TEXT●森口将之(MORIGUCHI Masayuki)
PHOTO●中野幸次(NAKANO Koji)/花村英典(HANAMURA Hidenori)
※本記事は2019年9月発売の「プジョー508のすべて」に掲載されたものを転載したものです。
車名の3ケタ数字の最初が4や5で始まるプジョーのミドルクラスセダンといえば、典型的な3ボックス4ドアとするのが通例であり続けてきた。
ハッチバックはルノーやシトロエンの得意技で、フランスの中でもドイツに近いアルザス地方で創業したことが、ボディ形状に反映していると思っていたものだし、映画にもなったことで分かるとおり、タクシー御用達の車種として親しまれてきたことも大きいと思っていた。
それは2011年に我が国に上陸を始めた旧型508についても同じだった。洗練されたスタイリングを持ちながら、室内空間は同じクラスのセダンの中では広く、大きなドアのおかげで後席への乗り降りは楽で、伝統が受け継がれていることに感心した記憶がある。
だからこそ、新型508がセダンでありながらリヤゲートを備えたファストバックスタイルとなったことは驚きだったが、近年のクルマのトレンドを見れば納得できるところでもある。
昔はセダンがクルマの基本形であり、フォーマルからファミリーまであらゆる用途に応えてきたが、21世紀になるとミニバンやSUVが伸びてきた。なかでもSUVは世界的なトレンドとなり、それまでSUVとは無縁だったブランドが次々に車種を送り出すようになった。プジョーも例外ではなく、現在は2008、3008、5008の3車種を擁する。
ここまでSUVが増えた理由として、背の高さによる使いやすさや乗りやすさ、背が高くても走りの性能を確保できるようになった技術の進歩などがあると思っている。つまり走りについてはセダンに劣らず、使い勝手についてはそれを明確に凌ぐようになってきている。
新型508がこのようなフォルムになった理由としてプジョーは、3ボックスではライバルの多いこのクラスで埋没する可能性があるので、トレンドになりつつあるファストバックスタイルを取り入れ個性を前面に押し出したというメッセージを出している。
セダンが生き残っていくためには、SUVでは不可能な要素を盛り込むことが重要になる。新型508が提示した、流れるようなスタイリングはそのひとつであろう。逆にいえば3008や5008があるからこそ、この方向にシフトできたといえる。
セダンのパーソナル化といえるこの流れは、アメリカで生まれ日本でも普及した4ドアハードトップがルーツにあると考えているが、近年はドイツ車が目立つ。ボディサイズが新型508と近いファストバック5ドアでは、アウディA5スポーツバック、BMW4シリーズ・グランクーペ、フォルクスワーゲン・アルテオンがあり、ノッチバックの4ドアクーペとしては、厳密には車格は下になるがメルセデス・ベンツCLAクーペがある。
しかし価格では大きな違いがある。508が417万円からと、旧型と同レベルに収まっているのに対し、ドイツのファストバックは3台とも500万円を大きく超える。車格が下であるはずのCLAクーペも508をやや上回るのである。
フォルクスワーゲンを除けばプレミアムブランドだから、ともいえるけれど、ドイツ勢はいずれもセダンを持っていることも大きい。クーペは昔から付加価値型商品と位置付けられていたわけで、当然ながらセダンより高価になるというのが彼らの主張だろう。
でもこれでは差が大きくて比べる気持ちにすらならない。そこで今回はセダンという視点で、508とアウディA4およびBMW3シリーズを比べることにした。これならドイツ車の2台も価格は約450万円スタートであり、比較対象になる。
今回は508については1.6ℓガソリンターボのGTラインと2ℓディーゼルターボを積むGTブルーHDiの両方を用意。3シリーズは330i Mスポーツ、A4は45TFSIクワトロで、いずれも2ℓガソリンターボを積む。
