TEXT●吉岡卓朗(YOSHIOKA Takuro)
PHOTO●市 健治(ICHI Kenji)
自動車メディアに長らく所属しているが、GT4仕様マシンに体験試乗という、とんでもない取材企画があったのでリポートしたい。今回試乗したGT4仕様マシンはアウディR8。サーキット走行を前提としたナンバーなしの本格レーシングカーだ。端的に言うとスーパー耐久、ブランパンGTシリーズなどのハイエンドとなるGT3の下位カテゴリーで、同じレースの中でもう少しコストを抑えたレーシングカーである。
近年JAF/FIA公認レースで、ジェントルマンドライバー(アマチュア)がプロドライバーと組んで出場するアマチュアクラスが盛り上がりつつある。そこで、GT3のような行きすぎた軽量化や高出力化を抑えてコスト削減しつつ、サーキットを走らせる楽しさはきちんとキープして、レースも盛り上げる──GT4はそんな目論見を持った新しいジェントルマンレースのスタンダードである。
そんなレーシングカーに体験試乗できるということで訪れたのは富士スピードウェイだ。ピットに到着すると、すでにマシンはメカニック達の手で、走行前の準備が進められていた。今回試乗の機会を設けてくれたのは日本のアウディスポーツ窓口でもあるAS Sport Racing Serviceだ。まずはスタッフからコクピットドリルを受ける。室内はダッシュボードこそ残されているが当然助手席は取り払われ、シート、ステアリング、ペダルなどがレース用に交換されており、まさにレーシングカーそのもの。アガる、その一方でスリックタイヤを履いていることにちょっとビビる。
今回取材したR8 GT4はレンタル可能だ。料金は富士スピードウェイのスポーツ走行1枠につき25万円(3枠以上)。詳細は上のリンクから問い合わせされたし。
シートはGT3規格と同仕様のカーボン製シートでフロアに固定されている。ポジション調整はステアリングとペダルを前後させることで可能。筆者のようなやせ形(170cm、55kg)なドライバーはシートと体の隙間にクッションやスポンジを挟んでホールド性を高める必要がある。コーナリングもあるが、ブレーキペダルがめちゃめちゃ重いのでシートはきちんと合わせる必要がある。シンプルで見るからに頑強なブレーキペダルはブースターが備わらないので、たしかに漬け物石を踏んでいるようで超重い。1コーナーでは最低でも80kg以上の踏力が必要だというから明日の筋肉痛は確実だ。
レース専用のステアリングは超小径で、メーターの視認性を上げるために上端が切り取られた形状となっている。エンジンのスタート/ストップ、無線、ドリンクなどのスイッチが備わる。無線もドリンクも筆者のヘルメットには備わらないので関係ないが、こういった装備がメーカー製レーシングカーとして備わっていることに感動する。
ところでこのレーシングR8はGT4カテゴリーということもあって、エンジンもトランスミッションもほとんどノーマルである。さらにエンジンは他のライバル車と性能調整されるために、リストリクターを装着して出力制限されるので、最高出力は495psと標準のR8よりも低い。だがレーシングカーなのにメーカーが2万km保証をしていたり、安心保証感は手作りのチューニングカーとは違う。
前述のとおり装着されるのはスリックタイヤ。暖まるまではグリップが低いので注意が必要だ。何度か危ういシーンがあったが、なんとか徐々にペースを上げると、明らかにメカニカルグリップが上がってきた。首の筋肉痛も約束されるほどのコーナリングGが発生する。あとでデータを見ると1.3Gも出ていた。もっともプロの運転では1.5G出ていたのでポテンシャルはもっと高いのだが……。
うっかり書き忘れていたが、ノーマルのR8と最大の違いは駆動方式がRWDであること。だからアクセルオンでのスタビリティや安心感はAWDである市販のR8よりやや劣るかもしれない。だがRWDでも充分に楽しい。懸案だったブレーキも10周近い連続走行をしても、びくともしない頑強さを持っていた。プロレベルのハードな走りを続ければもちろん、多少はタレてくるかもしれないが、アマチュアがプロの3秒落ちで周回する分にはまったく変化が感じられなかった。
めくるめくレーシングカー体験はあっという間に終わった。走行感覚は総じて言えばR8の延長線上にあった。もちろん、タイヤやブレーキがレース用になっているので、その部分は異次元だが、操縦性に関して、あるいは頑強かつ軽快な乗り味は素のR8に通じる美点であった。実際R8 GT4の車重は1500kgでノーマルとほとんど変わらない。重い分すこしロールする感じもあって、それが市販車に通じるイメージにつながるのだろう。ちなみにGT3のように全部カーボンにすると1200kgちょっとになる。軽量化すると価格もどんどん上がってしまう。R8 GT4の車両本体価格はドイツからの輸送費込みで約3000万円。GT3と較べれば約半額という。それにノーマルにこの改造をしたらこの金額ではすまない。
さすがにビギナーはこのマシンを買わないと思うが、トラクション・コントロール(ドライ/ウエット)、ESC(オン/オフ)も備わるから、もしも最初からこのGT4で練習したいという人がいても、無茶な話にはならないかもしれない。アウディスポーツ・カスタマー・レーシングの窓口が日本にあるという安心感もある。パーツの供給はもちろん、クルマのトラブルにも本国と英語(またはドイツ語)でやりとりしなくていいというのは、大きな負担軽減だろう。誰にでも勧められる世界ではない。例えるなら手軽に行ける富士山登山ではなく、資金も技術もマナスル級の登山に挑戦するようなものかもしれない。だが、一度片足を突っ込めばやみつきになる達成感がある。