従来、デジタル補正回路はA/D変換器のオーバサンプリング周波数で動作させる必要があったが、新しい回路は従来方式の1/4の周波数で動作する。これにより、オーバサンプリング周波数480MHz時に信号帯域15MHz、ダイナミックレンジ74.3dBの高速・高精度を達成し、デジタル補正回路の動作周波数は120MHzに低減することで消費電力37mW(アナログ:19mW、デジタル:18mW)の低電力を実現した。さらに結果として、本技術が広い温度範囲で特性が一定であることを確認し、厳しい環境でも安定した動作を実現する高いロバスト性を実証した(注1)。
ルネサスは、日立と共に今回の成果を、2020年2月16日から20日まで米国サンフランシスコで開催中の「国際固体素子回路会議 ISSCC 2020(International Solid-State Circuits Conference 2020)」にて、現地時間の2月18日に発表した。
近年、自動車は、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転の実現に向けて、物体や人、環境認識のためにミリ波レーダ、LiDAR、超音波などの様々なセンサが用いられている。これらのセンサのアナログ信号をデジタル信号に変換するA/D変換器には、高速・高精度が求められるが、従来、車載特有の厳しい環境において特性を安定させることが課題だった。そこでルネサスは、高い環境適応性を持った高速・高精度なΔΣ A/D変換器を実現するために、新しい常時デジタル補正技術を開発した。
ルネサスが、日立と共同で開発したA/D変換回路の新技術は以下の通りである。
一般的に、ΔΣ A/D変換器の高速化手法としては、入力のサンプリング容量が不要で高帯域化に適したRC積分器を多段に接続し、ΔΣ変調器の次数を高くする手法がとられるが、過大入力に対してΔΣ変調器が発振し精度を損なうという課題がある。一方、ΔΣ A/D変換器の安定性を確保してΔΣ変調器次数を高める手法として、低次のΔΣ変調器を多段接続するマルチステージ型ΔΣ変調器がある。しかしながら、マルチステージ型はアナログ伝達特性とデジタル伝達特性が完全に一致しないと精度が劣化するため、温度等の環境変動に弱く、高精度化が難しいという問題があった。
ルネサスは日立と共に、安定性に優れるが高精度化が難しかったマルチステージ型ΔΣ変調器の問題を解決するために、ΔΣ変調器の伝達関数をデジタル回路で補正する技術を開発した。本技術は、参照信号として疑似乱数信号をマルチステージ型ΔΣ変調器の第一変調器の量子化器に入力することにより、第一変調器の雑音伝達関数、第二変調器の信号伝達関数を同時に、LMSアルゴリズムを用いて常時探索することを可能にした。LMSアルゴリズムで探索した係数をFIR型デジタルフィルタに入力し、第一変調器の量子化誤差を第二変調器の結果を使用して完全にキャンセルすることで、高精度なA/D変換結果を得ることが可能になった。この新技術により、温度等の環境変動でアナログ積分器の特性が変動しても、常時デジタル領域で補正が可能である。これにより、安定性の高いマルチステージ型ΔΣ変調器において、これまで困難だった高精度とロバスト性を両立させることに成功した(注1)。
(1)のLMSアルゴリズムを用いてΔΣ変調器の伝達関数を探索する場合は、積分器のアンプ回路の利得帯域幅積が不足すると、FIR型のデジタルフィルタに必要なTap数が膨大(>100個)になり、論理回路の規模的に実現困難という課題があった。今回、信号帯域周辺の伝達関数特性のみ抽出すれば十分に伝達関数を補正可能であることを見出し、ポストコンディショナで不要な周波数情報を除去することで、アンプ回路の利得帯域幅積が小さくてもTap数を大幅に削減することを新たに可能にした。さらに、シフトレジスタで参照信号データを保持することで、間引き後の影響がないようなLMSアルゴリズムの補正回路を新たに開発し、係数探索とFIRフィルタの動作周波数を1/4に低減させることを可能とした。この世界で初めて開発したデジタル補正回路技術を用いることで、デジタル回路規模削減と消費電力の低減に成功した(注2)。
(注1)テストチップに搭載したA/D変換器の特性から、温度-20~125℃の温度範囲で伝達関数の係数探索が常時追従することを確認し、SNRの変動が±1dB以下であることを確認した。
(注2)本A/D変換器では積分器のアンプ回路の利得帯域幅積が不足している場合、FIRフィルタのTap数が従来手法だと100個以上でも不足するところを、10個まで削減させることに成功した。