いまなお人気の高い軽自動車スポーツカーの世界。ホンダがマーケットからの熱い要望に応えて送り出したのが、新世代のミッドシップマイクロスポーツカー、S660である。


TEXT:MFi FIGURES:HONDA PHOTO:MFi

 1996年に生産中止となったホンダ・ビート以来、約20年ぶりに軽ミッドシップ・スポーツカーが帰ってきた。S660と称するその新型車は奇しくも日本を、いや世界を代表するライトウェイトスポーツである、マツダ・ロードスターと同時期発表である。かたや0.66ℓターボ+MR、こなた1.5ℓNA+FRという違いはあれど、このスポーツカー受難の時代に、一般に手が届くピュアスポーツが登場したことを、まずは祝福しよう。




 ボディ構造の詳細については、発表会場でホワイトボディの実物を前にホンダの技術陣から説明をしていただき、細部の写真とともに解説を行なったので、4ページにわたる写真と解説文をご覧いただくとして、本文では、ホンダの社内討議の結果“スポーティ” カーではなく本格的な運動性能を持つピュアスポーツカーを目指すことになったというS660の、MRとしての本質はいかほどのものなのかを探ってみることにする。




 MRの特質のひとつは、乗員とエンジン+トランスミッションをホイールベース内に収めることで、無用のヨー慣性モーメントを排除することにある。しかし、S660のようにわずか2285㎜のホイールベースでそれを実現するのは難しい。小さな3気筒エンジンを横置きにしても、乗員のマスは絶対的だから、放っておけばドライバーに皺寄せが来る。その典型例がほぼ同等のホイールベースを持つロータス・エリーゼで、その右ハンドル仕様車はかなり歪なドライビング・ポジションを強いられる。初代NSXでは右ハンドルのペダルオフセットを解消するため、ホイールベースの延長をデメリット覚悟で敢行した。S660ではサイドシルの断面積を垂直方向に稼ぐことで、そうしたジレンマに対処。右ハンドルしかない国内専用車ならではの苦悩と工夫である。




 MRのもうひとつの特質は、エンジンという最大の重量物がほぼ後車軸上に載っていることで得られるトラクション獲得能力だ。その半面、前輪荷重が少ないためターンインの際にはブレーキング等で前輪に荷重を移す必要があるが、そこから加速に移る際に、ボディの特に曲げ方向剛性が足りないと、望むべきトラクションが得られないばかりか、前後ボディの動きが一貫せずに挙動が不安定になる。




 S660のボディ下部前後に設けられたトラス状のブレースは、タイヤ荷重の移動に従って、スムーズにトラクションがかかるよう、ボディを通したトルクモーメントの管理を行なうため設置された。今回採用されているタイヤは、ヨコハマ・ADVAN NEOVA AD08Rという、市販車としては異例の超ハイグリップタイヤであり、このタイヤを履きこなすことができるのには、こうしたボディの動的剛性の裏づけがあったからだといえるだろう。




 スポーツカーの運動性能を司るという意味でサスペンションのことにも触れておく。サスペンション形式で言えば4輪ストラットということになっているものの、前輪がごく一般的なL字型ロワーアームを採るのに対し、後輪はかなり特殊な構造だ。引抜き鋼管を使ったロワーアームの後ろに前進角と上半角がついたトーコントロールアーム(リンク)が、さらに前後方向に鋼板プレスで作られたラジアスアーム(トレーリングリンク)がつく。構成としてはパラレリンク式ストラットなのだが、横方向アームが水平配置となっていないのが特徴的。ブッシュ容量は少なめに見え、ボールジョイントを使ったトーコントロールアームの支持部を含め、振動騒音対策や乗り心地より挙動の正確さを狙ったことがうかがえる。




 ただし、ラジアスアームはボディに直付けされるため、ボディ側のブッシュ容量はさすがに大きい。横方向アームは、サブフレームに取り付けられたゴツいアルミ合金鋳物のブラケットに取り付けられている。コスト低減のためにオールスチールで作られたS660のボディ部材のなかで、唯一の非鉄金属使用部だ。取付剛性の確保と軽量化の両立のために、ここだけはケチれなかったそうだ。




 そして何より目を惹くのはアームの長さ。これが短いと動的ジオメトリー変化が大きくなり、特にMRの駆動輪においては唐突なオーバーステアを招来することは、MR乗りの常識である。S660のリヤサスペンションのアーム類は、レーシングカー並みとはいわないまでも、市販車としては異例の長さを持っており、この一点をとるだけで運動性に特化した仕様であることが明確だ。




 いかにMRとはいえ、重心高は重要だ。特にエンジン重心位置は運動性の基本要件であるロール剛性を左右する。脚周りの本格ぶりとは裏腹に、エンジンはベースとなったNシリーズ同様の直立配置。せめて傾斜配置はできなかったのか、と問うと、198万円~という価格を実現するためにはエンジン搭載関連の変更はできなかったのだそうだ。




 このように軽自動車のレギュレーションに則ったゆえのコストをはじめとしたさまざまな制約はこのクルマの至る部分に散見される。しかし、その縛りの中でいかに運動性を確保できるか、という創意の痕跡はそれ以上に明晰である。S660はピュアスポーツカーとしての資質を確かに持っているようだ。

S660のボディ部材の特色

ミッドシップスポーツカーという、クルマとしては特別なフォーマットであるS660だが、いっぽうで軽自動車というフォーマットも有している。特別ながら廉価で提供、ふたつの背反する性格をいかに成立させるかが開発の大きな柱のひとつだった。求める性能を特別な手段をとらずいかに成立させるか。高価な素材を用いずとも、形状と工法でさまざまな工夫を凝らし、オープンカーを成立させたのがS660のボディの特色である。

パッケージングを重視したフロア構造

スポーツカーを標榜するなら、乗員はなるべく低く座らせたい。そうすれば絶対的な速度ならずとも、視覚的な効果もあり刺激的な運転感覚を得られる。そう考えた開発陣は、可能な限りのヒップポイントの低下に努めた。あわせて、正しいドライビングポジションを実現すべく、ペダル配置をはじめとしたメカニカルレイアウトの適正化にも腐心している。結果、右の透視図に見られるようなパッケージを成立させた。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 Honda S660のホワイトボディを徹底解説