ベンツの直列6気筒エンジンの復活が話題になるのは、それだけ直6という気筒配列がクルマ好きの琴線に触れるからに違いない。では、直6の魅力とは一体何なのか? 振動のきわめて少ない完全バランス、という理屈だけでは、それを説明するのはムツカシイ。自動車は工業製品であり、物理の法則に従って理詰めで作られるけれど、それを評価する人間は、それほど理屈っぽくない。理屈っぽい人でも、クルマの良し悪し、エンジンの良否を判断する瞬間は、官能の感知に頼っている。一般大衆向けの機械は、どうしても理屈と感情の間を揺れ動きながら存在しなければならない。技術評論に感情を持ち込むのは御法度かもしれないが、それを避けることもまた、ムツカシイ。ここはひとつ、直6を題材に、官能の面からその魅力を探ってみようと思う。


TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)

 自動車以上にカメラの世界というのは、製品の評価にユーザー個人の思い入れと、勘違いが入り交じる。今やベンツ・BMWがドイツ製品だから優秀だ、という人は数少ないだろうが、ライカのカメラやカール・ツァイスのレンズはドイツ製故に珍重される。「ドイツのクラフトマンシップ云々」というヤツだ。ライカのデジカメのセンサーにパナソニックの技術が供与され、ツァイスのレンズ製作が日本のコシナで行われていてもそうなのだ。一時期、ベンツの南アフリカ生産車に対して懐疑の目が向けられたのとは大違いである。


 焦点距離50㎜のレンズで開放絞り値がF1.4のレンズというスペックは、エンジンであればボア×ストロークと気筒数、吸排気系が規定されているのと同様で、技術者がある目標を設定して設計し、大きさや価格という条件設定が市場によって規定されている以上、その性能がメーカーによって大きく異なるということは考えられない。メーカーだって商売だから、同じスペックで他社製品より明らかに写りが悪いレンズを市場投入するはずもない。


 でも実際に比べてみれば、確かに微妙に違う。ボケの仕方や周辺の解像度、特定の色に対する反応等々、ツァイスとニコンでは違うし、ライカとキヤノンでは違う。それがメーカー毎の個性となっているわけだし、人によって好き好きがあるのは当然だ。だからこそ趣味の領域としてカメラとレンズが生き続けているのだから、それをとやかく言うこともない。


 面白いのは、同じ50㎜のレンズでも開放絞り値がF1.4のものとF2.0(F2.8でもよい)が同じメーカーでラインアップされている場合だ。カメラのレンズは明るく(開放絞り値が小さい)ほど設計が難しくなるから、F1.4とF2.0を比べれば価格は当然F1.4の方が高くなる。開放絞り値が少ない方が暗い場所でもシャッター速度を稼げるので便利ではある。いわゆるハイスピードレンズを使ったことのある方なら先刻御存知とは思うが、開放1.4ではピント合わせが難しく(オートフォーカスでも外すことが多々ある)、周辺部はボケボケになる。被写体をキッチリ写そうとすれば絞りをF2.8とかにしないといけない。それならば、ボケを効果として狙うのでなければ最初からF2.8のレンズを使えばよい。恐らく値段は半分になる。けれど、マニアはいろいろな理屈を付けてF1.4の方を欲しがる。そして、同じF1.4ならさらに高価なドイツ製を欲しがる。理屈抜きにーーー。

直4と直6ではどうだったか──アンダー2ℓ

 2.0ℓの排気量であれば、直4だろうが直6だろうが発揮する性能に大した違いはない。直4の方が気筒数の分明らかに低価格だし、重量もそのバランスもクルマに搭載するには利点が多い。技術と性能という理屈で見れば、直4の方が相対的に優れたエンジンだ。振動? 確かに直6の方が理論的に優秀だけれど、バランサー付きの直4であればそれほど差が出ないだろう。




 2.0ℓの直6というのは世界的に見ると例が少ない。日本では過去の税制から2.0ℓが主流だったけれど、海外に目を転じればBMWのライトシックスくらいのものだ。だから、というべきか、80年代の日本には2.0ℓ直6がウジャウジャ走っていた。2リッターといえば直6が当たり前だった。市場のバッティングを避けるために、直4の上級エンジンは1.8ℓに設定されることが多かったから尚更目立った。




 実際に乗ってみると、排気量が200㏄少なくても直4の方が路上に於いては優れていることが多かった。直6搭載車は今でいうDセグメント以上だから車体が大きく重いせいもあるが、レスポンス・加速は直4に明らかに分があった。当時はまだMTが主流だったから変速機で印象が誤魔化されることはない。




 日産Z18E(4気筒)とL20E(6気筒)のスペックを比較すると、Z18E=115ps/6000rpm・15.5㎏・m/4400rpmに対し、L20E=130ps/6000rpm・17.5㎏・m/4400rpmである。代表的な搭載車種Z18E/910ブルーバード、L20E/430セドリックとしておおよその馬力荷重を計算すれば、ブルーバード/10.3・セドリック/10.8と大差ない。だが、直6は遅いのだった。



Z18型直列4気筒(1981年)(PHOTO:NISSAN)

L20E型直列6気筒@810ブルーバード(1978年)(PHOTO:NISSAN)

 BMWも同様だった。E363シリーズに搭載されていたM44型1.9ℓ直4は140ps/6000rpm・17.8㎏・m/4500rpmで、M50型2.0ℓ直6は150ps/6000rpm・19.3㎏・m/4500rpm。これまた直4の方が速かった。速い遅いを計測したわけでなく、条件も記憶もバラバラだが、総じて直6は分が悪かった。




 兎に角発進時のトルクが直6は薄い。AT車ではトルコンでトルク増幅をしているはずだが、当時のAT&トルコンは本当にトルク増幅しているのかどうか怪しい代物だったから、前へ進む感じがどうにもしないのだ。Z18というエンジンはお世辞にもスムーズとは言いがたいガサついた回転フィールのエンジンだったが、BMWの直4は総じてスムーズで、アイドリング近辺のごく低回転域でゴロつく以外は、振動特性が悪いと感じた記憶がない。確かに6発の方がスムーズか、ともとれるけれど、それより加速のモタつきが気に障ってしようがない。けれども、自分には低速でのトロさだけが鼻につく直6も、人によってはスムーズだと評していて、世間の直6に対する評価はそちらがほとんどだったのだ。

BMW・M44型直列4気筒エンジン

情報提供元: MotorFan
記事名:「 官能評価から探る直6エンジンの美点を再考する。それは思い込みではなかったのか? BMW/メルセデス/トヨタ/日産の直6