長らくEVの課題とされてきた航続距離や充電時間は、今後、どうなっていくのだろうか。全固体電池など高性能電池が実用化されれば、解決するのだろうか。今回は、少し別の視点からの考察を試みた。


TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto)

 今年はホンダが電気自動車(EV)市場への参入を表明しており、マツダやレクサスもEVの投入を公表するなど、いよいよEVが本格的な普及期を迎えるような流れになってきている。そうした中で興味深いのは、ホンダもマツダも1充電あたりの走行可能距離(航続距離)を200km前後に割り切っていることだ(レクサスUX300eは約400km)。




 長らくEVの課題とされてきた航続距離や充電時間は、今後、どうなっていくのだろうか。全固体電池など高性能電池が実用化されれば、解決するのだろうか。今回は、少し別の視点からの考察を試みた。


 それはインフラ側、すなわち電力グリッドごとの供給能力からの視点である。電池が高性能化して、充電受け入れ性能が大幅に高まったとしても、供給する側が追いつかなければ、大出力による充電はできないからだ。

(PHOTO:PORSCHE)

 例えば、テスラの急速充電機「スーパーチャージャーV3」は、最高出力250kW、ポルシェの急速充電機は270kW。一方で、一般家庭の契約アンペア数は、平均約35A(100Vなので3.5kW)すなわち、テスラやポルシェの急速充電機を稼働させると、70軒以上の家庭が出現した程度の電力負担がそのグリッドに生じることになる。




 定量的な計算は、前提条件が整わないのでご勘弁願いたいが、これだけ見ても、特定の電力グリッドに、そうたくさんの急速充電機を設置するわけにはいかないことがわかるだろう。電力需要が供給能力を上回ってしまうと域内大停電になることは、18年に起きた北海道胆振東部地震の例を見ればわかる。




 となれば、猛暑の真夏の帰省/Uターンラッシュ時でも電力グリッドが破綻しない範囲でしか、急速充電機は設置できない。今後、人口減少社会を迎えれば、電力供給能力に多少の余裕はできるだろうが、余剰設備は電力会社の経営を圧迫するから、そこに期待するべきではない。




 一方で、1日の電力需要の変動を見ると、余裕が多いのは圧倒的に夜間であり、この時間帯を使用して充電するのが、もっとも合理的であることがわかる。夜は多くの人は寝ているので、時間は十分にあり、急速充電にこだわる必要もない。すなわち、家庭での普通充電をベースに運用し、それだけでは使い勝手の悪い部分を急速充電で補う、というのが、EVの正しい使いかたなのだ(一部から「今さら何を」という声が聞こえてきそうだ)。

(FIGURE:NISSAN)

 ここで、家庭で充電する場合の供給能力を考えてみよう。一般家庭が通常手続きで契約できるアンペア数は、最大60A。現状で40A契約しているとすると、EV用に積み増しできるのは20Aだが、夜間なら家電に40Aは消費しないだろうから、EV充電に回せるのは30〜40Aを期待して良い。電力使用のピークは在宅者が多い20時ごろとなり、翌朝6時を過ぎると活動が始まって増えるから、22時から翌6時まで充電できるとして8時間。いちばん普及している3kW(200V15A)充電機を使用したとして、単純計算で24kWh、充電効率を90%として21.6kWhの充電量となる。




 ならば、電池容量は21.6kWhあれば十分、とは言えないのは、完全に空になるまで使うことはまずないからで、50km走れる余力を残すとして7.2kWhを上乗せすると(実用電費は辛めに7km/kWで計算)、電池容量は28.8kWhとなり、それ以上大きくしても、使い勝手は良くならない、ということになる。




 こうして考えると、ホンダeの電池容量35.5kWhは、純粋にインフラの事情から考えるとむしろ過剰。厳冬期のヒーター使用やバッテリーの経時劣化を考慮すれば、妥当な容量と言えるのではないか。

(PHOTO:HONDA)

「でも、平日の充電可能量が使用量を上回るなら、電池をたくさん積んでおき、土曜日の朝に満充電になるようマネージメントすれば、週末の長距離走行にも対応できるのでは?」とも考えられるが、問題は出かけた帰りだ。宿泊先に充電設備があったとしても、使える時間は一晩だけ。旅行なら5時ぐらいにチェックインして翌朝8時に出発すれば、充電に15時間使えるが、200V15Aでは40.5kWhしか入らない(充電効率90%で計算)。到着時の残量を10kWhと見込めば、必要な電池容量は50.5kWhということになる。




 ちなみにレクサスUX300eの電池容量は54.3kWh。計算値より1割弱多いが、こちらも経時劣化を考慮すれば妥当な範疇と言えるだろう。UX300eの航続距離は約400kmと見込まれているが、電費を7km/kWhで計算して380.1kmだから、実力値もたぶんこれくらい。安心して走れるのは330kmぐらいで、残りを急速充電で賄うとしても、SUVとしての使い勝手は満足できるのではないか。

(PHOTO:LEXUS)

 要するに何が言いたいのかといえば、今後、電池技術がどれほど進歩しようとも、インフラの都合で電力供給量の上限は決まってしまうから、EVにガソリン車同等の航続距離を求め続けるのはナンセンス、ということ。充電マネージメントの工夫で航続距離をカバーし、将来、電池の性能が向上しても、その分は軽量化と低価格化に充てるのが、正しい進化の方向ではないか。 

情報提供元: MotorFan
記事名:「 充電側の都合からEVの適性電池容量を考えてみた——安藤眞の『テクノロジーのすべて』第50弾