TEXT◎畑村耕一(Dr.HATAMURA Koichi)
世界中でCO2削減を目的にEVの普及が推進されているが、。発電所からのCO2を含めて電力の専門家と自動車関連の技術者が顔を揃えることはあまりなかったが、2019年暮れに発行されたJSAEエンジンレビューでは、電力の専門家である東京電力エナジーパートナー(株)の佐々木氏と自動車の専門家(異端ではあるが)の私の解説記事が取り上げられた。
ふたつの記事はともに、不安定な再生可能エネルギーから発生する余剰電力を使ってEVを充電する事の重要性を述べている。ただ、EVの充電に必要な電力はどの発電所から来るのかについて、異なる考え方が示されている。
詳細は記事を読んでいただきたいが、「マージナル(限界)電源」という聞きなれない言葉が登場して、かなり難解だ。EVの充電需要がある場合に発電し、ない場合には停止する電源のことだ。この電源を特定できれば、EVはそのマージナル電源からの電力を使って充電していることになる。経済性から考えると、その時稼働している電源のなかでコストが最も高い電源がマージナル電源になる。一般的に負荷追従電源であるLNG火力が短期的マージナル電源になるが、長期的に考えるとかなりややこしいことになる。電力系統内の需要の変化を予測して全体の発電計画を策定して初めて、特定需要の長期的マージナル電源が特定できる。年間、曜日、時間帯それぞれについて需要の変化を予測して、電源政策に従って、それに対応する総コストが低い電源設備計画を立てることになる。さらに、今後はCO2排出量規制や炭素税を視野に入れる必要がある。
長期的マージナル電源を特定するには、不確実な要素が多いこと、正確に特定するには莫大な検討時間とコストがかかることから、現状ではほとんどなされていない。ただし、EVを充電している時間帯にその電力系統内で石炭火力が稼働している場合は、図1に示すように石炭火力を廃止してEVの代わりにHEVを普及する方がCO2排出量が大幅に減少するというのも事実である(CO2の数値については、2019年の③中期的にも長期的にもEVの普及がCO2削減に有効な手段であるとは限らない、を参照のこと)。運転コストが安い原子力と再生可能エネルギーはEVの電力需要に関わりなく発電を続けるのでことから、EV需要によって変化するのは火力発電になるので、EVの影響を電源平均で評価するというのは現実と乖離している。将来的にCO2削減を優先して電力計画を立てる場合や、適切な炭素税が導入されて石炭火力のコストが上昇する場合は、EVの電力需要がない場合は石炭火力の新増設を中止または古い設備を廃棄することになるので、マージナル電源は石炭火力になるというのが筆者の考えだ。
一方、EVが普及すれば大容量の蓄電システムとして使えるので、昼間の余剰電力(太陽光)を蓄えて、電力不足の時間帯に利用することで効果的にCO2削減が可能になるという検討が進められている。確かに、この電力で火力発電を停止すれば大幅にCO2削減が可能になる。ただし、EVが普及することを前提にした議論であって、最初から余剰電力の有効利用を考えるなら、EVへの補助金やユーザー負担分を使って巨大な蓄電システムを構築したほうが、効率的で社会的コストも少なくできるはずだ。耐環境性能が厳しい上に大きな充放電出力と軽量化が必要なEVの電池は高価である。何よりも重い電池を車で運ばなければならないEVは効率のいい自動車とは言えない。
ハワイのカウワイ島ではすでに100Mwh(ピーク時の電力需要の40%を供給)が設置されており、充放電効率は91.6%と報告されている。余剰電力をEV充電に使うのではなく、90%の効率で蓄電して石炭火力発電の代わりに利用すると、発電にともなうCO2排出量が182×0.9=164g/km減少するので、EVの代わりに(129g/km)HEVを走らせた方(129g/km)がCO2排出量が減少する。原子力とセットで考えれば環境にやさしいEVだが、石炭火力とは相容れない。EVの普及より石炭火力の廃止が先だと思う。
世界的にもマージナル電源のCO2排出係数を使うべきとの主張がいろいろな場面で見られるようになってきている。19年8月に京都で開かれたJSAE(日本自動車技術会)とSAE(アメリカ自動車学会)の合同ミーティングでも、カリフォルニアのサンディア国立研究所のマイルズ博士が、基調講演でEVと従来エンジン車とのCO2排出量の比較について述べている。図2に電源平均と短期的マージナル電源を使ったEVと、従来エンジン車のCO2排出量の計算結果を示す。電源の仮定によって計算結果が大きく変わることがよくわかる。
次に、再生可能エネルギーを積極的に取り入れ,石炭火力を廃止していく方向の欧州では日本と事情が異なるので,欧州の場合について考察する。