最高出力と最大トルクは、508のガソリンが180㎰と25.5㎏m、ディーゼルは177㎰と40・8㎏mで、A4 45TFSIが252㎰と37.7㎏m、330iは258㎰と40.8㎏mだ。トランスミッションは508と3シリーズが8速AT、A4は7速デュアルクラッチで、508は前輪、3シリーズは後輪、A4は4輪を駆動する。
ボディサイズはプジョーが4750×1860×1420㎜、BMWが4715×1825×1430㎜、アウディが4755×1840×1410㎜で、実は高さを含めて大差はない。
3ブランドともに旧型よりサイズアップしているかというとそうではなく、508は全幅こそ旧型より広がっているものの、全長は逆に80㎜短くなっている。
地球は大きくなっていないのだから、これ以上のサイズアップは控えてほしいというユーザーの気持ちに、ドイツ勢より先に応えてくれたようだ。
スタイリングから受ける印象は、A4と3シリーズは典型的なセダンなのに対し、ルーフからリヤにかけてゆったりスロープさせた508は、前後フェンダーまわりの張り出しも豊かでクーペっぽい。A4と3シリーズはそれぞれのブランドの基幹車種ということもあり、大きな冒険はできないという内部事情が伝わってくるのに対し、508からは自由な空気を感じる。
フロントマスクはグリルでブランドを主張するジャーマンプレミアムに対し、508はヘッドランプ外側から下に伸びる、牙のようなデイタイムライニングランプが鮮烈だ。リヤも同じで、ドイツ勢がそれぞれのブランドのフォーマットに沿った、ある意味で見慣れた造形なのに対し、ブラックアウトした横長のパネルにライオンの鉤爪が浮き出る508のリアコンビランプのほうが、インパクトは上だった。
守るか攻めるか。そんな対照的な言葉を使いたくなるほど、新型508とドイツ車2台のスタイリングから受けるイメージは対照的だった。
508はインテリアもモデルチェンジで激変した。旧型は車格の割にシンプルだったが、新型はSUVの3008や5008に似た立体的な造形となり、クオリティは大幅に向上している。
小径ステアリングとその上から確認するメーター、中央のディスプレイからなるiコクピットになったことも新型の特徴だ。
3シリーズはセンターパネルをドライバー側にチルトしたBMW伝統のコクピットを継承する。逆にA4は、旧型のドライバーを囲むような造形から横方向への広がりを強調したデザインになった。3台ともにデジタルメーターが装備されるが、速度計や回転計の形まで変化させるなど、もっとも大胆なのは508。フランス生まれであることを実感する。
それでいて508は、前輪駆動のメリットを活かした上下2段のセンターコンソールなど、運転席まわりの収納スペースが豊富でもあり、ピアノタイプを主体としたスイッチは整理されていて確実に扱える。それに比べるとドイツ生まれの2台は、セレクターレバー周辺のスイッチをもう少し整理できなかったのかと感じた。
低めの全高を反映して、前席の着座位置は3台ともに低めだが、シートの座り心地は異なる。ドイツ車2台が固めなのに対し、508はフランス車らしい優しさを感じる、腰を下ろしただけで心地よくなれるのだ。やはり低めに座る508の後席は、旧型の広大な雰囲気こそないものの、身長170㎝の自分にとっては余裕の広さであり、3シリーズやA4と大きな差がなかった。スマートなファストバックスタイルを採用しながら、パッケージングにも留意した形であることを実感する。プジョーの良心を感じた。
508の荷室は大きな電動開閉リヤゲートに加えて、トノカバーの形状も工夫してあって、とにかくアクセスがしやすい。ハッチバック信者の筆者でなくても好感を抱くだろう。スペース自体も広大で、不満を抱くユーザーは少ないはずだ。
もちろんアウディやBMWにもファストバック5ドアのA5スポーツバックや4シリーズ・グランクーペは存在するのだが、前述したように高価になる。この価格のセダンでこの使いやすさというのが貴重なのである。
