国内4メーカーのラインナップを見てみると、空冷シングルで251cc以上の小型二輪はヤマハのSR400が唯一で、125cc超250cc以下の軽二輪でもヤマハのセローとトリッカー、カワサキのKLX230の3機種のみ。海外勢に目を向けてみても、空冷単気筒はロイヤルエンフィールドとSWMぐらいしかないことからも、どれだけ希少なエンジン形式かが分かるだろう。
スズキは2020年4月にジクサー250/SF250というニューモデルを発売した。搭載しているのは新開発のSOHC4バルブ単気筒で、冷却方式は水冷でも空冷でもなく、伝家の宝刀である油冷を採用する。ただし、かつて全盛を誇った油冷エンジンとは異なり、シリンダーに空冷フィンは一切なし。つまり、外観はまるで水冷エンジンのようなのだ。ポイントは燃焼室を取り囲むように設けられたウォータージャケットならぬオイルジャケットで、これによって高い冷却効率を獲得。その結果、水冷並列2気筒のGSX250R(24ps)よりも高い26psを発生することに成功した。
国内ラインナップの軽二輪クラス以上において風前の灯火である空冷シングル。2024年にスタートするユーロ6、そして冒頭で触れた内燃機関の販売禁止といった今後のスケジュールを鑑みるに、このエンジン形式が新設計されることはほぼないだろう。新車で手に入れるなら今しかないのだ。