TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
前回、海上自衛隊潜水艦の内部紹介と日常的な訓練の一端をご紹介した。今回は、陸海空3自衛隊のなかでも食事が旨いといわれる海自の中で、とりわけ美味と評判の潜水艦の食事を中心に見ていきたい。取材対象は海上自衛隊 第1潜水隊群 第1潜水隊所属の「おやしお」型潜水艦「まきしお(SS-593)」だ。
潜水艦の食堂は艦内に一カ所、中央部・艦尾寄りの区画にある。広さは6畳間ほどだろうか。食堂の壁面は艦の機器類などと食堂の設備(電子レンジや保温ポットなど)が同居している。
食堂の中央には固定式で長机形状のテーブルと長ベンチが2組設置されている。一度に食事が摂れる人数は十数名で、「まきしお」の全乗員は約70名だから、何回かに分けて食事をする交代方式だ。
長ベンチの座面は開閉式で、ベンチ内部は野菜など食材の保存庫にもなっている。狭く限られたスペースを有効活用する潜水艦ならではの方式、設備として有名だ。
食堂に隣接して調理室がある。調理室も狭い。床面積は食堂と同様と思われるが、調理器具に占有される分、人間の動ける空間は少なくなっている。ここで3名の給養員(調理員)が立ち働き、全乗員の食事を賄っている。給養員は調理の専門職だ。
海自は食事を大切にしている。狭く、制限の多い艦内生活で長期航海となれば、食事は最大の楽しみになるからだ。また、いわゆる軍艦は外交使節の性格も持っている。海外派遣や他国との共同訓練などで海外へ出れば、各寄港地では相手国のVIPなどの来賓を歓迎して行なわれる公式行事やレセプションを艦内で開き、そこで来賓に食事を振る舞う。つまり日本を代表する親善使節となるわけで、そこで重要な役割を果たす料理を給養員が作っている。
海自の給養員は第4術科学校で調理のイロハから学ぶ。やがて、和食や洋食、中華などをはじめ、料理全般に精通するため料理専門学校で勉強し、管理栄養士の資格を取る給養員もいる。防衛の最前線を「食」で支えるスペシャリストとなるわけだ。
さて、肝心の潜水艦ご飯だ。取材日は金曜日だったのでメニューはカレーライスである。海自の『金曜カレー』は(諸説あるが)航海中に曜日感覚をフォローするため定例化したといい、旧海軍からの伝統のひとつでもある。
昼食時間の少し前から乗員らは食堂に集まり、テキパキと配膳してゆく。セルフで盛り付け、最初の十数人がスプーンを煌めかせ「まきしおカレー」を平らげてゆく。デザートはフルーツポンチだ。強面の乗員が甘い汁に浮かぶサクランボに嬉々とし、そのギャップに可笑しみを覚える。が、甘味は昔から世界の海軍で共通の重要アイテムとなっているものだ。アイスクリームなどは、航海中にひとりあたり何個まで、と管理しないと甘味切れにより艦内暴動が起きるなどとのマコトしやかな話があるのも、甘味と船乗りの重要な関係性や必要性を言っているのだろう。
美味な海自メシの中でも潜水艦の食事はとくに旨いと冒頭で書いたが、根拠があるらしい。潜水艦部隊の食事予算は他の水上艦艇部隊などと比べて少し高めに設定されているようだ。だがこれはむやみな美食化コストを意味するものではないという。
それは狭い調理室で調理しやすいようあらかじめ下処理を施したり、小分けパック化するなどの手間・必要経費が納入費に表れることがひとつ。同時に、可能な限り上質な食材を調達し、素材にこだわることも事実であるようす。それもこれも、艦内の楽しみは食事、この真理に帰結するからだ。潜水艦メシは原価高めで品質にこだわった食材で丁寧に作っているからウマイ、といえるようだ。
そうした「まきしおカレー」はルーに具材がほどよく溶け込み、スパイスの香りが際立つものだった。辛さは万人好みの中辛で美味しい。
ちなみに、艦ごとにカレーの味わいは違う。各艦の給養員が工夫を凝らして個性的なカレーを作り上げているからだ。こうした各艦のカレーレシピは海自ホームページで公開されてもいるし、レトルトカレーとして商品化もされており、手軽に「艦カレー」を楽しめるので、お試しあれ!
「おやしお」型潜水艦「まきしお」の内部その2はこちらをご覧ください