TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
これは陸上自衛隊が装備する「坑道掘削装置(こうどうくっさくそうち)」だ。思わず読み仮名をカッコ書きしてしまうが、ようするに、巨大穴掘り機械である。ミサイル発射機や車両など大きなものを隠すトンネル(坑道)を掘る装備だ。先端に装着されたドリルビット(掘削刃)を回転させ、接続されたアームを左右上下に動かし、崖面などの地形を掘り進め、車両や大きな資機材を収容できる地中空間を作りだすことができる。
トンネルは車両や資機材の格納保管場所となり、指揮所など前進拠点を設けるにも好都合だ。つまりトンネルは防御陣地のベースになり、大勢の人員の身を守る場所であると同時に作戦拠点にもなる。
陸自は文字どおり陸上の地形を活かして活動する。穴を掘り、地形や環境を利用して施設や設備、陣容を整える。人間一人が身を隠すための「タコツボ(穴)」は哨戒や警備など拠点防御のために必須のもので、陸自隊員は自分の「タコツボ」を小型スコップで掘る技術を皆が持っている。しかし、車両やミサイル発射機などを隠すための大きな坑道ともなると、人力で掘るのは非効率で現実的ではない。そこで登場したのが、この坑道掘削装置だ。陸自の主に各方面隊の下にある「施設群坑道中隊」に配備されている。
ここでいう「施設」とは陸自の職種のひとつを指していて、正式には「施設科」という。「施設」とは旧軍兵種でいう「工兵(こうへい)」のことで、築城や架橋、道路や鉄道の敷設など技術的な任務を遂行する職種だ。諸外国軍では「エンジニア(Military Engineer、Combat Engineer)」と呼ばれ「戦闘工兵」などと和訳される。文字どおり、武装して最前線に赴き、歩兵部隊などを前進させるための橋を架けたり、地雷原の爆破処理なども行なう。最前線の歩兵よりも先に前進して各種作業を行なうので「戦闘工兵」と呼ばれるわけだ。その作業内容は一般でいう土木・建設業に相当する。
施設科は、戦闘職種の普通科(歩兵部隊)や機甲科(戦車部隊)、特科(大砲部隊)の前進など活動を支援し、兵站(ロジスティクス)や情報交換などもサポートする。陸上勢力の諸活動の鍵を握っている職種ということになる。海外派遣でも施設科の隊員らが派遣され、相手国のインフラ整備などを行ない、国際協力の現場でも重要な役割を果たしている。
そんな施設科に配備されるのが坑道掘削装置だ。稼動中の姿を見ることは非常に稀な機会になるはずで、輸送中などを除けば実際には皆無だろう。しかし、陸自勝田駐屯地(茨城県ひたちなか市)での駐屯地記念行事、いわゆる駐屯地祭など一般公開される機会に坑道掘削装置が展示されることが多い。勝田駐屯地祭は坑道掘削装置を生で見るチャンスだ。
デモンストレーション中の坑道掘削装置は、ドリルビットを回転させ、アームを自由自在に動かし、車体前面下部に備えられた「ちりとり」形状のドーザブレード様部品の上に設置されたカニのハサミ的な2本のアームが交互に動く。ドリルビットが掘り崩した土礫などをこの「カニバサミアーム」が搔き集め、車体底部を前後に貫くベルトコンベアに誘導し、車体後部に排出するという仕組みだ。稼動中には周期的な運動をする機構が発する「ガチャン、ガチャン、ガチャン……」という騒音が響き、インパクトの大きい外観と独特な動きに、なんとも可笑しくなってしまう。存在感と動きは任務内容とは別に、とてもユーモラスだ。
坑道掘削装置のスペックは、
全長×全幅×全高:約14.9×約2.8×約1.8~3.5m
全備重量:約30t
掘削対象土質:普通土・軟岩
掘削高:約3~5m
掘削幅:約3~6m
掘削断面:約29平方メートル
平均掘削能力:約30平方メートル/毎時
製作:三井三池製作所
というものだ。土木や建設、鉱山などで使用する各種機械の設計・製造メーカーである三井三池製であることに説得力を感じる。同社では「掘進機械」として「ロードヘッダ」という名称で坑道掘削装置と同様なマシンが製造され、世界で販売されている。