新型ジムニーが好評のようです。以前からのハードコアなマニア層だけではなく、西日本の豪雨で被災されクルマがオシャカになってしまった方々が、イザという時役に立たないハイブリッドより非常時に強いプリミティブなクルマを、という理由でジムニーを選ぶケースも多いと聞きます。そのジムニーの技術的特徴といえば、パートタイム直結四駆は別として、ラダーフレーム構造と四輪リジッドアクスルでしょう。筆者の世代にとってリジッドアクスルは特別視するほどのものではありませんが、気がつけば一般的な乗用車でリジッドアクスルを採用するのは、クロカン四駆だけになってしまいました。現代流のマルチリンクサスペンションと比べれば古色蒼然たるリジッドアクスルですが、何とか生き残っているには理由があるはず。今回はそこにスポットを当ててみようと思います。


TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)

 最早リジッドアクスルは絶滅寸前ーーーと言いましたが、それは乗用車の世界において、という断り書きが必要です。トラックでは後輪リジッドは当たり前ですし、鉄道車両は100%リジッドです。「安く作れて丈夫」といってしまえばハナシはおしまいですけれど、そもそもリジッドに対する独立懸架がどうして必要かということにまで遡らないと、リジッドアクスルの本質は理解できないと思います。コトはサスペンションというよりデフを中心とした駆動系に焦点がありますので、ちょっと複雑になりますが。


 


 まず「リジッドアクスル」という用語についてお話しします。




 アクスル(Axle)というのは「車軸」のことです。荷車や三輪車の後輪には車軸がありません。車体に直づけです。自動車でも二輪駆動車の前輪にはやはり車軸がありません。正確を期すなら、車輪の取り付け部を越えて伸びる車軸がないと言うべきでしょう。車輪に中心軸がなければ車体に取り付けられませんからね。取り付け部の軸はハブと一体になっているので、車軸とは呼びません。ハブから車体中心に向かって伸び、デフに至る鋼の棒材がアクスルになります。つまりアクスルとはエンジンなりモーターなりが発生させた動力を車輪に伝えて車体を駆動させるための部品と定義づけることができます。



先代マスタングのリヤサスペンション。代々マスタングはリジッドアクスルを用いていたが、現行はマルチリンクに変更を受けている。(FIGURE:FORD)

 リジッドアクスルを和訳すると「固定車軸」となりますが、リジッドアクスルとはハブと左右のアクスルを一体のケースに収めて、ハブ&アクスルと車輪が「固定された」状態にあるものを指します。一見英語に思える「リジッドアクスル」ですが、実は和製英語でして英語圏では「ライブアクスル」と呼びます。車輪と一緒にアクスルがピョコピョコと動くから、「生きている車軸」という名前になったのでしょう。なかなか詩的な表現です。イギリスでは「ローズアクスル」なんていう言い方もするようです。車軸と薔薇に何の関係が……と思うでしょうが、これは「Rose Axle」ではなく、どうやら「Loose Axle」がなまった言い方になったらしいのです。イギリス人は固定車軸が生き生きとしているようには思えず、だらしない動きをしていると捉えたのでしょうか。




 固定車軸に対するのは、独立車軸です。デフが車体に固定され、左右の車軸(これも英語ではハーフシャフトとなります)が別々に、独立して上下動するものです。独立式では片側の車輪が突起に乗り上げて車輪が動いても、反対側の車輪は動きません。対して固定式は左右の車輪が連結されているため、片側の車輪の上下動は少なからず反対側の車輪に伝わります。固定式は左右輪の動きが相互に影響するため、乗り心地やタイヤのトラクションについて不利な機構と言うことができます。デフとハーフシャフト一体の重いケースが常に動いているわけですから、ばねやダンパーもそれらの動きを抑えようと多少固くしないといけません。ちなみにリジッドアクスルのケースのことを「ホーシング」と称しますが、これまた和製英語でして、「Housing」がなまったものです。




 乗り心地と車両運動性を向上させるならば独立車軸式にするのが良策ですが、これがそう簡単なハナシではないのです。



トヨタ・ランドクルーザー70型のリヤサスペンション。リーフスプリングを用いている。(FIGURE:TOYOTA)

 元々自動車のサスペンション、というより緩衝装置は板ばねを使っていました。車体の前後方向に渡した板ばねの中心にホーシングを載っければそれでサスペンションとして成立する、実にシンプルな方式です。この場合、車輪の前後方向の位置決めは板ばねが、左右方向の位置決めはホーシングが担います。現代的なサスペンションのようにサスペンションアーム(リンク)は一切必要ありませんし(板ばね自体がアームと考えることが可能)、摺動部が限られるので剛性低下の原因となるブッシュを使うこともありません。重い荷物を積んで悪路を走る時に、このシンプルで堅牢な構造は何より役に立ちます。トラックが軒並み板ばねを使ったリジッドを堅守するのはこうした理由があるからです。




 板ばねは重ねて使うことで自己減衰能力を持ち、ダンパーの機能を兼ね備える古臭いようで案外優れたばねなのですが、設置に前後方向のスペースを取るという、乗用車には好ましくない欠点があります。またばね定数や自由長(ストロークと同義)を車種毎に細かく設定するのがコイルばねに比べて難しかったり、重量が嵩むといった理由で、乗用車のばねは次第にコイルばねに移行していきます。けれどもコイルばねには位置決め機能がありません。板ばねを単にコイルばねに置き換えたのでは、アクスルはそれこそ勝手気ままにグニョグニョと動いてしまい、まともに走らせることはできません。



板ばねを乗用車に用いた近年の希有な例。ボルボXC90は樹脂製の板ばねを横置きでリヤサスペンションに採用している。(PHOTO:VOLVO)

