TEXT●高平 高輝 (TAKAHIRA Koki)
PHOTO●花村 英典 (HANAMURA Hidenori)
※本稿は2020年1月発売の「ルノー・メガーヌR.S.トロフィーのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
数は多くないけれど、日本には熱いエンスージアストがいるということを知っているルノーはこれまでにも〝尖った〞メガーヌの限定モデルだけでなく、カングーのスペシャルモデルなどを継続的に導入してファンの期待に応えてきた。
つい先日の2019年3月にも、より硬派な足回りと専用装備を持つ「メガーヌRSカップ」を100台限定で発売したばかりである。そのRSカップがあっという間に売り切れたことを受けて、今度は「メガーヌRSトロフィー」が登場した。これまでにもRSトロフィーは限定モデルとして設定されてきたが、台数限定ではないカタログモデルとしてのメガーヌRSトロフィーはこれが初めてである。
今時、ホットハッチや「GTIクラス」という言葉を耳にすることは少なくなったし、山椒は小粒でもぴりりと辛い、などという言い回しも通用しなくなったのかもしれないが、常により辛口でよりマニアックなコンパクトモデルを求めるクルマ好きは間違いなく存在する。だが、その渇望を満たす車種が急速に姿を消しつつある今、ルノー・メガーヌRSは痛快な高性能コンパクトカーの代表的モデルと言える。
ご存知の通り、メガーヌそのものはVWゴルフやトヨタ・カローラなどと同じCセグメントのいわばベーシックカーだが、ミニに対する「ミニ・クーパー」がそうだったように、高性能モデルのメガーヌRS(ルノースポール)がシリーズ全体を象徴する存在となっている。RSトロフィーは、実用性をも重視したスタンダードのシャシー・スポール仕様よりサーキット志向を強めたシャシー・カップ仕様のRSをさらに研ぎ澄ませた硬派モデルである。
とはいいながら、実のところ新しいRSトロフィーの足回りの専用メニューは、前述の100台限定RSカップと事実上同一である。すなわち、シャシー・スポールよりも引き縮められたサスペンション・セッティング、トルセンLSD、そして鋳鉄ローターにアルミ製ハブを組み合わせたフロント・バイマテリアルブレーキ(片側で1.8kgの軽量化)を採用している。
限定版RSカップとの最大の違いは1.8ℓターボユニットがさらにパワーアップされていることだ。M5P型1.8ℓ直4直噴ターボエンジンは従来のRS用よりも21psと30Nm増強され、221kW(300ps)/6000rpm、420Nm(42.8㎏m)/3200rpm(6MT仕様では400Nm)と、ついに300㎰の大台に乗った。さらにツインスクロールターボの軸受けベアリングにはフリクションロスを減らすためにスチール製に代えてセラミック製を採用したという。また、限定版カップ100台がすべて6速MTだったのに対して、トロフィーにはルノーがEDCと呼ぶ6速DCT仕様が用意されていることも異なる。
ちなみに6速MTのパーキングブレーキは普通のレバー式、EDCモデルは電動パーキングブレーキが備わる。EDCの電光石火のシフトスピードに敵わないのは明白だが、いやいやそれでも自分でシフトしたい、あるいはサイドブレーキターンに使うから、という〝変わり者〞のためにMTモデルも用意されているところもトロフィーの魅力だ。
トロフィーの300㎰ユニットはトップエンドでの吹け上がりがさらに鋭くなったようだが、もともとRSも中間域のトルクは1480㎏の車重(カタログ記載値)に対して強力だったから、全開走行でなければその差を感じ取るのは難しい。0-100㎞/h加速はRSが5.8秒、RSトロフィーは5.7秒と発表されているが、体感的にもそのぐらいの違いではないかと思われた。
