フィアット・パンダが搭載するのは、0.9ℓのツインエアエンジンだ。愛らしいコンパクトなスタイル、楽しい乗り味のパンダの短いボンネットフードの下には、究極のダウンサイジング過給エンジンが載っているのだ。

自動車用としては現在唯一の「直列2気筒」搭載

500ほどではないが、やはりキュートなフロントフェイスがパンダの魅力のひとつ

 久しぶりにフィアット・パンダに乗った。どのくらい久しぶりか、というと、以前に乗ったパンダが初代パンダだったから、かれこれ27年ぶりくらいだ(多分試乗したのは1993年頃)。

 上の記事によると、初代パンダは1980~1999年、2代目パンダが2003~2011年、そして現行型が2011年デビューだという。なぜか2代目パンダには縁がなくてドライブした記憶はないが、初代パンダの印象は鮮明だ。小さくて、おもちゃみたいで、全然速くないけれど猛烈に楽しいクルマだった。あの頃は、パンダやミニモークやミニなんかが、ある意味、クルマではなくファッションアイテムとして人気を集めていたのだ。




 3代目パンダにはずっと興味があったのだが、なぜか乗るのはフィアット500だった。なぜフィアット500で代替できたか、といえば500とパンダに搭載されているパワートレーンに興味があったからだ。試乗の機会を探ると、いつも出てきたのが500だった、というわけである。

エンジン形式:直列2気筒SOHC エンジン型式:312A2 排気量:875cc ボア×ストローク:80.5mm×86.0mm 圧縮比:10.0 最高出力:85ps(63kW)/5500rpm 最大トルク:145Nm/1900rpm 過給機: ターボチャージャー 燃料供給:PFI 使用燃料:ハイオク 燃料タンク容量:37ℓ

 パンダと500が搭載するエンジンは、自動車用としては現在唯一の「直列2気筒」だ。フィアットがTwin Air(ツインエア)と呼ぶ0.9ℓ直列2気筒SOHC+ターボである。日本で先にツインエアを搭載したのが500だった(2011年)から、必然500を試乗する機会が多かったということもある。


「超先進的なコンセプト」のエンジンに対する敬意と興味は尽きないのだが、試乗すると組み合わせるデュアロジック(5速AMT)のふるまいに少々がっかりした記憶がある。

 久しぶりの「パンダとツインエア」である。


 初代と比べたら立派な体格になったとはいえ、全長×全幅×全高:3655mm×1645mm×1550mmは充分にコンパクト。「おしゃれ系」の500に対して「使える欧州の小さな実用車」がパンダだ。価格も500(同じエンジンを積んだツインエアポップが241万円)よりもパンダの方がお安い(パンダ イージーが224万円)。

キーは、いまや懐かしい感じ。キーリングに差し込んで捻ってエンジンを始動する。初代のときと同じだ。

 広報車のキーをお預かりしてクルマに乗り込む。キーは本来の機能を失っておらず、鍵穴に差し込み捻るとエンジンが始動した(つまり始動スイッチがあるわけではない)。2気筒ならでは振動はドライバーシートにもステアリングホイールにも伝わってくる。


 VWが仕掛けた「ダウンサイジング過給」というエンジンの技術トレンドは2010年代に全世界を席巻した。排気量を下げるだけでなく、気筒数も減らす「レスシリンダー」が燃費改善に有効ということで、V12→V8ターボ、V8→V6ターボ、V6→直4ターボ、直4→直3ターボという流れができたのだ。そのさらに先をいったのがフィアットだった。直4→直2ターボとしたのだ。言ってみれば、究極のダウンサイジングエンジンがツインエア。世界の最先端を走ったのだが、登場後10年経つのに結局フォロワーは現れずじまい(唯一の例外はスズキがインド市場に投入した0.8ℓ直2ディーゼルE08型)。

 直2ツインエアのクランクピン配置は360度。つまり同位相。クランク2回転で交互に各気筒に点火する。燃焼間隔から生じるトルク変動による振動が大きいのが直2エンジンの弱点だ。ツインエアにフォロワーが現れなかったのも、エンジンの振動をよしとしないと判断したからだろう。ダイハツは軽自動車用に2気筒エンジンを開発してモーターショーに出展したことがあったが、商品化はされていない。

5速AMTのデュアロジックは、オートモードと手動でシフト操作するモードがある。

 さて、今回試乗したパンダ・イージーのトランスミッションは、かつてがっかりしたデュアロジックである。今回はどうだったか? これがなかなかよくなっていて、今回は不満を感じなかった。というより、MTを運転しているかのような楽しさがあった。デュアロジックはMTがベースだから当然と言えば当然だが。


 5速MTのクラッチ(MTだから乾式)操作を機械がやってくれるわけだが、1速→2速のシフトアップの際に、トルク切れという宿命的な一瞬がある。これが最新のパンダではぐっと短くなっていた。「全然気がつかないほど」ではまったくないが、わざわざマニュアルモードにして手動で操作して運転したいと思うほどのネガではない。2→3速、3→4速のギヤの架け替えはとてもスムーズだから、1速から2速へ変速するタイミング(少しドライブすればすぐにわかる)に少しだけ右足の力を抜けばいいだけだ。

