ユーグレナ、理化学研究所、および筑波大学の研究チームは、ミドリムシ(学名:微細藻類ユーグレナ)の油脂生産時における硫黄化合物の代謝変化の実態を明らかにした。

 ミドリムシは、食品やバイオ燃料への応用が進められている。特に、バイオ燃料生産に応用する際の課題として、生産性を上げることと同時に、油脂を生産するプロセスにおける硫黄化合物系の臭いの発生が課題として挙げられている。




 本研究チームは、サンプル中の硫黄化合物を網羅的に解析することができる技術であるサルファーインデックス(※1)を活用することで、発生する臭いの主成分が硫化水素(※2)であることを突き止め、さらにその発生原因がミドリムシ細胞内のタンパク質、およびグルタチオン(※3)の分解に由来することを明らかにした。この情報をもとに、ミドリムシの油脂生産性をあげることや臭いの発生を抑制する技術の開発が可能になると考えられ、高効率バイオ燃料の研究などを加速させることに役立つことが期待される。

 本研究成果は、2019年1月29日午前10時(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の電子ジャーナル「ScientificReports」(www.nature.com/articles/s41598-018-36600-z)で公開された。

1)研究の背景と経緯


 ミドリムシ(ユーグレナ)は微細藻類の一種で、淡水の湖沼、田んぼなどに生息する理科実験における観察でもおなじみの単細胞生物。50種類以上が知られるミドリムシのうち、ユーグレナグラシリス(Euglenagracilis, 図1)は50年以上も前からモデル生物(※4)として使われてきた。その豊富な栄養素、および細胞内に蓄積するβ-グルカンであるパラミロン(※5)の機能性から産業利用も検討され、2005年の大量生産技術の確立を機にユーグレナにより健康食品の原料として供給・利用されてきた。




 ミドリムシは豊富な栄養素を含むことと同時に、特定条件下で油脂を高い割合で蓄積することが知られており、その仕組みも研究対象とされてきた。それらの研究の成果により、周囲に酸素がない条件において、細胞内に蓄積したパラミロンを分解してエネルギーを獲得し、その反応における不要なものをワックスエステル(※6)という油脂の形で蓄積していることが明らかになっている。この現象はミドリムシ独特の発酵として、ワックスエステル発酵(※7)と名付けられている。ミドリムシのワックスエステルはバイオ燃料の原料として適しているとされることから、バイオ燃料生産にも利用が検討され技術開発が進んでいる。




 パラミロンからエネルギーを取り出し、不要物を油脂として蓄積するという、これまでに知られている反応は炭素に注目した細胞内の反応の流れだった。一方で、油脂が蓄積する際に、同時に硫黄化合物の臭いがミドリムシから発生することが経験的に知られていたが、その現象について深く追究されたことはなかった。本研究では、サルファーインデックスを利用することにより、この臭い発生の機構について明らかにすることを試みている。これにより、ワックスエステル発酵についてさらに深く知り、バイオ燃料の生産性を上げる技術開発につなげることを目指している。



図2. 硫黄化合物を網羅的に調べるためのサンプル準備と比較解析の概要

図3. 今回の研究で発見された現象、油脂生産においてこれまで見逃されていた副次的反応の発見

2)研究の内容


 ユーグレナ、理化学研究所、筑波大学から構成された研究チームは、ミドリムシに油脂を作らせる処理を行い、そのサンプルをサルファーインデックスにより分析することで、ワックスエステル発酵の裏で起こっている硫黄化合物に関する副次的反応を明らかにした。




 サルファーインデックスはサンプルの中の硫黄化合物についてメタボローム解析(※8)を行い、各硫黄化合物の量を網羅的に定量することができる技術。油脂を作らせる処理を行った後に、ミドリムシ、および培養液上清を別々に回収し、それぞれに含まれる硫黄化合物を測定している(図2)。その結果、油脂を作らせたミドリムシの培養液上清において、硫化水素が含まれていることが確認され、これがワックスエステル発酵における臭い発生の原因であることがわかった。さらに、細胞内に含まれる硫黄化合物量の変化を調べることで、油脂の生産に対応して、細胞内のシステインやメチオニンなどの含硫アミノ酸(※9)が増えていることが明らかとなり、同時にグルタチオンやタンパク質などの硫黄を含む化合物が減少していることがわかった。


