REPORT●安藤 眞(ANDO Makoto)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
※本記事は2017年1月に取材したもので、登場する車両は2018年夏のマイナーチェンジ前のモデルです。
■電動格納ルーフを採用しながらソフトトップ同等のパッケージ
マツダ・ロードスターの楽しさといえば、意のままに操れる“人馬一体”感だが、もうひとつ忘れてはならないのが、オープンエア・モータリング。空気の匂いや流動感を感じながらのドライブは、自然と一体になったような爽快感が味わえる。
とはいえ日本の気候では、オープンにして気持ちの良い季節は限られるし、近年ではゲリラ雷雨などもある。そうした状況にもスマートに対応できるのが、ロードスターRFの電動リトラクタブルハードトップだ。
しかも、単に電動式のハードトップを架装しただけではなく、ソフトトップ車とは異なる世界観を表現している。ソフトトップ車はカジュアルな服装で気負いなく乗るのが似合うが、リトラクタブルハードトップ車は、ネクタイに革靴姿で乗っても違和感がなく、ドレスアップした女性を助手席に乗せ、ホテルのエントランスに乗りつけるようなシーンもさりげなくこなしてしまう雰囲気を持っている。
それはルックスだけに止まらない。アクセルペダルを踏んで走り出した瞬間、ソフトトップ車はアドレナリンが分泌されるのに対し、リトラクタブルハードトップ車は、セロトニンが分泌されているかのような多幸感に包まれる。
こんな抽象的な解説を読むより、乗っていただくのが手っ取り早いのだが、ともあれパワーフィールからライド&ハンドリングまで、ソフトトップ車とはまったく異なるテイストをつくり上げたメカニズムについて解説していこう。
まず外形寸法。こうしたモデルを派生させる場合、ルーフの格納スペースを確保するためにホイールベースを伸ばす例も散見されるが、ロードスターRFはそれを行なっておらず、全長3915㎜×全幅1735㎜のコンパクトサイズと2310㎜のホイールベースは維持。全高のみ10㎜高く、1245㎜となった。
NC型との大きな違いは、デザインを大きく変えていること。NC型がソフトトップのイメージをリトラクタブルハードトップでも忠実に再現しようとしているのに対し、ND型ではファストバッククーペスタイルとして、エレガントなイメージを訴求する。オープンにした際にも、Bピラーから後ろの骨格は残り、タルガトップ風のシルエットになる。
実は開発段階では、NC型のように完全格納される案からスタートしている。しかし、ソフトトップの格納スペースに硬いルーフを収めるには、8つのピースに分ける必要があり、コストや重量、動作時間や見栄えなどの点で実現困難なことが判明。オープン時の安心感や整流効果などからも、ファストバックスタイルに落ち着いた。ちなみに車名の“RF”とは、「リトラクタブル・ファストバック」の頭文字を取ったものだ。
ルーフの構造そのものについては、 ボディの項で詳述する。パッケージングの観点からは、ルーフの格納スペースはソフトトップ車とほぼ同等。トランク容量は3ℓ減っただけの127ℓが確保されており、航空機持ち込みサイズのキャリーバッグ(550㎜×400㎜×250㎜)2個の積載を可能にしている。
キャビンのレイアウトや乗員配置 についてはソフトトップ車と同じだが、ルーフの形状が居住性にどのような影響を与えているかを実車でチェックしてみよう。
ドアのオープニングラインもソフトトップ車と共通なので、乗降性も変わらず。もともとヒップポイントが低いため、大腿四頭筋にはそれなりの負担がかかるが、間口の天地が実測で750㎜と高く、サイドウインドウのタンブル(内倒れ角)も大きいので、身長181㎝の筆者でも頭の動線はスムーズだ。
サイドシル高は実測約370㎜と、セダンやハッチバック車と同等。幅も約180㎜と広過ぎないため、軸足をクルマの近くに着くことができる。重心の水平方向の移動量が少ないから、上半身を腕で支えなければならないという瞬間はない。