欧州では風力発電と水力が再生可能エネルギーの主力なので,夜間に再生可能エネルギーによる余剰電力が発生する。この余剰電力を直接EVの充電に使うとEVはカーボンニュートラル走行ができる。ただし,欧州に多い褐炭による発電は一般炭よりCO2排出係数が大きいので,充分な蓄電設備を整備して余剰電力を蓄電して褐炭火力を削減することに使うと,EVに代えてHEVを普及する方が日本以上にCO2排出量が減少する。
一方,欧州ではEU内で国を超えて電力が融通されているので,電力の移動を考慮してマージナル電源を特定する必要がある。図3に示すように,排出係数が大きく異なるドイツの風力発電(青矢印)とポーランドの石炭火力発電(茶矢印)はそれぞれ隣国でも大量に消費されている。極端な一例を示すと,原子力と再生可能エネルギーが発電がの大部分を占める、電力平均の排出係数が非常に小さいスエーデンでEVの普及を中止してHEVを普及すると,EVの充電で消費していた電力は不要になって隣国のリトアニアに輸出される。スエーデンから電力が入ってくる電力が増加するとリトアニアは石炭火力の多いポーランドからの電力輸入を減少する。結果的に石炭火力(条件によっては天然ガス火力)が停止するので、この場合のマージナル電源は主としてポーランドの石炭火力になり,CO2排出量が大きく減少する。
すなわち,欧州全体としてこのような政策を実施すれば,石炭発電がマージナル電源に相当する場合が多い。将来的に充分な炭素税が施行されると,経済原理から上記のことが起こる可能性が高い。さまざまな要素が関係してくるので,長期的マージナル電源の特定は非常に難しいが、石炭火力削減の大きな流れから大局的に捉えると,EVの充電需要が存在すればその分は石炭火力の削減スピードを低下させると考えられるので,欧州でも長期的なマージナル電源は石炭火力ということになり,日本での検討結果を当てはめることができる。このことは,石炭火力が稼働している地域・国においては世界中どこでも適用できる考えである。
以上述べたように、EVの普及によるCO2排出量を検討するには、EV単独ではなく、充電需要が電源構成に与える影響を充分に考慮した上で、「EVと発電所の総合システム」が排出するCO2として捉えないと評価を誤る可能性がある。さらにCO2削減に必要な社会的費用についてもEV以外の他の方法との比較検討が必要だ。
第2章(2)に紹介したように2030年から適用される新燃費基準が制定された。EVの電費をガソリンに置き換えてCAFEの対象にするという画期的なものだが、発電所の熱効率を71.4%(マージナル電源でなく、全電源平均)としたEVの燃費換算値効率を電源平均としてを使っているほかバッテリーの製造段階を評価しないという、EVに有利な計算方法を採用してEVを積極的に普及させる政策だ。2030年には充電電力で走るEVとPHEVの販売シェアを2018年の1%から20-30%に高めることを目標にしている。一方、HEVについては2018年の33.2%と同等の30-40%という低い目標になっている。
現状の電源計画を見てみよう。図4に示すように、2030年の電力総量とその発電構成が目標として掲げられている。CO2排出量の多い石炭火力が26%を占めているが、電力業界は全電源平均のCO2排出係数(1kWh発電で排出するCO2排出量)を0.37kg/kWhにすることを目標にしている。自動車業界は、第2章(2)で紹介した、EVの電力消費をガソリン消費に換算して評価するCAFÉ(販売する車の加重平均)に適合することが目標だ。電力業界はEVの電力需要が増えることは大歓迎であり、販売量が増えるだけでなく、CO2排出量が少ない新規発電所を増やして目標のCO2排出係数を低減できる。自動車業界は、前述のようにEVに有利なJC08の電費値と発電所の熱効率を71.4%(マージナル電源でなく、全電源平均)としたEVの燃費換算基準ででCAFEが算出されるので、EVを普及すればCAFEに有利になる。問題は、総電力需要は自動車以外も含む全部門の省エネ削減で達成するとされていることで、EVによる電力需要の増加については、電力業界、自動車業界とも直接の責任がないことである。
このままの現状が続くと、CO2排出量の計算が現実と異なるとことが原因で、大量の補助金を使ってEVを普及させてHEVが普及する機会を奪っていまい、結果的にEV補助金がCO2排出量を増加してしまうというのが、筆者の懸念である。
