クロームが特徴のグリルなどをブラックアウト仕様として、強い個性をさらに際立たせた限定車が登場した。
REPORT◉塩見 智(Satoshi Shiomi)
PHOTO◉渡辺昌彦(Masahiko Watanabe)
※本記事は『GENROQ』2019年9月号の記事を再編集・再構成したものです。
フロントグリルのサイズを大きくし、クロームメッキを多用してギラギラさせる、いわゆるコワ面、ゴツ顔は、日本のミニバンの間で流行しているが、本家はアメリカだ。代表的な存在はキャデラック・エスカレードとリンカーン・ナビゲーター。いずれも歴代モデルで競うようにフロントグリルをはじめ外観をギラつかせてきた。
そして、それら本家に追いつけ追い越せと言わんばかりに日本のアルファードやデリカD:5もここへきてギラツキをエスカレートさせてきた。多くの軽自動車もその小さなフロントマスクの大部分をギラついたグリルが占めるようなデザインだ。
当初は小さいのに去勢を張って微笑ましいなと思って見ていたが、そればかりが路上に目立つようになって、さすがにやかましいなと思っていたら、ここへきてドイツのBMWまでグリルを巨大化&ギラギラ化させつつあるではないか! アジアにある世界最大の市場の好みを無視することはできないようだ。
ともあれ、コワ面やゴツ顔のベテランたるアメリカンブランドは、時々余裕を感じさせる“遊び”を見せつけてくる。例えば今回試乗したエスカレードのスペシャルバージョン「スポーツエディション」は、本来、サイズの絶対的な大きさと、床屋を出た直後の角刈りのようにエッジの際立ったスタイリング、それに鈍く輝くクロームメッキの巨大フロントグリルなどによって抜群の押し出し力を誇るエスカレードだが、スポーツエディションは全身をブラックアウトさせ、自らの特徴を封じることで、新たに独特な迫力を獲得した。
全体のトーンを落とすことで、グリル中央に鎮座ましますキャデラッククレストを浮き立たせ、目立たせている。まるで番組開始から45分を過ぎたあたりで黄門様によって掲げられる印籠のようだ。
スポーツエディションは、世間に“エスカレード=絢爛豪華”というイメージが定着していることを利用したギャップ萌え仕様だ。エスカレードを教科書とし、どんどんギラツキを増してきた多くのクルマたちを混乱させるような、高度なハズし技といえよう。
そんなスポーツエディションを東京都内で走らせた。スポーツエディションといっても、足まわりが締め上げられているわけでもなければパワーアップが図られているわけでもない。動力性能や乗り心地はいつものエスカレード、すなわち陸の巡洋艦だ。伝統的な6.2ℓV8OHVは軽やかな吹け上がりとともに2650㎏の巨体をゆったりと走らせる。
ボディオンフレームの車体は、前後の動きは少ないが、左右の動きは見た目から想像する通りに大きい。けれどそれが不快というわけではなく、パワーアシストの強いステアリングを右手だけで操作し、ゆらゆらと走らせるのはむしろ心地よい。左手はもちろんドアにかけておく。これぞ伝統的かつ正統なアメリカ車の運転スタイルだ。車体が大きいためそう見えないが、標準装備としては超大径の22インチタイヤ&ホイールが装着されているにもかかわらず、路面からの突き上げは少ない。
乗用車として考えられる快適装備は、ADAS(先進運転支援システム)を含め、ほぼすべて備わる。安全装備もしかり。フレームシャシーにOHVエンジンという古典的なメカニズムと、先進的なエレクトロニクスデバイスは、その両方がアメリカを象徴する技術だが、エスカレードにはそれらが混在していて不思議な魅力を放っている。
もちろんガスは喰う。車載燃費計によれば取材中の燃費は5〜6㎞/ℓといったところだった。低負荷時には半分の4気筒が休止するが、焼け石に水に近い。そのことと絶対的なサイズの大きさを許容できるなら、エスカレードはデートカーとしてもファミリーカーとしても、趣味の道具を満載するクルマとしても使える万能車だ。そしてスポーツエディションはハズしの美学をよしとするエスカレードの上級者編といったところだろうか。
SPECIFICATIONS
キャデラック・エスカレード・スポーツエディション
■ボディサイズ:全長5195×全幅2065×全高1910㎜
ホイールベース:2950㎜
■車両重量:2670㎏
■エンジン:V型8気筒OHV
総排気量:6153㏄
最高出力:313kW(426㎰)/5600rpm
最大トルク:623Nm/4100rpm
■トランスミッション:8速AT
■駆動方式:AWD
■サスペンション形式:Ⓕダブルウイッシュボーン Ⓡ5リンク
■ブレーキ:Ⓕ&Ⓡベンチレーテッドディスク
■タイヤサイズ:Ⓕ&Ⓡ285/45R22
■車両本体価格:1409万4000円