 そうなると車輪とホーシングを同時に位置決めするために、車体からアームを伸ばす必要が出てきます。いわゆるトレーリングアームですね。トレーリングアーム式でそのまま独立懸架にすると車輪にかかる横方向の力がダイレクトにハーフシャフトを圧縮することになり、それはデフへの圧力ともなって駆動系が保ちません。ですからトレーリングアーム式はFFの後輪には用いられても、駆動輪には使えず、横方向のアームを持つストラット式やWウイッシュボーン、またトレーリングアーム式の亜流であるセミトレーリングアーム式とする必要が出てきます。そうなると車体の中心寄りにアームの取り付け部を設けなければならず、サスペンション形式というよりボディの構造そのものを改める必要が出てきました。



マセラティ・カリフのリヤサス。アームのピボットを車体進行方向に対して斜めとするセミトレーリングアーム式とし、リヤデフと合わせてサブフレームに搭載しボディに締結する。(illustration:MASERATI)

 また、独立式にするためにはハーフシャフトが上下に自由に動く必要があり、そのために自在継手=ユニバーサルジョイントを使わなければなりません。戦前から機構としては存在した前輪駆動車が1970年代に入るまで一般化しなかったのは、ひとえにユニバーサルジョイントの製作が難しかったからです。操舵機能のない後輪では完全な等速ジョイントは必要ありませんが、それでも製作が難しい高価な部品を使うため、安価な大衆車にはホーシング式のリジッドアクスルが使い続けられました。




 リジッド式であれば、車輪にかかる横力はシャフトやデフではなくホーシングが受け止めてくれるので、トレーリングアーム式のままでもOK。ただしトレーリングアームには車体側取り付け部を軸にして梃子の動きがホーシングに伝わり、板ばねと違って位置決め機能は不完全ですから、ホーシングから車体に斜めに渡したラテラルロッドという部品で位置決め補強をします。デフ上部を吊るカタチのワッツリンク(Zリンクとも)という位置決め方式もありますが、精度が出しにくく壊れやすいのであまり使われません。



写真は先代ジムニーのフレーム&シャシー。ホーシングの後方にラテラルロッドが備わる。(PHOTO:SUZUKI)

実車の様子。位置関係がよくわかる。

 板ばねを使ったリジッドアクスルは、乗用車ではかなり以前に廃れましたが、トレーリングアームとコイルばねを使う方式はかなり長い間使われ続けます。今や名車扱いとなったトヨタAE86のベースであるカローラも、FR時代の後輪懸架方式はずっとこれでした。フェラーリだって250以前はリジッドアクスルです。もちろんジムニーは前後ともこの形式を堅持しています。ただし左右一対のトレーリングアームとラテラルロッドで位置決めを行う「3リンク式リジッド」には少々欠点があります。ホーシングはトレーリングアームのボディ側取り付け点を軸として回転運動をすることになりますが、これすなわちホイールベースが変化することを意味しており、後述するキャンバー変化とは意味合いは異なるものの、車両の挙動に悪影響をもたらします。そこでトレーリングアームを上下に備えつつそれぞれに若干の角度変化を保たせて位置決めをより正確にしたのが「5リンク式」です。ジムニーは3リンク式を使っていますが、元々高速運動性を云々する車種ではないので、よりシンプルで機能性に徹した方式で構わないと割り切った、といえるかも知れません。



5リンク式サスペンションの例。ダッジ・RAMのリヤサス。ホーシングの前部に上下2本×左右の4リンク+ラテラルロッド=5リンクという構成。上下左右4本のリンクによって、ストローク時の動きを円弧ではなく直線運動とする。(FIGURE:CHRYSLER)

 乗用車の駆動輪支持が独立式に移行する過程に、リジッドアクスルと独立懸架のいいとこ取りを狙った「半独立式」ともいえる形式がありました。開発車の名をとってド・ディオン・アクスルと命名された機構は、ホーシングを廃してデフを車体固定としながら、左右輪をド・ディオンチューブという鋼管で繋いで左右輪の動きを規制したものです。1950~60年代には一世を風靡したといってもよい形式で、採用車種にはアルファロメオアルフェッタ/GTV、ローバーP6、アストンマーチンDBシリーズ、フェラーリ375、マセラティ・クアトロポルテ(初代)等々錚々たる名前が並びます。日本では初代スカイラインと、やはり初代のマツダ・コスモがド・ディオン式を使っていました。何れも後には「完全な」独立式に置き換わるのですが、ホンダの軽トラ・アクティはユニークな理由からド・ディオン式を使い続けています。御存知のように使われ方が過酷な軽トラには、板ばね式のリジッドアクスルが不可分です。ホンダ以外の軽トラはFR故にホーシングを使っていますが、アクティはエンジンがミッドシップであり、変速機とデフが一体となったトランスアクスルなのでホーシングを使うわけにもいきません。かといって独立式のサスペンションでは能力不足ですしコストも嵩みます。ですから駆動系は独立式でアクスルの位置決めはリジッド、というド・ディオンは、それ以外考えられないうってつけの形式、というわけです。かつての名軽トラ、スバル・サンバーはRR形式故に敢えてセミトレーリング式サスペンションを採用していましたが、駆動系とサスペンションの機構は用途によって決まる、という好例でしょう。アクティのケースは例外中の例外で、ド・ディオンはあくまで過渡期の技術ですが、一時とはいえ当時の高性能車が好んで採用したのは、昔のバイアスタイヤではキャンバー変化が嫌われたからと言われます。



ド・ディオン・アクスル。アルファロメオの例。左右ハブを鋼管構造の部材で連結する。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ジムニーがリジッドアクスルに固執する理由とは