シートクッションとステアリングホイールの隙間もきちんと確保されているので、足を知恵の輪のように動かす必要もない。最後に足を引き上げる際に、腸腰筋に少し負担がかかる程度だ。
ドライバーに与えられたワーキングスペースは、必要にして十分。素早い操舵をしても、ドアアームレストに肘が当たるなどということはない。左脚はフットレストとセンターコンソールでロックできるため、高Gでの旋回時にも、下半身の安定は得やすい。
人間中心の開発思想に則り、ペダル類は体の中心からかかとが均等に開くように配置。アクセルペダルはオルガン式だ。ステアリングホイールはφ366㎜と小ぶりだが、小さ過ぎずメーターの視認性も及第点だ。
走行関連の情報はメーターパネルに集約、快適性や利便性の情報は高い位置にある液晶ディスプレイに配置した“ヘッズアップコクピット” によって、視線を落とすことなく運転することができる。“マツダ コネクト”と呼ばれるナビ・オーディオは、コマンダーコントロールを使ってブラインド操作が可能となっている。 ソフトウェアがアップデートされた2015年以降、非常に使いやすくなった 。
さて、筆者がシートポジションを合わせると、スライドは最後端から6ノッチで丁度良い。背もたれとリヤバルクヘッドの間には隙間ができるため、薄めのブリーフケース程度なら滑り込ませることができる。
ヘッドクリアランスは設計値ではソフトトップ車より15㎜少なくなったとのことだが、筆者でも手のひら1枚、30〜40㎜の余裕はある。ソフトトップ車よりも、マインド的に背もたれを1〜2ノッチ寝かせたくなるから、実質的には「同じ」と言っても良いのではないか。
前方視界についてはまったく同じ。 運転姿勢からフェンダーの峰が見え、視覚的にもクルマの挙動変化が掴める。Aピラーが後方に引いてあり、水平方向の見開き角は大きい。
後方視界は、ソフトトップ車より良好(もちろんルーフを閉じた時)。リヤウインドウの幅が広く、ドライバーに近いため、見開き角が広く取れている。クォーターウインドウはダミーだが、助手席のヘッドレストと重なる位置にあるので、視界にはほぼ影響はない。
■見た目にも所作にもこだわった美しいルーフ形状と開閉機構
ボディの基本部分はソフトトップ車と共通。ルーフを強度部材に使えないオープンボディであるため、フロアトンネルにも骨格を配置したバ ックボーンフレーム構造を採用。断面の確保と稜線の直線化によって、十分な強度と剛性を確保する。
高張力鋼鈑の使用比率は63%と高く、最高グレードは1500MPa級のホットスタンプ鋼鈑。ダッシュクロスメンバーとフロアトンネルの縦壁をつなぐ部分に採用されており、前面衝突荷重をトンネル方向でも支持する。さらに、サスペンションサブフレームも利用したマルチロードパス構造を採用し、北米の厳しい衝突安全基準にも適合する。
基本ボディの概要はこれくらいにして、ここからはリトラクタブルルーフの構造を見ていこう。ルーフパネルはフロントルーフとミドルルーフに分割されており、さらにミドルルーフの下方に、リヤウインドウが垂直に近い角度で配置されている。この3つのピースが片側7本のリンクで結ばれており、左右に付けられた2個のモーターによって、格納時は後方に回転。ミドルルーフはリヤウインドウの後ろを回り、いちばん下に格納される。
フロントルーフはアルミ合金製とする一方、ミドルルーフには鋼鈑を採用。格納部分の重量は約8㎏だ。ミドルルーフを鋼板製としているのは、厚みを抑えたかったから。アルミで薄くつくると剛性が不足し、鋼板の補強が必要になって、トータルでの重量は軽くならないからだ。
リヤルーフは、クォーターウインドウからルーフエンド、格納リッドまでが一体となっており、スチールの骨格にSMCプラスチックの外皮を被せた構造。SMCは“シートモールディングコンパウンド”の略で、GFRP(ガラス繊維強化樹脂。いわゆるグラスファイバー)の一種だ。ガラス繊維に熱硬化樹脂を含浸させ、フィルムでサンドイッチしたシートを金型でプレスして整形する。
