そこで日立は、ランダムなノイズが予測できないことに着目し、ノイズによりデータを保護する仕組みを構築して、理論上、宇宙年齢(138億年)をかけても暗号解読ができないほどの安全性を有すると同時に、LANケーブルでインターネットに接続されたあらゆる地点への通信が可能な暗号通信技術を開発し、本技術を搭載した通信装置を試作した。試作した装置の特長は以下の通り。
本通信技術では、まず、予め送受信者間で共通鍵を共有する。そして、送信者は、データ(メッセージ)の送受信に先立ち、任意の乱数を、共通鍵をパラメータにして変換(誤り訂正符号化:データを冗長にしてエラーがあった場合にそれを検出及び訂正する技術。本発表の技術では共通鍵を符号化における一つのパラメータとして利用する。よって、復号時にも共通鍵は必須である)し、さらにランダムなノイズを加えることで意図的にエラー(ビット誤り)を含んだ状態にして受信者に送信する。
続いて、送受信者は双方で送受信した乱数から秘密鍵を生成し、その秘密鍵を使ってメッセージを暗号通信する。このとき、受信者側にあるエラーを含んだ乱数(誤り訂正符号化されている)は共通鍵を使ってノイズが除去された状態で復号(符号化の逆処理。誤り訂正符号では復号時にエラーが訂正される)されており、エラーは訂正済み。第三者が暗号化されたデータ(乱数及びメッセージ)を傍受してメッセージを解読するためには、秘密鍵を推定する必要があるが、傍受した乱数を元に推定しようとしても、共通鍵を持たない第三者は誤り訂正符号を復号できないために、エラーを訂正できず秘密鍵の推定ができない。
また、暗号化されたメッセージを元に秘密鍵を推定しようとしても、秘密鍵には共通鍵に起因する規則性がないために推定することができず、結局、共通鍵の全数探索が必要となり、事実上暗号解読が不可能なほどに安全性が向上する。
本技術では乱数のエラー訂正、よって符号化が必須である。「誤り訂正符号」で記載のように共通鍵はその際の一つのパラメータとして利用する。データ(メッセージ)の暗号化には直接利用しない。本技術において共通鍵に起因する規則性がないのはこの仕組みにも拠る。詳細はarXivに掲載予定。タイトル:Secret Key Generation from Channel Noise with the Help of a Common Key。
本技術では、データ(メッセージ)の送受信に先立って送信される乱数に加えるノイズが大きいほど効率的に安全性を確保できますが、その一方で正規受信者が除去可能な範囲にノイズを設定する必要がある。そこで、本試作機では光の位相揺らぎを利用した理想的なノイズ発生器を送信機内に設置し、ノイズの大きさを制御可能にした。
また、これにより伝送路に特別に要求される性質がなくなり、ノイズを加えた乱数を通常のデジタル信号として送受信できるようになったため、光ファイバーなどの特定の伝送路が不要になった(量子暗号では伝送路上において量子光の性質を利用する)。本試作機はLANケーブルを接続するだけで、伝送距離の制限なく暗号通信が可能。
オープンネットワークを介して本試作機の通信実験を行い、乱数及び暗号化されたメッセージが一般の伝送路を介して送受信可能なことを確認した。今回の試作機では共通鍵の長さは1900ビットであり(暗号における安全性の高さは、暗号の仕組みと共通鍵の長さに依存する。1900ビットは解読耐性を示すための有効鍵長であり、試作機における実際の鍵長は2496ビット)全数探索数は10572となり、宇宙年齢の138億年(4.4×1017秒)を使っても解読が困難なレベルの安全性を実現した。例えば、1 GHzのレートで共通鍵候補の探索が可能なコンピュータを100億台使って138億年の間共通鍵候補を探索したとすれば、調べられる候補数は4.4×1036であり、10572と比べると桁違いに小さい。
日立は、今後、本技術を高いセキュリティが要求されるエネルギー、金融、鉄道管理、防衛などの分野へ適用し、安心・安全な社会の実現をめざす。なお、本成果は、2018年3月17日から早稲田大学で開催される「第65回応用物理学会春季学術講演会」において発表する予定。
本研究は、2016年3月終了の文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点」(東京大学)において遂行された研究をその後発展させたものです。