レクサスISが2020年6月、デビュー7年目にビッグマイナーチェンジを受けた。TNGAのFRプラットフォームであるGA-Lがすでにあるにもかかわらず、マイナーチェンジでモデルライフを延命した。なぜか? ベテラン自動車ジャーナリスト牧野茂雄が周辺情報を積み重ねてウラ事情を解説する。次期レクサスISは、マツダのFRプラットフォーム、「ラージ・プラットフォーム」に合流する!?


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

なぜレクサスISは、LS/LC、クラウンのGA-Lプラットフォームにならないか?

大規模なマイナーチェンジを受けたレクサスIS。

 アメリカはトラック王国。セダン系の売れ行きはジリ貧……この状況のなかでトヨタは、レクサスISのMC(マイナーチェンジ)を行なった。年次改良よりもコストをかけたMCだ。狙いは次のFMC(フル・モデルチェンジ)までの「つなぎ」としての商品需要延命。あと3〜4年は「これで売る」という姿勢が見て取れる。では、次の世代のISはどうなる? セダン系ジリ貧のいま、いかにプラットフォーム(基本骨格)を複数モデルで共有しようとも、単一モデルとしての投資回収には時間がかかる。しかもプレミアムセダンが売れなくなりつつある。そこで思うことは、ひょっとしたら次期ISは、マツダが開発を進めているFRプラットフォームを採用するのではないか、ということだ。FR化される次期アテンザの発売は2023年と予想される。MC版ISのFMCが3〜4年後だとすると、まさにタイミングは合う。

上がマイナーチェンジを受けたレクサスIS、下が登場が待たれるマツダのFR(Vision Cpupe)。

 アメリカで言うトラックはピックアップトラック、SUV、ミニバンのことだ。日本ではSUVもミニバンも乗用車に数えるが、アメリカでは車両重量3.5トン以下のこれらカテゴリーはトラックのなかのライト(軽量)トラック=LTとしてカウントされる。その理由は、かつてはこの3カテゴリーのモデルはすべて、小型トラック用ラダーフレームの上にボディを架装していたためだ。3.5トン以上の車両、たとえば大型トラック・バスなどは、日本で報道される全米新車販売台数には含まれていない。




 昨年の全米新車販売台数は約1732万台。このうちLTは1198万台を占める。セダン、ハッチバック、ステーションワゴン、クーペなど、いわゆる乗用車は534万台。LT比率は69.2%である。つまり、ざっと数えて新車10台のうち7台がトラック系だ。セダンの需要は企業が社員に「給与の一部」として貸与するカンパニーカーや、子育ての象徴であるミニバンを通勤に運転したくない人などだ。「一家に一台」の日本では5ナンバー規格の3列シートミニバンを選ぶ家庭が多いが、アメリカでは「あり得ない選択」になりつつある。




 そして、セダンとミニバンの需要を奪っているのがクロスオーバーSUVである。伝統的なSUVは悪路走破性が重視されるが、クロスオーバーSUVは「舗装路中心のSUV」だ。そのほとんどが乗用車と同じモノコック(応力外皮構造)ボディで作られる。クーペとSUV、ミニバンとSUVなど、SUVにほかのカテゴリーの特徴を掛け合わせるからクロスオーバー(交差)であり、現在はこのタイプが増えた。モデル数が増え、顧客をセダンから奪った。




 トヨタはかつて、FFセダン「カムリ」をアメリカで年間45万台を売っていた。これと同じプラットフォームを持つアヴァロン、レクサスESおよびハリアーを合わせると70万台を超えた。一方、FRのレクサスISは、2000年に米国で発売されて以降、もっとも売れた2007年が5万4933台(オートデータ社調べ)、昨年は1万4920台。ピーク時の27%という実績だった。過去を振り返ると、FMCした年で5万台、顧客向けのキャッシュバックや下取り車のローン完済肩代わりサービスを行なってもFMC直前には年間3万台を割り込むという状況だった。

 レクサスISだけが売れないのではない。プレミアムセダン全体がアメリカ市場ではジリ貧だ。BMWの3シリーズは2007年の14万2490台がアメリカ国内販売のピーク。昨年は4万7827台でピーク時の33.6%にとどまった。ところが、BMWのSUV「Xシリーズ」はモデル数の増加もあって昨年はシリーズ合計で18万8385台を売った。レクサスのSUVであるRXは11万1036台と、これも好調だ。




 米・オートデータ社が発表する年ごとの販売台数を表にまとめた。これは月ごとの速報値であり、速報値のまま毎年集計される。2012〜2014年の3年間だけBMW 3シリーズと4シリーズがまとめて集計されているが、過去20年間の傾向は充分に読み取れる。もはやアメリカ市場はSUV主流だということを、数字は明確に物語っている。

●レクサスRXは2003年にRX330追加、2006年にはRX200が廃止され330/350/400h(HEV)という構成になる。 ●RAV4は2009年にアメリカ現地生産が始まり、翌年には現地生産が年間10万台を超えた。以後、着実に現地生産台数を積み増している。

●BMWは2008年に1シリーズを投入し、3シリーズ廉価モデルの顧客が1シリーズに移行するという現象があった。また、2012年には4シリーズが投入され、さらに3シリーズの顧客が減少した。レクサスISの直接の対抗馬は3シリーズだが、BMWはFRモデルとして3シリーズを補佐する1シリーズと4シリーズを投入してセダン系の販売台数を維持しようとした。しかしX1を投入した2011年以降は、完全にSUV系がアメリカ市場での主軸になった。

