TEXT●松永大演/カースタイリング(MATSUNAGA Hiro/CARSTYLING)
※本記事は2019年9月発売の「プジョー508のすべて」に掲載されたものを転載したものです。
今、ヨーロッパのDセグメント・セダンのデザインが、非常に面白いことになっている。
定番モデルとなるのは、メルセデス・ベンツCクラスや、BMW3シリーズ、アウディA4など。しかしこのセグメントには、フォルクスワーゲン・アルテオン、ジャガーXE、アルファロメオ・ジュリア、ボルボS60などがひしめく。どれもがここにきて、圧倒的な個性派に進化した。様々なモデルにはまさにこの時代ならではで、各々の生き様を垣間見る思いだ。
そんな中に突如として現れたのが、新型プジョー508だ。
場所は2018年3月のジュネーブモーターショー。誰もがそのスタイルに、息を飲まされた。3008や5008などが継承してきた、逆スラント的なグリルとフェイスをさらに進化。こちらをぎらっと睨みつける。その鼻先に508の文字。知る人ぞ知る往年のスタイルに、ニヤリ……とさせられる。そして開いたドアに驚愕。サッシュがない! そして、後ろに回りトランクを開き、ハッチバックだったのか! と目を見開く。
全長4.8mのクルマを1周するだけで、どれほどまでに感情をかき乱されるのか。
プジョーCEOのジャン・フィリップ・アンパラトをはじめとして、このクルマを仕掛けた主犯であるプジョーデザインのディレクターのジル・ヴィダルらは、きっとこの瞬間の観客の驚きをニンマリと期待していたことだろう。まさに、してやられた思いだ。
そしてこれらを実現するに至った理由について、508のデザイン・デイレクターであるピエール・ポール・マッテイによれば、このモデルの開発にあたり、Dセグメント・サルーンのスタイル・ルールを描き直したという。前の世代と比較して全長が8㎝短くなったために、フロントピラーの根元をドライバー側に引き寄せ、ボンネットを拡大。また全高を下げるためにサッシュレスドアを採用。
また508には空力性能向上の狙いもあり、ややキャビン(室内)を犠牲にする必要もあった。とりわけ前席よりも後席の幅を狭くしている。またキャビンを小さくしていることで、道路でのカリスマ的なスタンスを実現できた。
直近のカーデザイン・トレンドはややもすると過剰であり、足し算的であった。しかし、その潮流はやがて無駄を排する方向へ。できるだけシンプルでラインに頼らず、面の陰影で個性を表現する方向に進み始めている。
しかし、その流れもいってみれば次世代のトレンド。それに乗ってしまえば、趨勢と変わることはない。しかしプジョーが取ったのは面構成の基本はラインに頼らず、時には豊かに時にはプレーンに。決してファットではなく、鍛え上げられた筋肉質を表現。そこに削ぎ落としを施すことで、さらなるシャープさを表現した。
この車の全体のデザインを見て行くならば、まずはフロント。空力という前に端正な男前グリルとライトを構成。一連のファミリーフェイスをさらに強い印象に。
左右のサーベル状の光は日本ではやり尽くされた感もあるが、根本的な考えかたが違う。日本の多くの縦ラインが示していたのは、グラフィック的な処理であり、造形にまで立ち入ってこなかった。
508は、サーベルがオーバーハングの長いフロントを絞りこみ、ラジエターグリルと先端をコンパクトに突出させる。いわば小顔に見せる立体的な造形の区画に一役買っている。3008や5008、そしてコンセプトカーのエグザルトなどの分割されたヘッドライトも、その恩恵は小顔効果だ。
そこから、フェンダー、ボンネットへ流れるボディ。力のみなぎるフロントタイヤをフェンダーが支える。そして力感あるリヤフェンダーへ。後輪駆動でもないのに、なぜ力感を与えるのか。ここにはこの車の特徴であるワイドトレッドと、高い横剛性を持つマルチリンク式リヤサスペンションがある。その象徴がリヤフェンダーの造形で、車体をがっちりとそしてしなやかに受け止める。
そしてここから、ファストバックとSWの造形が分岐する。横一文字のリヤコンビランプをともに採用しながらも、リヤフェンダーラインはファストバックがなだらかに下がるのに対し、 SWは4㎝長いオーバーハングをやや上がり気味に造形。いづれにしても、リヤビューを小さくまとめるための伏線をそれぞれが進めている。
ファストバックとSWで別れるこの造形だが、デザイン上ではハッチゲートとともに最も苦戦した部分の一つだったという。それは508のアイデンティティにとって、極めて重要なポイントとの認識があるためだ。
そして、フロントドアから始まるメインのアクセントライン。造形を水の流れに例えるならば、そこに枝葉(えだは)をさしたような分流。ボンネットやピラーなどに見られるエッジはまた、水紋のようにも見える。
シンプルな流れの中にあって造形要素はかなり多いが、それがうるさく感じられないのはそこに「起承転結」が貫かれているからかもしれない。強いグリルが「起」、流れに逆らわずメカニズムを舐めるように包むボディスキンが「承」、そして水紋のようなキャラクターラインが「転」、小さくまとまるリヤスタイルに至り「結」といったところか。
対するインテリアは、これもまたプジョー・イズムを継承したフォーマットの上に構成されている。i-Cockpitは小さなオーバル・ステアリングと、その上のメーターパネルの組み合わせ。
最大の特徴は2点。一つは小さなステアリングによる扱いやすさの向上で、全長約4.8m、全幅1.86mという大柄なボディを、極めて扱いやすく感じさせる。またもう一つは、ヘッドアップディスプレイを必要としないほどに見やすいメーターパネルの実現だ。ステアリング上に設置することで、メーターパネルの距離はより遠くなり視線移動も楽に行なえる。
こうした実質面をしっかりと見据えた上で、この508に至る起源となるのがコンセプトカーのエグザルトだという。
極めてアーキテクチュラルな造形は、エクステリア、インテリアともに相通じる部分ではあるが、室内にはエクステリアとは異なる異次元感が漂う。外から内に入る流れの中で、クルマに対する意識を大きく切り替える。この企みは明らかに意図されたことで、外と内を隔てるドアは、透明で薄いガラスだけの仕切りが象徴的に、そして儚げに世界を分断している。
エグザルトのインテリアスケッチが示すのは、来るべき近未来。しかし、流木を繋ぎ合わせたようなダッシュボードを用いながらも、あまりにもクールなその感覚は何かが違うと感じる。例えば60年代、いやそれよりもっと昔。車の誕生した古にまで遡り、アナザーワールドを進んだもう一つの地球があったのならば……。そんな架空の過去から見た21世紀とでも言おうか。
このクルマは、まったくゼロから構築し直した。と様々な分野の技術者はいう。それは508の後継であっても、508の単なる進化版ではないと言う意味。しかし、この508に与えられたデザインは、それとはまた次元の違う、壮大なストーリーを纏っている。見れば見るほどに、その物語にのめり込まされていくようでもある。