無論、RSでも十分以上に速く、スロットルレスポンスもシャープだが、メガーヌRSの最大の魅力がその痛快なハンドリングにあることは疑問の余地がない。特徴は標準シリーズのメガーヌGTにも備わる後輪操舵システムの「4コントロール」だ。
普通ならロングホイールベースの大型セダンやSUVに装備される機構だが、ルノーはCセグメントのメガーヌに投入。このクラスのしかもFWD車に後輪操舵システムを搭載するのは他には例がない。当然小回り性も向上しているが、もともとコンパクトなのだから、主目的はそれではなくハンドリングである。
トロフィーのスプリングレートはRSに比べて前後23/35%、フロントスタビライザーは7%、前後ダンパーの減衰力もそれぞれ25%引き上げられており、さらに4本のダンパーに内蔵されるルノー自慢のHCC(ハイドロリック・コンプレッション・コントロール)のセカンダリーダンパーのストロークも10%延長されているという。
ご存知のようにこれはシトロエンでいうPHC(プログレッシブ・ハイドローリック・クッション)と基本的に同じ機構で、ダンパーを大容量化したのと同じ効果を持ち、常用域の設定を必要以上に硬くしなくても済む。RSシリーズの乗り心地が心配するほどスパルタンではない理由のひとつだろう。
低速では逆位相に切れる後輪操舵システムの効果で、RSはスパッと回り込む上に、そこからパワーを与えても前輪が外に逃げるどころか、グイグイとフロントが引っ張ってくれるという、まるでFWDらしからぬ、目から鱗が落ちるような痛快で気持ちのいいコーナリングを見せる。その際、特にジムカーナのようなきついターンでは、リヤが滑り出すように感じて慌ててカウンターステアを当てるとかえって挙動が落ち着かない独特の癖がある。リヤが回り込むのを一瞬待ったほうが、ほんのわずかなステアリング修正でパワーオンのまま立ち上がることができるはずだ。
ただし、これも車速やドライブモードによって変わる。というのも、スポーツモードでは60 ㎞/hを境に後輪ステアが逆位相から同位相に切り替わるが、レースモードではその境界線が100㎞/hに引き上げられるからだ。ならば敏捷に山道を駆けまわる時はレースモードにしておけば済むと思うかもしれないが、レースモードではESCも自動的にカットされてしまうために、ひと筋縄ではいかない。
トロフィーはトルセンLSDが備わるおかげで、タイトコーナー立ち上がりでフルスロットルを与えてもそれを持たないRS(ブレーキ利用の電子制御デフのみ)のように内輪がホイールスピンするようなことはないが、路面によってはジリジリッと外側にはらんでいくのをコントロールしなければならない。結果的には速いかもしれないが、マージンを残して鋭くS字コーナーをクリアするにはスポーツモードが適しているようだ。
とはいえ、スポーツモードではマニュアルモードにしていても6000rpmぐらいで自動シフトアップしてしまうので(レースモードではシフトアップしない)、あともう少し欲しいというジレンマを感じることもあり、やはりMTかという思いもよぎった。ドライブモードには個別設定できる「パーソ(パーソナル)」も用意されているから、自分に最適な設定を探し出す楽しみもある。
トロフィーのほうが明らかにサーキット志向のスペックを持つにもかかわらず、一般道での乗り心地も心配するほどスパルタンではない。うねった路面などでは針路を乱されることもあるものの、十分に日常使用できるレベルで、むしろRSよりも気になる振動やノイズが少なく、かえって快適ではないかと感じたほど。少なくとも3ドアの先代メガーヌRSよりずっと文化的だ。
もっとガッチガチのスパルタンなモデルが欲しいというストイックなドライバーには、「トロフィーR」というさらに激烈な一手が用意されていることも理由だろう。トロフィーはサーキットでも楽しめるが、あくまで公道走行を忘れていない。スタンダードのRSかRSトロフィーかの選択は、どこまでハンドリングの気持ち良さとコーナリングスピードを追究したいのか、というあなたのマニアック度次第ではないだろうか。