リヤルーフは一部品が開閉するだけなので、リンク構造はシンプルなパンタグラフ式。こちらもモーターは左右に1個ずつ付いている。
リヤルーフは側面視ではクーペスタイルだが、最後部にウインドウガラスは嵌っておらず、ミッドシップ風のバットレススタイルとなっている。ウインドウガラスを嵌めてクーペ(タルガトップ)にしてしまうと、 開放感が減少するだけでなく、この角度は空力的にも避けたい角度。ロードスターRFの格納式リヤウインドウならば、排気音がドライバーの耳にダイレクトに届くという効果も得られる。
開閉部の見切り線にはこだわった。開閉機構の内蔵や組み付けを成立させるには、見切り線を外側に広げてしまうのが簡単だが、そうすると見た目がバスタブのようになってしまい、ロードスターらしい色気を感じさせるリヤフェンダーの抑揚が台無しになる。そこで、まずリンク機構の薄型化を実施。それでも真上から組み付けることはできず、一旦、キャビン側に落とし込んでから後方に移動させるという工程で組み付けを行なうことで解決を図った。
リッドが閉じた際の、リヤフェンダーやトランクリッドとの“合い・ 添い”品質にもこだわった。リヤルーフには2本のピンと2個の樹脂製ラッチが付いており、この4点で位置決めを行なっている。それだけなら「よくある構造」だが、リッド側のラッチには厚さ0.5㎜のシムが用意されており、規定の“合い・添い”になるよう、1台ずつシムによる調整が行なわれている。
さらにこのラッチはGFRP製で、操縦性能の面にも配慮されている。リヤサス上部をシェル状に覆うリヤルーフは、リヤサスの支持剛性向上にも効果を発揮するが、過剰過ぎてリヤの剛性が勝ち過ぎると、アンダーステアが強くなってしまう。そこで、ラッチの形状とガラス繊維の配合率をチューニング。剛性バランスを調整することにより、俊敏な操舵応答性の確保を図った。
ルーフを部分格納としたことで、格納動作もシンプル化でき、所要時間は量産車世界最短の約13秒。筆者も試乗時に信号待ちをしながら開けて見たが、十分な余裕を持って格納作業は終了した。
格納操作の上でNC型から進化したのは、開閉行程がすべて電動になったこと。NC型では、ヘッダー部のロックを手で解除/ロックする必要があったが、ロードスターRFはこれをモーター駆動とすることで、センターコンソールにあるスイッチ操作だけですべてが行なわれるようになった。こ れならば、高速道路のパーキングエ リアで休憩する際にルーフを閉めるのも負担にならない。
動きは非常に滑らかで、リヤルーフが上昇しきる前に格納部分が動き出す。その様は、日本舞踊の手の動きを見ているようだ。そして最後は、料亭の女将が襖を閉めるかのように、ゆっくりと減速してリッドが閉じられる。
この動きを実現するには、5個のモーターを協調制御する必要があり、NC型よりECUの容量を拡大している。作動音もチューニングされており、樹脂製ギヤの歯面強度を調整したり、グリスを塗布したりといった対策が行なわれている。
ロードスターRFは静粛性の面でもソフトトップ車を上回る。ルーフをハードにすれば遮音性が高まり、車内騒音が小さくなるのは当然だが、ルーフライニングに吸音効果を持たせ、フロントルーフにはシンサレート製の吸音材を内蔵することで、残響感も抑制している。
一方で、上からの騒音が少なくな れば、相対的に下からの騒音が大きく感じられるようになる。そこでロードスターRFは、まずリヤフロアパネルの合わせ面に開けた軽量穴の上に樹脂製の遮音カバーを設定。音の侵入経路には吸音材を貼ることで、リヤまわりからの騒音を低減している。
ダッシュパネルのシンサレート吸音材も、厚さと面積を拡大。フロアトンネルに開けられたシフトレバーの穴から抜けてくる音にも対策を行ない、パワートレーン系の発する騒音の侵入も抑制。その効果はオープン時でも感じることができ、パッセンジャーとの会話も痛痒なくできる。