第2章でも述べたように欧州では政治と自動車メーカが一体となって自国に有利な産業政策(CO2規制ほか)を進めている。一方、日本では、全製造業のGDPの約2割、就業人口の約1割を占める自動車産業であるが、これまで政府と自動車メーカが一緒に海外企業と対抗するような産業政策はあまり聞いたことがない。HEVでなくEVが普及すると、ガラパゴスと言われながらこれまで育ててきた日本メーカのHEVの独壇場になる機会を捨ててしまうことになりかねない。EVは複雑なすり合わせ技術が必要ないので、部品をかき集めると中国でも簡単に作れると言われている。
日本の自動車メーカーでEVとCO2排出量との関係を石炭火力に言及して主張しているのは、図5のようにミスターエンジンことマツダの人見氏に限られている。他のマツダの関係者の報告を見てもなぜか電源平均を使っている。マージナル電源は客観的に特定するのが難しいこともあるのだろうが、全社を挙げて主張して欲しいものだ。マツダに続いてトヨタもLCA評価を始めて、図6のようにバッテリー製造時のCO2排出量を見積もっているが、使用過程の発電所からのCO2排出量は全電源平均の排出係数を使っているのでEVのCO2排出量を過小評価している。マツダだけでなく、EVよりHEVを普及したほうが有利になるトヨタ、ホンダにおいてもマージナル電源を取り上げて、欧州のEV攻勢に国を挙げて立ち向かべきだと思う。経済産業省も自動車産業の競争力を高めるために、電源平均からマージナル電源の考え方を採用して、EVからHEVに舵を切ってもらいたいところだ。
2050年には先進国のCO2排出量を80%削減することが求められており、トヨタは環境チャレンジ2050で90%削減を打ち出している。ここまで来ると、将来のパワートレーンを考えるときは、2050年にカーボンニュートラル走行ができることが必須条件になる。カーボンニュートラルと言えば短絡的に排ガスを出さないEVとFCVを思い浮かべてしまうが、図7に示すように(2019年の④カーボンニュートラルを実現する燃料 水素とCO2から合成するe-fuelに注目!)、燃料が変わればHEV(従来エンジン車)もカーボンニュートラル走行が可能になる。つまり、クルマに使う燃料のエネルギーの元はどこから来るのかが重要で、化石燃料は太古の太陽エネルギーで使うとCO2を排出する、原子力はウラン原子の核分裂で使うと放射性廃棄物ができる、再生可能エネルギーを一世代の範囲の太陽エネルギーとすれば環境への影響は無視できる。今後の技術革新によってどれが本命になるのかは今は見えない。
一方で、石炭火力が残る2030年頃までは系統電力を使うEVとFCVは、計算上は別として、実際のCO2削減効果は期待できないのでHEVを普及すべきだというのが前節の結論だ。EVやFCVが補助金とユーザー負担だけでなくエネルギー供給のインフラの整備が必要なのに比較して、HEVの普及にかかる社会的コストは大幅に少なくて済む。2050年に向けての新燃料(e-Gas、e-Fuel)の技術開発と製造プラント整備を10年くらいのスパンで進めていくことで、スムーズにカーボンニュートラル走行に移行できる。唯一EVに対して劣位にあるのが、その無骨な走りだ。
クルマの走りを追求しているマツダは図8に示す躍度(加加速度/ジャーク)という言葉を持ち出して、快適な走りのクルマを目指して開発している。アクセルの踏み込み力でクルマの加速度を、踏み込み速度で加速度躍度を制御するものだが、エンジンと車輪が機械的につながった車では理想的なアクセルコントロールはできないというのが筆者の見解だ。当然e-Pedalのようにアクセルで減速の制御をするは簡単ではないまでは制御できない。それに対して第2章(1)で述べたように、モーター駆動は加速度、躍度ともに狙いの通りに設定できる。理想の走りのモーター駆動と環境にやさしいHEVを実現するのがe-POWERのようなS-HEVだ。(2019年⑤ノートe-POWER 走りと環境性能を両立するパワートレーンとは?)S-HEVに必要な性能要件を図9に示す。
ここでは2019年(⑦2ストローク対向ピストン・ガソリンエンジンの可能性)に紹介したS―HEV専用の対向ピストンガソリンエンジンの具体的な仕様検討結果を紹介する。図10に示す構成の単気筒ガソリンエンジンについて、GT-POWERという1次元のエンジンシミュレーションソフトをmodeFRONTIERと呼ぶ遺伝アルゴリズム*の最適化ソフトと組み合わせて各部仕様の最適設計を行った。(*:最初に10組程度の仕様のエンジンを設定して、それぞれ組み合わせて子供を作り、その中から性能が優れた10組を選んでまた子供を作る。この操作を50-100世代繰り返すと優秀な子孫に収束していくという計算法)
