REPORT ●石井昌道(ISHI Masamichi)
PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)/中野幸次(NAKANO Koji)
※本稿は2019年12月発売の「トヨタ ヤリスのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
いまから20年前に登場した初代ヤリスは日本のコンパクトカー市場に結構な衝撃をもたらした。それまでのBセグメントといえば、リーズナブルではあるが、後席やラゲッジルームは余裕があるほどではなく、ルックスや質感もお値段なり。庶民のための道具といったところだったが、初代ヤリスはプラットフォームやパワートレーンを一新するとともにパッケージングも巧みになって大きく進化。
それになんといってもギリシャ人デザイナー、ソティリス・コボスが手掛けたデザインは抜群にハイセンスで近年の名車のひとつに数えられるほど。Bセグメントにも、価格競争だけではなく魅力で選ばせる改革をもたらしたのだった。
その後の20年でBセグメントはさらなる進化を果たしてきたが、ここのところ変化もみられる。日欧といった自動車成熟市場では「もっといいクルマ」を望む声が大きい一方で、成長が期待される新興国市場ではコストパフォーマンスの高さが求められる。Bセグメントはボリュームが期待できるだけに、自動車メーカーにとっては、どちらに照準を合わせていいものか悩みどころだ。
コストパフォーマンス重視でASEAN生産とし、日本に輸入する日産マーチや三菱ミラージュがあまり存在感を示せていないという現実もある。コスト違いの2種類のプラットフォームを用意するのが手っ取り早いが、メーカーとしてさらなる大規模化が必要になる。ルノー日産に三菱が加わった現在ならばそれも現実的で、次世代はそうなる可能性が高い。
その点、トヨタの戦略は明快で、コスパ重視はグループのダイハツが開発するDNGAプラットフォーム(軽自動車・Aセグメント・Bセグメントに対応)に担ってもらうことで、新型ヤリスが初出となるGA-B(グローバルアーキテクチャーBプラットフォーム)は、TNGAらしい「もっといいクルマ」に徹することができるのである。
20年前と違うのはパッケージングに対する考え方だ。あの頃は狭かった後席やラゲッジルームを広げることが優先課題だったが、最近のモデルはファミリーカーとして十分なところまで拡大されてきたし、コスパ重視系なら〝もっと広く〟を望まれるかもしれないが、自動車成熟市場向けならば、むしろ快適で運転環境が最適な前席をつくり上げることが最優先なのだと見て取れる。
先代モデルに比べると全長は5㎜短縮しつつ、フロントオーバーハングは±0㎜、リヤオーバーハングは45㎜減としてホイールベースが40㎜伸ばされている。以前だったらホイールベースの延長分は後席やラゲッジルームに振り分けられるところだが、ラゲッジルーム長は±0㎜で変わらず。前席は58㎜、後席は20㎜それぞれ後方移動している。それによって前後席間のタンデムディスタンスは37㎜短くなった。
それでも前席よりも後席を低く座らせて頭上に余裕を持たせ、つま先スペースを十分に取ることなどで不満のない空間になっている。ドライバー及び前席は以前より少し後方寄りで低い配置となって広々とした。快適でのびのびと運転できる環境が整っているのだ。
新型ヤリスはまだプロトタイプだったため公道を走ることは叶わず、サーキットでの試乗となった。こういったステージだと、つい目を三角にして攻めた走りをしてしまいがち。限界域の走りも一端として捉えることに意味はあるが、それだけではなく意識的に公道でのペースを想定しながら走らせることにした。
まずは特に日本では人気が高いだろうハイブリッドから試乗。ピットロードからのゼロ発進は、街中を普通に走っている感覚で加速していったが、電気モーターのアシスト感が強く、1.5ℓハイブリッドとは思えないほどトルキーかつスムーズに加速していく。新世代ハイブリッドの電気モーターは出力が約30%向上したというが、一発で体感できるほどに力強いのだ。
走り始めはハイブリッド用バッテリーがほぼ満充電状態だったこともあって、街なか想定の加速から50㎞/hでの巡航に移ってしばらく走り続けてもエンジンの稼働時間はごくわずかだった。そこからさらに加速しようとすればもちろんエンジン主体の走りになるが、一般道を普通に走るぐらいのペースならば2000rpm台以下が多く、エンジン音は静かで振動も少ないと言える。
従来のヴィッツハイブリッドやアクアは電気モーターだけのEV走行時の静けさからブルルンッとエンジンが掛かった時のギャップが大きく、あまりアクセルを踏み込みたくないと思わせるほどだったが、新型ヤリスは切り替えがスムーズで自然。そういった際に発生しがちな前後Gの変動は微細なものまでよく抑え込まれていてハイブリッド開発陣の練度の高さを感じる。
ペースが早めの郊外路では日常的に使うであろうちょっと強めの加速をするとエンジンは3000rpm台以上になる。ハイブリッド用パワーメーターが8割方はパワー側に振れている状態で、こうなってくるとエンジンの存在感が増してくる。当然音量も大きくなるが、同様に高まってくるロードノイズや風切り音と程良くバランスしているので耳につくほどではない。