しかも、「騒音」と感じられる周波数をカットしながら、「サウンド」はしっかり残されており、加速時には乾いた爽快なエキゾーストノートを楽しむことができる。
■ロードスターのキャラクターに合わせた大人のサスセッティング
操安性に与える要素で諸元的に大きく変わっているのが、車両重量。 同じ「S」グレード同士の比較では、ロードスターRFのほうが110㎏重い。ロードスターは絶対値が小さいので、比率にすると約11%に達する。そのうち、リトラクタブルハードトップの重量が約45㎏。これが重心より高いところに配置されている。
エンジンは1.5ℓから2.0ℓに換装されており、これによって重量は約15㎏増加している。
タイヤ&ホイールは195/ 50R 16サイズから205/45R 17サイズに拡大されているのに加え、フロントのブレーキもソフトトップ車の「NR−A」グレードと同じ15インチに容量アップ。バネ下重量は、四輪合わせて約15㎏重くなっている。
スポーツカーにとって重量増は、おしなべて忌避される要素ではある。 しかしロードスターRFでは、重量増を逆手に取り、ある程度の重量があってこそ出せる「落ち着きのある大人の世界観」を表現している。それでいて、タイヤのグリップ力もエンジンのパワーも高まっているから、その気になって走らせれば、ソフトトップ車より明らかに速い。
サスペンションの構造部品は、ソフトトップ車と共用。フロントはオーソドックスなダブルウイッシュボ ーン式、リヤは5本のリンクからなるマルチリンク式を採用する。ジオメトリーの変更もない。
ロードスターRFのフロントのバネ定数は、ソフトトップ車より高められている。これは重量増に対応するもので、バネ上の固有振動数(質量とバネ定数の比率で決まる)はソフトトップ車同等を狙っている。フロントのスタビライザーは、直径を拡大。操舵に呼応して明快にロールするソフトトップ車に比べ、ていねいに荷重を載せていくことで、しっとりとしたロールが楽しめる特性に仕上がっている。
リヤサスは前側アッパーリンクのブッシュを柔らかいものに変更し、初動の動きやすさを向上。バネ定数は若干落として、ストロークしやすくする一方、バンプストッパーの高さを延長して、ストッパータッチを早めている。バンプストッパーの非線形特性をヘルパースプリング的に使い、常用域ではソフトトップ車同等の固有振動数を維持しながら、ストロークの途中でバネ定数が急激に立ち上がるのを抑えるのが狙いだ。
これによって、増加した荷重をよりしっとりと受け止めることで、乗り心地の底突き感を抑制できるのに加え、ロール時の特性変化も穏やかなものになる。伸び側は柔らかいバネの特性が生きるので、ロードホールディングも犠牲にならない。
「RS」グレードには、ビルシュタイン製のモノチューブ式高圧ガス封入ダンパーを採用する。これはソフトトップ車と同じだが、減衰力のみ専用設定としたのではなく、封入するガス圧のチューニングまで行なっている。
モノチューブ式ダンパーのガスは、 ロッドの出入りによる容積変化を吸収するためと、圧側ストローク時にキャビテーションを生じさせないために封入されているが、ガス圧が低いと、容積変化がガスの圧縮によって吸収された分だけオイルの移動(=減衰力の立ち上がり)が遅れがちになる。
だからガス圧は高いほうが良いのだが、高過ぎればシールをきつくする必要が生じてフリクション が増えるし、ガスの反力によってゴ ツゴツ感も生じる。こうした要素への感度は、車重が軽いクルマほど高くなるのだが、ロードスターRFは車重が増えたことを巧みに利用し、ゴツゴツ感が生じない範囲でガス圧を上げ、減衰力応答の向上を図った。
パワーステアリングはソフトトップ車と同じデュアルピニオンの電動アシスト式。タイヤが太くなり、車重が増加した影響もあるが、制御は専用のチューニングを採用。微低速操舵域でのアシスト力を高めてスッキリ感を向上させ、大舵角時にはアシスト力を落とし、ドライバーがロードインフォメーションを掴みやすい特性としている。
