TEXT:安藤 眞(Ando Makoto)
ポルシェが’77年に「バイザッハアクスル(トーコントロール機能を付加したセミトレーリングリンク式サスペンション)」を発明して以来、後輪のトー制御による操縦安定性向上技術が急速に発展。入力形態に応じて最適制御できるようにしようとした結果、マルチリンク式サスペンションが生まれたというのが、自動車工学の歴史である。
一方、トーションビーム式は、74年にフォルクスワーゲンが初代ゴルフで量産化した形式。構造が簡素でバネ下が軽く、占有スペースが小さいためキャビンが広く取れるなどの長所を持つ一方、入力点と支持点の位置関係上、横力が入るとトーがアウト方向に変位するため、コーナリングフォースの立ち上がりが遅いという欠点がある(ブッシュの傾斜配置で「トーをインに向ける」と説明しているものを見かけるが、力の釣り合いを考えれば、トーアウトの補正にはなっても絶対値でトーインが付くことはない)。
しかもTBAは、ロール時には「ビームの捩り中心とブッシュの中心を結んだ軸で揺動するセミトレ式」と同じ動きになるから、設計自由度もセミトレと同様。ロールステアでトーインを得たければ、ブッシュ位置は低くしたほうが良いが、そうするとアンチスクォート性は悪くなるし、ロールセンターは高くなるなど、相反する要素が少なからずある。なにしろそれを補おうとしたのが、バイザッハアクスルなのだから。
ところが、である。横力トーインは、確かに自動車工学的には「正義」だが、ドライバーの動的感性にとっても「正義」かと言うと、違うのではないかとマツダは考えた。
ドライバーがハンドルを切ってクルマが向きを変え始めると、後輪にも横力が生じる。このとき、ブッシュの弾性バランスを利用してトーをインに向ければ、後輪のコーナリングフォースは素早く立ち上がる。ドライバーはそれを感じ取り、操舵を収束させようとするが、トーがインを向いた分、車両姿勢は進行方向より外側を向くから、視覚的にはアンダーステアが出ているように感じてしまい、修正しようとする。ところが、それは本来、必要のないことだから、再修正が必要となり、「なんとなく操舵が一発で決まらない」という違和感を覚えることになる。
それよりむしろ、トーを動かさずにシンプルな応答を返したほうが、ドライバーには自然に感じられるはずで、それなら重量とコストを増やしてまでマルチリンク化する必要はなく、TBAでもできるはず。TBAが横力でトーアウトに向く要因の一つが、トレーリングアーム部のたわみだから、これを抑え込むことで、トーアウト量は減らせる。足りない分はイニシャルでトーインを付けておけば、十分、補える。そう考えてできあがったのが、MAZDA3のリヤサスである。
トレーリングアームの横剛性を高めるには、ビームとの結合部を強化すれば良いのだが、重量効率が高いのは、結合面を拡大すること。しかし、現代のビームは、丸パイプを潰して成形するクラッシュドパイプ方式であるため、素材管の直径が限界を決めてしまう。素材管の太さはビームの捩り剛性=ロール剛性に直結するため、やたらと太くするわけにもいかない。
そこで考案されたのが、MAZDA3に採用された新工法。まず鋼板を蝶ネクタイ型に打ち抜き、それをU字型に曲げる。これをさらにO型に曲げ、合わせ目をレーザー溶接すれば、ラッパ状の閉断面ができあがる。
ところが、きれいにラッパ状にするには、三次元で曲げる必要があり、通常の曲げ成形では、レーザー溶接に供せられるだけの隙間精度(おおむね0.1mm 以下)を出すのが難しい。そこでU曲げとO曲げの間に、鍛造技術を応用して曲面外側に引張荷重が作用しないように曲げる全圧縮の予曲げ工程を挟み、隙間精度の均一性を確保した。
O断面に成形した後は、クラッシュドパイプ工法同様、断面をV字に潰すわけだが、これも完全にV字にするのは中央部だけで、両端はO断面を維持。これによってトレーリングアームとの溶接周長を拡大し、結合部近傍の剛性を150%向上。これがトー剛性の確保につながり、ドライバーの動的感性に合った操舵応答性を作り出すことができたのだ。
マツダは今後、CX-5以上のモデルを縦置きエンジン化すると見られており、現在はCX-5系プラットフォームを使用しているMAZDA3は、袂を分かつことになると思われる。今回のTBA採用は、そうした流れを視野に入れたものではないか、というのは考えすぎだろうか。