車両重量はガソリンエンジンを積む508GTラインが1510㎏、ディーゼルのGTブルーHDiが1630㎏、330iMスポーツが1630㎏、A4 45TFSIクワトロが1610㎏となっている。
排気量だけ見ると508のガソリン車だけ1.6ℓで見劣りするかもしれないのだが、実際は車体が軽いので2ℓは不要ということもあるのだろう。
たしかに旧型より軽い車体と8速になったATのおかげで、ガソリン車でも加速に不満はない。力強さではもちろんディーゼル車に軍配が上がるものの、唐突感はなくフラッグシップらしい落ち着きが感じられた。2台のドイツ車では、スペックで勝る3シリーズのほうがやはり強力だ。
A4は現行型になって、デュアルクラッチ・トランスミッションの発進時の唐突感がなくなったことが好ましい。
ガソリン車のエンジンサウンドは、排気量の小さい508が軽やか、A4が緻密、3シリーズが滑らかという印象の違いがあった。
508のディーゼルは加速時には適度に車内に音が響くものの、それ以外は2台のジャーマンプレミアム並みに遮音されており、厚めのガラスを使ってこの面に配慮したという説明が納得できた。上質感では遜色はない。
前輪駆動の508と後輪駆動の3シリーズ、4輪駆動のA4でハンドリングのキャラクターが異なるのは当然だろう。
3シリーズが新型で全幅が拡大した理由のひとつに、ホイールベース延長による間延び感を防ぐためのトレッド拡大がある。ドライブするとたしかに、ステアリングを切った際の前輪の踏ん張り感が伝わってくる。おかげで後輪駆動ならではの挙動に集中できるようになった。
現行A4はトランスミッション同様、ステアリングレスポンスも鋭さが薄れたので、自然にドライブできるようになった。フロントに縦置きしたエンジンの重さは感じるものの、その後のマナーは素直。そしてコーナー立ち上がりでアクセルペダルを踏み込むと、4WDらしいトラクションを感じさせつつ脱出していく。
この2台とは別種の楽しさをもたらしてくれるのが508のガソリン車だ。約100㎏の軽さが身のこなしの軽快感につながっていて、車格を忘れさせる楽しさがある。小径ステアリングに違和感を抱いた人も、このキャラクターには合っていると思うことだろう。
それでいて後述するしなやかなサスペンションのおかげで接地感も優れており、安心してベースを上げられる。ディーゼル車もそれほど重さが気になるというわけではなく、自然な身のこなしを演じてくれた。日本仕様には全車標準装備となるアクティブサスペンションのドライブモードをスポーツにセットすれば、リニアな感触がアップする。
そして乗り心地。A4は現行型が登場した直後に比べればしっとり感を増したものの、ストローク感が控えめであることは変わらない。3シリーズはデビューしたてであることに加え、試乗車が330iMスポーツということもありハードな印象で、今後の熟成に期待したいという感想を抱いた。
つまりこの分野は508の圧勝だ。段差や継ぎ目のショックを絶妙にいなし、乗員にはわずかな揺れだけを伝えてくるその感触は、極上の猫足という表現を使いたくなるほど。フランス車のフラッグシップにふさわしい乗り心地を味わわせてくれる。
だから山道ではスポーツを選んだドライブモードをコンフォートに切り替え、ドイツ車に肩を並べた高度な運転支援システムの助けを借りて、プジョーのフラッグシップならではの乗り心地に身を委ねたいと思うようになる。
スポーティなファストバックスタイルの内側は、むしろフランス車らしさを深めていた。どこまでも走り続けていけそうなこの乗り味があるからこそ、使い勝手に優れたハッチバックにしたんじゃないかと思うほどだ。トレンドになりつつあるフォルムを身につけていても、目指す道はドイツ車とはまったく違っていたのである。
同セグメントには他にメルセデス・ベンツCクラス。VWパサートなどが存在するが、こちら508と比べるとかなり保守正当派。おそらくは508とは大きく世界観が異なる。