重量以外にも、大きく変わっているのが、ボディの剛性バランスだ。 リヤボディにルーフの格納リッドが付いたことで、リヤまわりのボディ剛性が高くなり、そのままでは相対的にリヤの剛性が勝ち気味になる。後輪は転舵しないので、ざっくり言えば「クルマをまっすぐ走らせる役割」を担っている。その支持剛性が前輪に対して勝ち過ぎてしまうと、曲がりにくい(アンダーステアが強い)クルマになってしまう。
そこでロードスターRFでは、フロアトンネルの開口部を左右につなぐ“トンネルメンバー”を専用設計。この部分の剛性を微妙に落とすことで、前後のバランスを修正している。
しかし安易にトンネルの剛性を落とすと、操舵の応答遅れやリニアリティの悪化など、ネガティブな要素が生じかねない。そこで、まずCAEによる構造解析を使い、100パターンを超えるシミュレーションを実施。それをベースに、十数種類の試作品を作成して、感応評価を行なった。単純な剛性値だけでなく、捩れた時の変形モードにまで着目して特性を仕上げたそうだ。
前後のバランスを修正するなら、フロントの剛性を高める方法もある。しかし、すでに出来上がっているものの剛性を高めるには、補強の追加に頼らざるを得ず、重量の増加は避けられない。だから、今回のやりかたは正解と言えるが、フロントの剛性向上でバランスを取ることができれば、また違ったキャラクターのクルマができるはず。社外チューナーは腕の振るい所である。
もうひとつ大きな変化があったのが、空力特性。クーペスタイルのボディ形状になったことで、リヤの揚力が増加し、前後のリフトバランスが前寄りになった。そこでフロントアンダーカバーの前にリップを立て、ソフトトップと同等のリフトバランスになるよう修正している。
リヤのリフトを抑えるなら、トランクリッド末端の形状をいじるか、スポイラーを追加するなどの方法もある。しかし、走り去る姿の“ロー ドスターらしさ”に共通性を持たせたかったことから、リヤエンドの形状は、バンパーも含めてまったく変えていない。変えた部分、変えなかった部分に関わらず、理由付けのないところがどこにもないあたりが、いかにもロードスターらしい。
■高圧縮比による高効率を得るスカイアクティブ G2.0
エンジンはソフトトップ車の1.5ℓに対し、2.0ℓに排気量をア ップ。電動ハードトップの架装で車重が増したことも理由のひとつだが、それ以上にキャラクターをつくり分けるという側面が大きい。
ソフトトップ車のルーフは、言ってみれば“折り畳み傘”のような存在。だから、「屋根もマインドも常にオープン」が基本だ。一方のリトラクタブルハードトップは、「望めばオ ープンエア・モータリングも楽しめる」という位置付け。むしろクローズドで乗るのが基本となる。
となれば走りのキャラクターも、落ち着きやゆとりのある方向性がしっくり来る。ならば、高回転まで回して気持ちの良い1.5ℓよりも、低速からゆとりのある2.0ℓのほうがマッチングは良い。しかも北米向けMX−5には、すでに2.0ℓが搭載されており、ベースとなる素材には事欠かない状態にあった。
基本的なハードウェアは、北米向けに搭載されているものと同じ。日本では、CX−5やアテンザなどに搭載されているPE−VPS型と同系列のエンジンだ。横置きと縦置きでは、冷却水の流し方やエンジンマウントの取り付け位置が異なるため、ブロックやヘッドは専用設計しているが、カムシャフトやピストンなど、内部の稼働部品は共通に使用。フライホイールは1.5ℓと同様、余肉の除去による軽量化を行なっている。
基本的なスペックをおさらいしておくと、ボア×ストロークはφ83.5㎜×91.2㎜で、実排気量は1997㏄。動弁系はローラーロッカーアームを使用した4バルブDOHCで、吸気側に電動式、排気側に油圧式の位相可変機構を装備。吸気弁遅閉じのミラーサイクル領域まで使用する。燃料供給は直噴のサイド噴射方式で、ピストンの中央には、お椀型の燃焼室が彫られている。