 5速100km/h巡航時のエンジン回転数はメーター読みで2600rpmほど。思ったほど高くない。街中のストップ&ゴーでは2気筒の振動は気になる(心地よいと感じる人もいると思う)が、高速道路で走っていたらよく回る気持ちのいいエンジンだなと感じる。




 最高出力&最大トルクは85ps/145Nmだから絶対的にパワフルなわけではないし、車重も1070kgと思ったほど軽いわけではないから動力性能はほどほど。もともとパンダに対してそこを期待する人は多くないだろう。


 乗り心地は悪くない。シートがいい。なんの変哲もないシートだけれど、長距離走っても腰に優しい。数年前フィアット500を大人の男性2名乗りで一気に500kmほど走ったけれど、シートの出来の良さ(乗り心地)には感心した。パンダも同じだ。

ボンネットフードはほぼ垂直に開く。

 パンダのツインエアエンジンの技術的な見所は「唯一の2気筒」だけではない。ツインエアは、DOHCではなくSOHC、つまりカムは1本だけ。現代の多くのエンジンはDOHCであるのはご存知だと思うが、ツインエアはシングルカムで4バルブ(吸気2、排気2本、全体で8バルブ)を駆動する。しかも、吸気バルブタイミングだけでなく、バルブのリフト量も可変にできるのだ。


 可変バルブタイミング&リフトの代表例はBMWのバルブトロニック、メルセデス・ベンツのカムトロニック、トヨタのバルブマチック、日産のVVELなどがあるが、フィアットのツインエアの可変バルブタイミング&リフト機構「マルチエア」はシングルカムで油圧を使うのが特徴だ。


 油圧式のメリットは、バルブタイミングとリフト量の制御が機械機構の制約を受けないことだ。

ノーマルオープン型のソレノイドバルブを油圧で作動させ、その力でバルブを押し下げる油圧機構を使うマルチエアは、独・シェフラー・グループが開発した「ユニエア」システムがベース。もともとユニエアの開発にフィアット中央研究所が協力しており、実用化された最初の顧客がFPT(フィアット・パワートレイン・テクノロジーズ)だったこともうなずける。

上のイラストが初代マルチエアの構成。カムシャフトは排気側だけであり、これが回転するとイラストに描いた青いカムの部分がポンプユニットを押し、吸気バルブを1回作動させるぶんの油圧を発生させる。この油圧は高圧チャンバーに送られ、その同軸上にあるソレノイドバルブによって吐出され、バルブを押し下げる。使い切らなかった油圧は再びソレノイドバルブに戻り、アキュムレーターにリザーブされる。

 ボンネットを開けると「Twin Air」の文字が刻まれたエンジンカバーが見える。いつもならカバーを外してエンジン本体を見るところだが、ツインエアの場合は、カバーとインテークマニフォールドなどが一体化していて、おいそれとは外せない。このなんの変哲もない黒いカバーの下に、「誰も追いついてこられなかった」(結果的にだけれど)先進技術が隠されていると思うと、ちょっとした振動など愛おしいと感じるはずだ。

ターボはこの位置。つまり前方排気のレイアウトだ。

 さて、そのツインエアの燃費はどうだったか?


 JC08モード燃費は18.4km/ℓ。高速道路を90-100km/hで淡々と走ったときの実燃費は17.2km/ℓだった。200kmほど走った総合燃費は15.6km/ℓだった。




 2011年デビューのパンダ。乗って楽しいクルマらしいクルマだ。コネクティビティや先進運転支援などは現代のクルマの基準からしたらやはりひと昔前の水準だ。しかし、だからと言ってなにか不足しているものがあるかと問われれば、「いや、これで充分。これが楽しくていいです」と答える。


 パンダ(500もそう)を選ぶセンスと生活スタイルには、ちょっと憧れがある。20代の若者が90年代前半に初代パンダで感じたのとは少し違うかもしれないが、50代になって2020年に現行パンダに乗っても、「やっぱりパンダは楽しいな」は変わっていなかった。


 実はパンダ、ちょっと欲しくなった。もし僕がパンダを選ぶとしたら、パンダを選ぶ口実は「これ、自動車史に残るエンジンが載ってるんだよ」である。

給油口はキャップレスタイプ。燃料がハイオク指定(欧州だとRON95だが、日本だとハイオクになってしまう)なのがちょっと残念

フィアット・パンダ Easy


全長×全幅×全高:3655mm×1645mm×1550mm


ホイールベース:2300mm


車重:1070kg


サスペンション:Fマクファーソンストラット式 Rトーションビーム式


エンジン形式:直列2気筒SOHC


エンジン型式:312A2


排気量:875cc


ボア×ストローク:80.5mm×86.0mm


圧縮比:10.0


最高出力:85ps(63kW)/5500rpm


最大トルク:145Nm/1900rpm


過給機: ターボチャージャー


燃料供給:PFI


使用燃料:ハイオク


燃料タンク容量:37ℓ




JC08モード燃費:18.4km/ℓ


車両価格○224万円

情報提供元: MotorFan
記事名:「 フィアット・パンダ | 自動車史に残る(はず)0.9ℓ直2SOHC+可変バルブタイミング&リフト機構+ターボは、2020年に乗っても魅力的か?