予防安全装備の普及や自動運転も視野に入り、操舵制御の高度化、複雑化はより進んでいる。開発期間は長くなり、コスト増大もサプライヤーを悩ませているが、こうした状況を一変させる可能性を秘めた技術が誕生した。




TEXT:松井亜希彦(MFi) PHOTO &FIGURE:NSK / MFi

制御方法の見直しで操舵感の自在なチューニングが可能に

 油圧式に代わって、いまや乗用車用パワーステアリングの主流は電動アシスト式になっている。モーター駆動なので制御の自由度が高いだけではなく、油圧を発生させる必要がないのでエンジン負荷が減り燃費が向上、廃油処理がないことから環境負荷も少ないなどのメリットから急速に普及が進み、今後もさらに需要が拡大していくと予測されている。また、電動式パワーステアリングの制御ソフトウェアは高度な運転支援システムの普及にともない、さらなる高機能化が急速に進むことも間違いない。このような状況をふまえて、日本精工(NSK)は次世代ステアリング制御ソフトウェア開発を発表、同社のテストコース内での試作車による比較試乗会を実施した。




 同社が次世代ソフトウェアへの移行を決断した理由は、従来のままではソフトウェア開発のコスト/時間が急激に増大することへの懸念だった。コラムタイプだけでなくラックタイプの電動アシスト、さらに機械的な結合がないステア・バイ・ワイヤーなどステアリング製品は多様化が見込まれるが、これらの制御ソフトを個別に開発するのは大きなリソースが必要となる。そこで豊富な機能、今後はますます重要視される高いセキュリティ性能だけでなく、汎用性も併せ持つソフトを新たに構築し、多用な製品群に適用させることが結果として効率的であると判断、同社としても初となる共通化可能な電動パワーステアリング制御ソフトの開発を開始したのだ。




 この次世代ソフトウェア最大の特長は、制御自体が従来とまったく異なる点。簡単に説明すると従来はステアリングへの操舵トルクをセンサーで検出し、モーターがドライバーの操作を補助するようトルクを発生させ、人とモーターの力を合わせてタイヤの向きを変えている。この結果タイヤからの反力がステアリングに伝わるという流れだ。対して次世代ソフトウェアは、ステアリングの操舵トルクではなく角度を見ている。なにもアシストがないステアリングシステムで、その角度に対し例えばタイヤから10の反力がかかる状態に車両があるとしよう。反力を3に減らしたければモーターが7の力を発生させ、ステアリングへの反力を減少させるという、引き算のロジックだ。実際にはステアリング角度だけではなく車速なども検知し、状況に応じて的確なモーターの動きを演算する仕組みとなる。




 この結果、個々の車体の違いやステアリングシステム構造によらず任意の操舵感を実現することが可能となり、自動車メーカー、ステアリングメーカーどちらも操舵品質を作り込みやすくなる。小型車に多く使われているコラムアシストタイプでも、大型車に多用されるラックタイプでも同様の操舵感が実現できるのだ。また部品の経年劣化に操舵感が影響されにくいというメリットもある。さらに、従来のパワーステアリングと構造がまったく違うステア・バイ・ワイヤーシステムにも適用が可能。加えて路面状況や好みに応じて、ドライバーが操舵感を切り替えることも容易になる。




 この次世代ソフトウェアは現在はNSK社内での検証を進めている段階で、自動車メーカーへのプレゼンテーションもこれから、という状況。ゲームのステアリングコントローラーのように制御でいかようにも味付けできるだけに、今後はむしろ機能をシンプル化して操舵フィーリングのチューニングをしやすくすることが課題だという。2020年代半ばの量産車への搭載を目指し、開発を続けていく予定だ。

従来と大きく異なる制御方法

左の図はコラムタイプEPSを例としたもの。従来はドライバーとモーターが力を合わせてタイヤの向きを変える力を発生させ、結果的に反力トルクが発生するという流れだ。対して次世代は、モーターは本来タイヤから発生する仮想の反力トルクにアシストを加味した反力トルクを発生させる、いわば引き算のロジックで制御される。

部品劣化に影響を受けにくいシステム

従来の制御はモーターからタイヤまでの経路上に主要なギヤの摩擦箇所がふたつあり、経年劣化による摩擦の変化が転舵トルクの増減に影響することが避けられない。対して次世代制御ではモーターからタイヤまでの経路上に摩擦箇所はあるものの、制御の目標はトルクセンサーのねじれ角なので影響を受けることはない。

自由自在に操舵性をチューニング可能

大型SUVなどに採用例が多いラックタイプは操舵トルクとヨーレートの関係がリニア。コラムタイプはタイヤとモーターの間に多くの部品が存在するため不利になるが、次世代制御ソフトではコラムタイプでもラックタイプに近いフィーリングを作ることが可能になる。

機構を大きく変更した実験車両を製作



左はVWゴルフGTIをベースに、NSKがステア・バイ・ワイヤー化したテスト車両。このクラスのベンチマークといえるGTIのステアフィールを、次世代ソフトウェアによってまったく異なるステアリングシステムで再現すべく開発を進めた。右はコラムタイプの実験車両のテスト風景。

システムの違いを吸収できる制御

ラックタイプ(上)はラックが動き出すまでの摩擦が少ないがモーターが車室外になるため、防水処理が必要でコストが高くなる。コラムタイプ(下)は車室内にあるので防水は不要だが、タイヤとの間に部品が多くリニアリティでは不利。次世代ソフトウェアはふたつの操舵感の違いを小さくできる。

複雑化するソフトウェア開発への回答

日本精工で先行技術を担当するステアリングシステム開発部の小磯貴之氏(右)と、パワートレイン技術開発部の森堅吏氏が次世代ソフトウェアの特長を解説。多くの製品群に共通化して使用できる点が、今後いかに有効になるかについてもアピールした。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 日本精工(NSK)が多彩なステアリング製品に対応できる次世代ソフトウエア開発を発表