いわゆる“スカイアクティブ−G”と称するエンジンで、他モデル用ではレギュラーガソリン仕様ながら、圧縮比を13.0まで高めているのが特徴である。圧縮比が高いとなぜ良いのかといえば、膨張行程を長く使えるから。燃焼ガスをできるだけ大きく膨張させたほうが、熱効率が高まるからだ。だから本来は“膨張比”と表すべきなのだが、容積型内燃機関の場合、圧縮比と膨張比は幾何学 的に同じになるため、圧縮比で代表するのが慣例となっている。
その高圧縮比化を阻むのが、“ノッキング”という自己着火燃焼。気体は圧縮するほど温度が高まるが、その温度が燃料の自己着火点に達すると、スパークプラグによる着火とは無関係に燃焼が始まる。この時の燃焼は極めて速く、音速を超えるため衝撃波を発生。それが燃焼室内の温度境界層を破壊し、エンジンの焼きつきを発生させる。
高圧縮比を維持しながらノッキングを回避するには、圧縮開始温度を下げれば良く、マツダはこれに、燃料噴射の直噴化と4−2−1集合の排気マニフォールドで対応している。
燃料噴射を直噴化すれば、ガソリンはシリンダー内で気化するようになり、その際に気化潜熱を奪ってシリンダー内の温度が下がる。これによって圧縮比は、1.0〜1.5ぐらい高めることができる。
もうひとつの4−2−1集合排気マニフォールドは、シリンダー内の残留ガスを減らすのが目的。熱を持った排ガスの残留量が多いほど、次サイクルの圧縮開始温度が高くなるが、集合部までが短い4−1集合では、ノッキングに厳しい低中回転域で、爆発順序が隣り合ったシリンダーの排気干渉が発生しやすく、排気の抜けが悪くなる。そこで、爆発順序の隣り合わないシリンダー同士のマニフォールドを先に集合させ、排気干渉の抑制を図った。
さらに、集合部までの管長を長くとることで、脈動の周波数をチュー ニング。排気の圧力波は集合部を通過すると、負圧となって反転する性質があるが、次サイクルの排気行程終了直前に負圧波が戻ってくるよう管長を調整。掃気効果を利用して、残留ガスの吸い出しを行なっている。
これによってシリンダー内の温度が下がるだけでなく、吸気の充填効率も向上。排気量あたりのトルクは10Nm/ℓと、ミラーサイクルを使用しているにも関わらず、オットーサイクルエンジン並みに高い。出力/トルク値はFF系のそれを上回っているが、これは排気系のレイアウトが楽になったことによるものだ。
エンジン制御は新設計。アクセルを踏んでからの加速応答を、唐突過ぎず遅過ぎずのさじ加減とし、徐々に加速度を高めながら、最後はおだやかに収束する特性をつくり込んだ。
トランスミッションはソフトトップと同じ、6速MTと6速ATが用意される。いずれもトランスミッション本体のギヤレシオは変えていないが、ATはファイナルドライブを4.100から3.454へと高速 化(北米仕様と同じ)。トップギヤ100㎞/h時のエンジン回転数を約2200rpmから約1850rpmまで落とすことで、高速走行時の静粛性を向上。同時に、排気量アップ分のトルクで伸びやかな加速感が味わえる設定としている。
シフトスケジュールも日本専用設定。アクセルの操作速度からドライバーの加速意図を判別したり、旋回中の横加速度などから、ギヤを保持するか変速するかの判断を行なうなど、より緻密な制御が行なわれるようにマッピングされている。
もう一方のMTも、ロードスターRF専用のチューニングを実施。ハードトップ化によって上方向からの騒音が小さくなれば、今度は下からの騒音が気になりだす。そこで、各ギヤの歯面精度を高め、ギヤの噛み合いによる高周波騒音の低減を図った。
ちなみに、微小なエンジントルクのコントロールで旋回時の応答性や脱出時の安定性を高める“G−ベクタリングコントロール”は採用されていない。ロードスターは前後の重量配分がほぼ50対50であるのに加え、前輪と後輪の役割が明確に分かれているから、そもそもの素性が良い。
加えて後輪駆動であるため、FF系の制御メソッドをそのまま適用しても上手くいかない。現在は「いろいろ試しているところ」とのことだが、“自ら操る楽しさ”を増幅させる制御でなければ、ロードスターの価値は高まらない。採用に至るには、まだ少し時間がかかりそうだ。