 かつてトヨタの売れ筋だったカムリは昨年、アメリカ国内で33万6978台が売れ、依然としてセダン系のベストセラーに君臨している。しかし、トヨタのモデル別販売台数のトップはRAV4の44万8071台だ。20年間で販売台数は8.3倍になった。何と5年で2倍という伸び率である。カムリの知名度と信頼度は高く、セダン系ジリ貧のなかでのこの販売実績は大健闘と言えるが、トップの座はRAV4に明け渡している。

マツダはCX-5以上のSUVとMAZDA6以上(どんなモデルが登場するかわからないが)をFR化する。搭載する直6エンジンも新開発する。

 2018年FMCの現行クラウンは、新しいGA-Lプラットフォームに切り替わった。この時点でもし、次期ISへのGA-Lプラットフォーム採用が決まっていたとすれば、今回のような大規模MCの実施には踏み切れないだろう。コストのかからない年次改良程度にとどめ、次期ISの投入を早めるほうが賢明だ。あるいは、短期間であれば販売の一時休止という手段もある。




 しかし、トヨタはそうしなかった。ISはアメリカで年販3万台程度であり欧州と日本はそれ以下なのだが、延命した。おまけにレクサスGSが引退し、GA-Lプラットフォーム採用モデル数が減る。さらに言えば、次期クラウンについてはFF化されるという噂もある。もしクラウンがGA-Lファミリーから脱落するとしたら、GA-Lプラットフォーム採用モデルの年間生産台数はさらに減る。

 こうした状況証拠から推測されるのが、レクサスISとマツダ・アテンザおよび投入が伝えられるFRクーペのプラットフォーム合流だ。ISだけでなく、ほかのトヨタのモデルがここに相乗りする可能性もある。トヨタのFRモデルは現在、スープラはBMWからのOEM(自社オリジナル商品をほかのブランドの商品として生産すること)供給であり、86はスバルからのOEM供給である。レクサスISがマツダとのプラットフォーム共有、あるいはマツダからのOEM供給になったとしても、なんら不思議はない。




 トヨタとマツダは互いに株を持ち合う仲だ。マツダのメキシコ工場ではトヨタ向けのモデルも生産されている。トヨタは以前、マツダにハイブリッドシステムを供給していた。さらにトヨタ、デンソー、マツダの3社は電気自動車の共同開発を行なっている。相互の商品補完プログラムがさらに増える可能性は充分にある。トヨタは現在、SUVラインアップの拡充に力を入れており、直近ではヤリス・クロスを発表した。SUVのライバルが増えるなか、アメリカおよび欧州、さらには中国でもいまや主流になったSUVはおそろかにできない。ここに開発資源を集中し、FRセダンはマツダの支援を受ける。そんな経営判断があったのではないかと推測する。




レクサスISはマツダ・プラットフォーム。クラウンはFF化。こうなった場合はGA-Lプラットフォーム採用モデルはレクサスLS/LCといった大型重量級モデルだけになる。これが狙いなのだろうか。GL-Aは、何らかの理由でクラウンとレクサスISには向かないとトヨタが判断したのかもしれない。

 SUV=スポーツ・ユーティリティ・ビークルについて、少し補足しておく。この名称は、ウィリス・オーバーランド(のちにAMCとなり、さらにクライスラーに吸収され、現在はフィアット・クライスラー・オートモビルズ)社がジープという名称を商標登録してしまったため1940年代後半に考え出された「オフロードを走れる多用途車」の一般名称である。1939年から1945年までアメリカ陸軍が大量発注したジープはウィリス・オーバーランドが主契約企業であり、量産支援をフォード・モーターが行ない、原案発案企業だったアメリカン・バンタムカーも少数の生産を請け負った。戦後、ウィリス・オーバーランドはこの多用途4WDを民生用に転換しようと試み、ジープという名称を商標に選んだ。そのためフォードとバンタムはジープ名を使えなくなり、代案として生まれたのがSUVという名称だった。




 いまやSUVは一大勢力である。前述のように、SUVは1996年まではラダーフレームの上にキャビン(車室)を載せる(だからトラックだった)構造だったが、この年にトヨタがモノコックボディのSUVとしてRAV4を発売、翌'97年にはホンダがCR-Vで参入し、このスタイルが小型SUVの流行を作り上げた。以降、SUVはモノコックボディ化が進み、BMWのXシリーズはすべてモノコックボディであり、フォードの大型SUV、エクスプローラーまでもがいまやモノコックボディである。SUVは「室内の広い快適なセダン」となり、本家セダンの市場を侵食している。

トヨタが今秋市場投入するBセグのSUV、ヤリスクロス。

 トヨタで言えば、レクサスRX/NX/LX/UXはFFベースのものコックボディだ。もちろん、発表されたばかりのヤリスクロスもFFベース。SUV系モデルではGA-Lプラットフォームはまだ使われていない。ランドクルーザー/レクサスGXを除くと、SUVはすべてFFベースだ。




 とはいえ、トヨタにとってプレミアムセダンは必要だ。メルセデス・ベンツ、BMW、アルファロメオなどはFRを主軸に据える。オーセンティックなFRであることがプレミアムセダンの条件でもある。唯一、アウディだけがクワトロシステムの考案としてFFベースのモデルを展開しているが、これはすでに市場の同意を得られた戦術だ。BMWは1シリーズをFF化し、プラミアム・ハッチバック市場でメルセデスベンツA/BクラスやアウディA3に対抗させたが、3シリーズ以上をFF化する気配はない。




 トヨタにとって、レクサスISをどうするかは非常に悩ましいところだ。FRであることにこだわる必要はないが、周囲を見ればライバルはほとんどがFRである。おそらくトヨタは、マツダのFR専用ラージプラットフォームへの合流を決めたのではないだろうか。




 この答えは、いずれわかる。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 [毎週月曜日朝更新企画]自動車業界ウラ分析「レクサスISがフルモデルチェンジしなかった理由にマツダのFRの影」