REPORT●岡本幸一郎(OKAMOTO Koichiro)
PHOTO●平野陽(HIRANO Akio)
※本稿は2019年7月発売の「ダイハツ・タントのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
今回のモデルチェンジはこれまでとはまったく事情が違う。いくつものプロジェクトを同時進行する自動車メーカーにとって、新型車の開発スケジュールに合わせてすべてを画期的に新しくできるタイミングというのはなかなか訪れないのが常。ところが「DNGA」による第一弾商品となる新型タントは、正真正銘の全面刷新である。これにより、「走る」「曲がる」「止まる」の基本性能を大幅に向上させている。
新型タントをドライブしてまず感じるのが、軽自動車の常識を超えたスムーズで上質な走り味だ。世界初となるスプリットギヤを用いて伝達効率を高めた大幅改良エンジンの恩恵は小さくないことが窺える。
自然呼気、ターボともスッと軽やかに動き始めてスルスルと加速していく点では共通していて、アクセルを踏んだとおりリニアに反応するので飛び出し感も抑えられている。さらにはアクセルオフ時や停止直前に生じがちなギクシャクした動きもセーブされていて、一度減速して再加速する、というような状況でも至ってスムーズで予測と実際の加速感のズレが小さい。
レシオカバレッジを拡大したCVTと低速からトルクを発揮するエンジン特性の改良により、出足から力強く滑らかに加速するのでストレスを感じることもない。エンジンとCVTの連携がとても良く出来ており、回転の上昇と実際の加速感が上手くリンクしている。CVTにありがちなエンジン回転数の先走り感といった諸々の悪癖が気になることもなく、走りにはCVTと思えないほどダイレクト感があるのだ。これには高速域でベルトと併せてギヤで駆動力を伝達するという世界初の機構も効いているに違いない。
マルチスパークや高タンブル機構などを採用して燃焼素性を改善したという新エンジンの恩恵は、ターボの対ノッキング対策においても顕著だ。燃焼の制御が難しくノッキングの生じやすい低回転域を避けてエンジン回転を高めに維持するようにしている例は競合他社のターボ車にも見受けられるところだが、新型タントはそうなっていない。アクセルを踏んだとおりリニアな加速を実現しているので、とても乗りやすい。
競合他社を見渡すと、ターボはパワフルだが低速域の扱いやすさに欠けるため、高速道路をよく使うならまだしも、市街地が主体のユーザーにはリニアな特性の自然呼気の方が勧められるという車種も少なくない。ところがタントの場合は、ターボ車も市街地で扱いやすく、むしろ低いエンジン回転でも十分な加速を得ることができて好都合だ。小さなアクセル開度のままスイスイと走れて余裕を感じさせる。
一方の自然呼気も動力性能が増したおかげで、高い車速域で走ることの多いユーザーでもあまりストレスを感じることがなくなったように感じられた。むろん動力性能の向上は軽量化も効いていることに違いなく、ターボの方がずっとパワフルなのは言うまでもないが、新旧を比べた上がり幅でいうと、実は自然呼気の方が大きいような気もした。
ステアリングスポークに配された「POWER」ボタンを押すと、CVTのセレクターでSレンジを選ぶより、シフトスケジュールだけでなくエンジン特性も変わってアクセルレスポンスが上がり、よりパワー感が高まる。欲をいうとターボ車はこれだけ走れるのだからなおのこと、パドルシフトが欲しくなるところだ。
静粛性にも相当に配慮されていることは明らかだ。車外との遮蔽感があり、音の低減に注力したという新開発のタイヤも効いて、車内はかなり静粛性が高い。さらには車内に侵入するパワートレーン系の遮音や吸音が行き届いていて、アクセルを踏み込んで6000rpm近くまでエンジンを回しても静かな印象が変わらないことにも感心した。上質な走り味の実現にも大いに力を入れたことが窺える。
フットワークの良さもなかなか印象的だ。足まわりは、14インチ仕様と15インチ仕様でチューニングも差別化されており、ドライブフィールも異なるのだが、いずれも共通しているのは、クルマの動きが素直で、クルマがどのような状態にあるのかが掴みやすいことだ。四輪がずっと理想的に路面に接地している感覚があるので安心感がある。
サスペンションジオメトリーはフットワーク最優先で決めたとのことで、その良さが出ているようだ。リヤは中間ビームの形式を踏襲しつつ、ブッシュを斜め配置にして横力に対する剛性を上げたり、ビームとスタビライザーなど全体剛性を上げるなどしたおかげでバネレートを落とすことができたという。それも快適性や素直な動きに効いている。
15インチ仕様は偏平タイヤの性能をより引き出せるよう、バネレートをやや高めのスポーティなセッティングとするとともに、コスト高となることを承知でリヤのアブソーバーには乗り心地に優れる低フリクションの上等なものが奢られている。
サイドウォールの薄い15インチ仕様は路面への感度が高いことには違いないが、これにより引き締まっていて踏んばりながらもよく動き、微小な振動を吸収しやすくフラット感もある。大きめの段差を乗り越えたあとの振動の収束性も高い。
むろんタイヤのハイトの違いで路面への当たりは14インチの方がソフトだが、15インチも足まわりが突っ張った感じもなく、しなやかに動きながらもロールが抑えられていて、ややペースを速めたコーナリングでの安定感はだいぶ違う。