ノートe-POWERの3気筒1.2ℓエンジンに代えて単気筒1.2ℓ対向ピストンエンジンを搭載するという設定だ。具体的には、熱効率最大を目標にして、容積比、S/Cの大きさ(過給圧)、吸排気ポートタイミング、吸気管と排気管長さ、LP-EGR率などの11のパラメータを最適化するという計算になる。11のパラメータは複雑に相互依存があるので、全てまとめて最適化しないと本当の最適解は求まらない。
結果を図11にエネルギーバランスで示す。燃料の燃焼エネルギーがどこに行ったかを示すものだ。上から、排気損失、冷却損失、ポンプ損失、機械損失を表している。残った緑がエンジン出力になる。左からHCCI燃焼の場合の最適仕様、SI燃焼の場合の最適仕様、その基本仕様を使って可変部分を変更してHCCI燃焼した場合、さらに高回転でSI燃焼する場合を示す。S/V比の小さい対向ピストンエンジンでは、高容積比になってもS/V比が大きくならないので、超高容積比31.8で熱効率(緑)50%が得られる結果になった。図12に、SI燃焼のクランク角に対する吸排気ポートとシリンダの圧力を示す。SI燃焼では、EXクランクの遅角(一般的な新進角と異なる)によって圧縮開始が遅くなるとともに、吸気ポートが閉じて排気ポートが閉じる間に長い排気管の負の圧力波が到達して、シリンダ圧力が低下(図12)する効果が得られている。これは広い意味での遅閉じミラーサイクル効果が得られているだ。S/Cで充分な掃気をすることと合わせて、容積比24にもかかわらず従来エンジンアミノ並の圧縮温度に収まってノッキングを抑制、大量EGRの超リーンバーンで50%近い熱効率が得られている。低負荷はHCCI燃焼でほぼ同等の熱効率が得られる。高回転の高出力運転は4500rpmで44%の熱効率のSI燃焼ができる。ただし、新気の吹き抜けがあるので三元触媒が使えないという課題がある。
結果、e-POWERと同じ2400rpm70Nm(BMEP3.7)付近で無振動のHCCI燃焼、高負荷でSI燃焼、高回転で75kWのSI燃焼が可能なので、S-HEVに必要な定点運転、高負荷運転、高出力運転の高効率運転ができる可能性が見えてきた。S-HEV専用エンジンとして開発するに値する魅力的なエンジンの基本仕様が設定できた。
以上の一1次元の検討では、燃焼については大胆な仮定を置いているので、3次元のシミュレーションと実験で燃焼を確実なものにする必要がある。HCCI燃焼ではNOxはほとんど出ないので問題ないが、騒音を放射するクランクケースがふたつある対向ピストンエンジンはHCCIの燃焼騒音が問題になる。SKYACTIV-Xの仰々しさを見ると、できればSIのスーパーリーンバーンを採用したくなる。NOxが生成されないスーパーリーンの状態で安定燃焼できればNOx後処理が不要で大幅なコスト低下が可能になる。
スーパーリーンバーンを実現するには筒内に強い乱れを形成する必要がある。そこで注目するのが第1章(3)で紹介した副室リーンバーンの技術だ。対向ピストンエンジンの掃気中の筒内流動を3次元で計算された結果を図13に示す。左が排気ポートで、右の吸気ポートから冷たい新気(青)が押し込まれて高温の既燃ガス(赤)を排気ポートに押し出す様子がよくわかる。白枠で囲った掃気の後半の様子を見ると、高温の既燃ガスが中央に集まって新気が排気ポートに吹き抜ける様子が示されている。これは、燃焼を促進するために吸気ポートで強いスワールを生成して、遠心力で冷たく重い新気が外側に振り回されているのが原因だ。
スワールは弱くしたい、圧縮上死点の乱れは強化したい。そこで注目するのが第1章(3)で紹介した副室リーンバーンの技術だ。となると副室リーンバーンがピッタリだ。図14のパッシブ副室を上死点付近のシリンダ壁に設置して、その対面に燃料噴射弁を搭載すれば(図9)、噴射時期によって副室内のA/Fを制御できる。混合気は連通口を通る時に受熱してながら混合気が副室内に入ってさらに圧縮されるので、副室内には主室より高温の混合気が形成される。また、残留ガスが排気側に偏在してるので、圧縮工程の終盤までは残留ガスが副室に入らない。この混合気はSKYACTIV-Xと同様にA/F≒30で点火可能で、NOxが生成されない副室燃焼が起こる。この意味で、副室を燃料冷却してしまうアクティブ方式は使えない。副室から吹き出すジェット噴流で超リーンの主室の混合気が急速燃焼するのはレースエンジンと同じだ。
このような対向ピストンガソリンエンジンをS-HEVに搭載する新しい自動車用パワ-トレーンを提案する。次は三3次元のシミュレーションと試作である。一部の大学でチェーンソー用2ストロークエンジンのヘッドを外して、2機を組み合わせて対向ピストンエンジンを試作するという話も聞いており、いる。これからの発展を楽しみにしているところだ。 <完>