 これらのことから、グルタチオンやタンパク質が分解されて、システインやメチオニンなどの含硫アミノ酸が増えるという変化が細胞内で起こり、この含硫アミノ酸をエネルギー獲得のために分解した際に硫化水素が発生するという仕組みが新たに示唆された(図3)。




 さらに、ミドリムシによる油脂産生の際に、グルタチオンの分解を促進させる分子的原因を、バイオインフォマティクスにより解析した。その結果、γ-グルタミルトランスペプチダーゼというグルタチオンの分解に寄与する酵素の量が変わらないのに対し、酵母などで発見された別の経路のグルタチオン分解酵素Dug1p、Dug2p、Dug3pに相当する酵素の量が増えていることが明らかとなった。これにより、ミドリムシが油脂生産する際にDug1p、Dug2p、Dug3pからなる分解経路の強化によりグルタチオンの分解が促進していることが示唆され、硫化水素を発生させる分子的原因の一端が明らかとなった。




3)今後の展開


 今回、ミドリムシのワックスエステル発酵にともなって起こる、硫黄化合物に関係する副次的反応を明らかにした。これを知ることにより、油脂生産における臭いの発生を抑制する技術の開発が可能となり、大規模にバイオ燃料を生産する際の環境への臭い放出を予防するとともに、残渣に含まれるタンパク質を増やし、飼料などへの利用価値を高めることに役立つ。さらに、ワックスエステル発酵において油脂の生産性を上げるための方策を検討することが可能となり、高効率バイオ燃料の研究を加速させることに役立つことが期待される。

※1 サルファーインデックス


LC-MS/MS分析を基として、サンプル中の硫黄化合物量を網羅的に分析するサービス。(大津厳生・大城聡 「揮発性低分子硫黄化 合物の定量方法、 硫黄化合物含有物質の評価方法」日本国特許 第6426329号 / WO/2018/201879 /PCT/JP2018/018154 / 特願2017-094037)http://www.euglena.jp/sulfurindex/




※2 硫化水素


硫黄と水素からなる化合物であり、化学式はH2S。硫黄温泉などにおける腐卵臭の原因として知られている。




※3 グルタチオン


システインとグリシンから成るジペプチドに、グルタミン酸が側鎖のカルボキシル基を介して結合した化合物。細胞内に比較的高濃度に存在しており、 還元型と酸化型を中心に、様々な状態をとる。還元型は酸化されることにより、抗酸化作用を示す。




※4 モデル生物


生物に共通する生命現象について研究する際に、対象として用いられる取り扱いの容易な生物。




※5 パラミロン


ミドリムシとその近緑の種のみが貯蔵多糖として蓄積する結晶型のβ-1,3-グルカン顆粒。様々な食品機能性を示すことが報告されている。




※6 ワックスエステル


長鎖脂肪酸と脂肪族アルコールがエステル結合して生成した化合物。ユーグレナの生産するワックスエステルは炭素鎖が脂肪酸、アルコールのそれぞれで14程度の長さが中心であることが特徴的である。




※7 ワックスエステル発酵


ミドリムシが酸素欠乏状態に曝された際に、エネルギーを獲得するために糖を酸素非依存的に代謝し、副産物をワックスエステルの形態で保存する反応。嫌気的反応によりワックスエステルを生産するため、ワックスエステル発酵と名付けられた。




※8 メタボローム解析


LC-MSなどを利用することにより、生体が持つ代謝産物を網羅的に定量し、代謝経路の状態による変化を解析する手法。




※9 含硫アミノ酸


アミノ酸のうち、硫黄を分子内に持つもの。タンパク質を構成するアミノ酸としてはシステイン、メチオニンなどがある。
情報提供元: MotorFan
記事名:「 ユーグレナ:ミドリムシが油を生産する際の硫黄に関する副次的反応を解明