こうした重心が高くてトレッドの狭いクルマでも、ここまでできるものかと大いに感心させられた次第。ウエイクを手掛けたダイハツにとってみれば、タントぐらいならワケないことなのかもしれないが。
ステアリングフィールも車速に合わせて操舵力の重さも適度に変わり、しっかり路面を捉える感覚がステアリングを通しても伝わってきて、走っていることをドライバーに実感させる味付けとなっている。
ステアリングを素早く切り込むと、最初にパッとノーズの向きが変わって、そのあとゆるやかについてくるのも絶妙な味付け。決して鈍いと感じさせることはなく、それでいて横転する危険性を避けるために、あえてこうしているようだ。
15インチ仕様はタイヤの剛性も十分にあり、ハンドリングとのマッチングもまずまず仕上がっている。対する14インチ仕様はタイヤのキャパが不足気味で、操縦性には不満もあるが、軽やかな走り味とソフトな乗り心地は、これはこれで日常的にちょこまかとクルマを使うユーザーに好まれることと思う。
また、新型タントは利便性の面でも大きく進化を遂げている。外寸が小さいからこそなおのこと際立って感じられる広々とした室内空間と、前後ドア埋め込式Bピラーとしたことによる唯一無二の使い勝手など、これまでのタントの定評ある部分は受け継ぎなから、インテリアの各部もいろいろ進化を遂げているのだ。
中でも注目は運転席が後方まで超ロングスライドできるようにされたことだ。これにより前後左右席間のアクセス性が飛躍的に向上することは少し試してみただけでもよくわかった。実生活で使うと、よりそのありがたみを実感することに違いない。
ドライビングポジションを取ると、もともと良好な視界がさらに心なしか良くなったように感じられた。これは、パノラマ電車のように見晴らし感を演出するためにこれまでどおりフロントウインドウガラスが競合車に比べてかなりラウンドしているというタントならではの特徴に加え、新型では従来型に比べて剛性に関係のない最前方のピラーを11 ㎜細くしたことや、低く抑えたダッシュボードによるものが大きい。加えてベルトラインの高さも、しっかり感を視覚的に演出するには高くした方が良く、実際にそうしている競合車もあるのはご存知のとおりだが、タントは周囲の見やすさを重視してあまり高くしていない。
センターメーターの採用はこれまで通りだが、新型はトップマウント方式のメーターフードをそのまま延長して横長な形状とされた。開発関係者によると、これはセンターメーターの延長上との認識という。基本的な情報を映し出すのはセンターで、運転席前はあまり表示がない。ただし、自動運転系は、やはりドライバーの目の前にあった方が良いとの判断からこのようにされたわけだ。
表示機能も充実していて、メーターの左端はTFTの強みを活かし、好みによりメーター照明色の変更やオープニング・エンディングのエフェクト表示のほかにも、エアコンをいじったときにポップアップさせたり、微低速時のハンドルの向き、2種類の時計、安全安心キャラクターの表示など、様々な設定を行なうことができる。タコメーターを表示させることも可能で、あえて選んだユーザーのために、グラフだけでなく回転数を数字でも表示するという珍しい機能もある。また、新型タントはターンシグナルの音色が従来のブザーではなくスピーカーで出すようになった。これは3種類選択可能で、フランス車のような可愛らしいリレー音を選ぶこともできる。
キルト柄をモチーフにした新感覚のインテリアも目を引く。それをドアトリムでは樹脂で表現したり、シート生地も併せてコーディネートしているのは見た目にも印象的だ。
カスタム系のフロントシートは、タントらしくベンチシートの良さを損なわない範囲で若干ホールド性を高めたパッド形状とされており、座った印象も標準系とは異なる。
前席に比べてややヒップポイントを高めに設定した後席のクリアランスもかなりのもの。筆者が座って頭上はコブシふたつ以上もあるのは圧巻。また、切り立ったサイドウインドウにより横方向の余裕もある。
ただし、乗り心地の快適性は前席の方がだいぶ高く、後席は振動や音がやや大きめ。14インチ仕様と15インチ仕様では印象が異なり、それぞれ一長一短あるが、前述の足まわりの違いもあって15インチの方が振動の振幅が小さくて収束も早く、カーブで身体が横に揺すられる感覚が小さいことも確認できた。
駐車場では、「スマートパノラマパーキングアシスト」も試してみた。
カメラで駐車枠の白線を検知するタイプは軽自動車初とのことだが、シンプルで使いやすいことが印象的で、設定も簡単で、出先で初めて止めるような状況でも強い味方になってくれそうだ。切り返しの回数をあらかじめ伝えてくれるほか、より狭いエリアで駐車できるモードが選べるのも助かる。
また、前車追従式クルーズコントロール=ACCが渋滞時を含めた全車速追従になったほか車線中央付近を維持する機能が追加されたのも大歓迎だ。「先進技術をみんなのものに」と考えるダイハツらしく、パノラマモニターに少し加えただけの低コストでこれらを実現したことも念を押しておきたい。
「新時代のライフパートナー」をキーワードに、すべての世代のユーザーのニーズに応える良品廉価な商品を目指したという新型タントは、まさしくそのとおり、日常生活のあらゆるシーンでこれまでにも増してありがたみを実感させてくれるクルマに進化していたように思う。