それよりも、この領域ではエンジンのレスポンスの良さとトルクの太さが印象的だ。アクセルを踏み込んだ瞬間から背中がシートバックに押しつけられる感覚があり、ドライバーの思いと加速がシンクロしている。いかにも効率良く吸気しそうなポート形状を持ち高速燃焼を実現しているダイナミックフォース・エンジンは、世界トップレベルの熱効率を持つとともに、全域で高トルクな上にレスポンスがいい。高出力化された電気モーターと相まってドライバビリティの向上と十分以上の動力性能を手に入れたのだ。従来のハイブリッドは走りの楽しさに期待は持てなかったが、新型ヤリスのそれははっきりとファン・トゥ・ドライブだと言える。
高速道路で80から100㎞/h、あるいは120㎞/hまで速やかに持っていこうとすればパワーメーターはほぼ振り切れ、エンジン回転数も4000rpmを超える。こうなってくるとさすがに音量が大きく、音質的にも3気筒特有のものでやや雑味もある。もっとも公道でその領域を使うのは短時間だろうから、さほど気にする必要はないだろう。
次に試乗したのは1.5ℓ直3+ダイレクトCVTを搭載したメイングレード。何度かゼロ発進を試してみたが発進用ギヤが搭載されているおかげでCVT特有の間延びした加速感が払拭され、文字通りダイレクトで気持ちいい。スポーティであることに歓びを感じるドライバーではなくとも、その思い通りに加速してくれる特性に、運転のしやすさを感じることだろう。
こちらもダイナミックフォースで、レスポンスの良さと全域で太いトルクが心地良い ハイブリッドに比べればエンジンの存在を感じるのは当然だが、一般道で交通の流れをリードするぐらいのペースでもたいていは2000rpm台でこなしてくれるので静粛性は十分。少しずつ加速を強めてみると、3000rpmを超えると明確に力強くなるが音も大きくなり、4000rpmになるとやはり直3を意識させるようになる。
今では多くのCVTがラバーバンドフィール(間延びした加速感)を感じさせないよう疑似的に段付き変速をするが、ヤリスもその頻度は高い。アクセル開度が20%ぐらいでもシフトチェンジしていて確かにダイレクト感がある。アクセルを床まで踏みつければ上限の6000rpm付近で貼り付くが、そのちょっと手前だと5000rpmを超えたあたりでギヤ比が変わり、タコメーターの針が4000rpm付近に落ちて再び上昇していく。CVTも運転の楽しさやドライバビリティの向上を優先的に考えているようだ。
ベーシックな1.0ℓ直3+CVTTはハイブリッドや1.5ℓ車と違って新開発ではなく従来の改良型。正直に言ってあまり期待していなかったのだが、これが意外なめっけ物だった。古い世代の3気筒だから、それなりに振動は感じるし、1.5ℓにくらべれば全体的なトルクは当然落ちる。
だが常用域を重視した特性で想像するよりずっと走りやすいのだ。それに気を良くしてペースを上げると、大幅な進化を果たしたシャシーの余裕がより大きく感じられ、「いいクルマになったな」ということを強く実感させるのだった。ベーシックゆえにレンタカーやカーシェアで出会う機会が多くなるだろうが、満足感は高いだろう。
最後に試乗したのは1.5ℓの6速MT仕様。これはもう楽しんでしまおうと全開でコースインしていった。エンジンは7000rpmまでスムーズに回りパワー感も十分、シフトまわりの精度が高くてマニュアル操作が楽しい。惜しむらくはヒール&トーがちょっとやりづらいことだが、エンジニアいわくペダルの踏み間違い防止のための配置で致し方ないとのことだ。
それよりも目を見張ったのがシャシー性能だ。GA-Bプラットフォームは従来比で約50㎏軽量化しながらねじり剛性を30%アップ。サスペンションはスムーズにストロークするよう数々の工夫が凝らされている。
タイトコーナーへ思い切って飛び込んでステアリングを切り込んでいくと、フロントまわりのガッチリとした剛性感を見せつけながらノーズがグイグイとインへ入っていく。深い舵角にもフロントタイヤが応えてくれて執拗に路面を捉えるので驚くほど良く曲がってくれる。それでいてリヤの安定性も見事。限界まで攻め立てても破綻する素振りをみせず、いきなりテールスライドしてしまうことはない。タイヤが省燃費や経済性を意識したブリヂストン・エコピアなのが信じられないぐらいに軽快でスポーティなのだ。
その後にハイブリッドでも同じように走ってみると、1.5ℓ+6速MTの方がピッチングやロールが少なく感じられるものの、基本的には同じ特性で攻めた走りにも堅牢なボディと秀逸なサスペンションで応えてくれた。ワインディングなどで気持ちのいい汗をかけることだろう。
シャシーは、スポーティというだけではなく全体的に動的質感の高さを強く感じさせるものだった。リヤがどっしりと安定していて高速直進性が良く、ステアリング操作に対する正確性が高い。微舵から小舵角までは、それほどレスポンスは鋭くないが、切り増していくごとに頼もしい反応を見せてリニアになっていく。今回の試乗は路面の綺麗なステージだったため、乗り心地についてはあまり言及できないが、サスペンションのストローク感がスムーズでしなやかなので、荒れた路面での対応力も高そうだ。
DNGAとの棲み分けによって「もっといいクルマ」であるTNGAらしさを強く打ち出しすことができた新型ヤリス。初代から20年の時を経て、再びBセグメントに革新をもたらさんとした姿勢は、狙い通りに昇華されているのだ。