TEXT◎世良耕太(SERA Kota)
MAZDA3に載って12月5日に発売されるSKYACTIV-Xは、ガソリン圧縮着火エンジンのファーストステップであることを差し引いて考える必要がある。洗練の余地、効率向上の余地は大いに残っており、それはマツダの技術者も自覚している。先の姿は見えており、「その実現手段を具現化しているところ」と、開発に携わる井上淳氏(マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発部 アシスタントマネージャー)は説明する。
「良く走る。楽しく走る。そうして走った結果、燃費も良かったねと。すでに、(ファーストステップでさえ)かなり燃費のいい領域を広げています。(箱根・十石峠の試乗会場周辺を)実際に走ったデータの比較をしていますが、従来の2.0ℓ(SKYACTIV-G 2.0)に比べて2割くらい燃費がいい。このあたりは(アクセルペダルを)結構踏み込んで高回転側を使うので、従来の高圧縮比エンジンだと燃費がどうしようもなくなる運転シーンでさえ、しっかり燃費が出ている。私たちの狙いはあるレベル実現できていると思っています」
確かに、井上氏の言うとおりだ。しかし、過渡で踏み込んだときにもう少し、頼もしくなるような押し出し感が欲しいとも感じた。その点については開発者側も重々承知しているし、道筋は見えていると話す。
「最終ステップに向けた道筋につながる技術をやっと手に入れた段階です。もう1ステップ上に行かなければなりません」
エンジンの熱効率を高める方法は大まかにいって2種類あり、容積比(カタログ上の表記は圧縮比)を高めることと、比熱比を高めることだ。比熱比を高めるとは、空気と燃料の質量の比である空燃比をリーンにしていくことを意味する。燃料に対して空気の比率を高めていくわけだ。
そうして空燃比を大きくしていくと混合気は薄くなるので、着火しにくくなる。着火しにくくなった状態の薄い混合気を、主に圧縮によって高温高圧の状態にし、自己着火させるのが予混合圧縮着火だ。圧縮着火が成立する筒内の圧力と温度の範囲は非常に狭く、制御が難しい。筒内圧センサーによって燃焼状態をモニターし、点火プラグによる膨張火炎球によって自己着火をコントロールするのが、マツダ独自のSPCCI(火花点火制御圧縮着火)である。
「点火プラグで安定的に着火できる技術を確立しました。この方式を突き詰めていけば、さらにリーンにできる。武器を手に入れたので、さらにブラッシュアップしていきたいと考えています」
井上氏はそう説明する。ガソリンと空気が過不足なく燃焼する空燃比を理論空燃比といい、その比率はおよそ14.7だ。これを空気過剰率に置き換えるとλ(ラムダ)=1になる。数字が大きくなるほど空気の比率が高くなる(よりリーンになる)ことを意味する。λが2を超えると燃焼温度が2000K(ケルビン。1727℃)を超えなくなるので、NOxは発生しない。λが2より小さい場合はNOxが発生するため、高価な後処理装置が必要になる。
SKYACTIV-Xが圧縮着火燃焼を行なっている運転領域では、λ=2以上で回っている。だから、NOx後処理装置は必要ない。
「現状でいうと、燃焼室の壁から外に逃げてしまう熱(冷却損失)が増えてしまうため、圧縮比は16〜17あたりで熱効率的に頭打ちになります。そこから先に進もうとした場合は、燃焼室の表面に熱を伝えにくくする遮熱技術が必要になります。それがあれば、圧縮比はもっと上まで上げることができます。ただし、手持ちの技術だけでは行き着けないところがあるので、技術開発をしているところです」
並行して、比熱比を高めていく開発を続けていく。
「いまはλ=2です。周辺技術が変わっていくと到達点も変わっていくので一概には言えないのですが、仮に今のエンジンの構造が変わらないとすれば、λ=3から4あたりに熱効率の目玉がくる。だから、現時点のゴールはどこかと聞かれれば、λ=3〜4という答えになります。ただし、熱を伝えにくい技術が進歩すると効率の目玉も動き出すので、ゴールはさらに遠くになります」
ここまでの話を聞いただけでも、MAZDA3に搭載されてデビューするSKYACTIV-Xがガソリン圧縮着火技術のファーストステップであることがわかるだろう。そのファーストステップでさえ、気持ち良く走って燃費がいい、ガソリン圧縮着火エンジンの特徴を充分に味わわせてくれる(前述したように、欲を言いたくなるシーンもあるが)。
次の世界が見えているからか、「こんなに楽しい仕事はない」と井上氏は言う(ただし、時間制約がなければ、という条件はつくが)。楽しみながら取り組んでいる技術に、悪い技術はないはず。気の早い話だが、次のステップが楽しみだ。